フランチャイズ時評バックナンバー

黒川孝雄の美

トーマスサカモト先生を偲びジェーン夫人を励ます会
フランチャイズ時評

 日本にアメリカ直伝のフランチャイズ・ビジネスをもたらしたトーマスサカモト先生が4月13日に急逝されたことは、「飲食店経営6月号」の広沢勝氏のフランチャイズ時評で承知していた。
 トーマスサカモト先生は私にとり、フランチャイズの先生であり、正に手をとり足を取って教えていただいた大先輩である。

 広沢氏の紹介によれば、トーマスサカモト先生は、米国ハワイ生まれの日系米国人であるが、旧制中学を九州で学んだせいか、極めて日本的な考え方の持主であり、むしろ日本男子と呼んだ方が相応しい人柄であった。カリフォルニア大学バークレー校で新聞学を学び、共同通信社記者を経て、ロスアンゼルスのレストラン企業、コリンズフーズ・インターナショナルに入社、フランチャイズ部門を担当した。
 コリンズフーズ・イアンターナシヨナルは、南カリフォルニア地区でケンタッキーフライドチキンのエリアフランチャイジーとして300店のフランチャイズ展開をすると同時に、自ら開発したステーキハウス「シズラー」をもフランチャイズ展開していた。同氏は、この会社でスーパーバイザーなどを経験して、「フランチャイズビジネスのオペレーションのすべてを学んだ」と言われたことがある。

 同氏がケンタッキーフライドチキンのスーパーバイザーをやっていたころ、三菱商事の人が米国へ研修にやってきて、日本語の出来る人ということで研修スタッフの1人に選ばれたそうである。
 サカモト先生は70年に来日され、東京でコンサルタント事業を開始された。私は、ある人の紹介でサカモト先生と知り合い、明治乳業の部長会の勉強に講師としてお招きしたことがきっかけであった。それが73年2月頃だから、先生が来日されて3年ほど経過した時であった。爾来75年3月まで明治乳業の新規事業プロジェクトチームのコンサルタントとして、フランチャイズビジネスについてご指導をいただいた訳である。

 さて、「偲ぶ会」は発起人協会の三木敏夫常任理事、川越先生、C&S橘高会長、平安堂平野会長が発起人となり、松倉卓氏、田代省吾氏、内川昭比古氏が事務局となり、6月16日に青山ダイヤモンドホールに於いて開催された。当日は雨模様の中、思いがけず70名近い方が参加されていた。
 トーマスサカモト先生は外食産業を得意分野とされていたと思っていたが、当日はコンビニエンスストアー関係者、書店関係者等幅広い分野から参加されていた。

 「偲ぶ会」は三木氏のトーマスサカモト先生の紹介で始まり、川越先生からは70年代の初頭にトーマス先生が日経流通新聞にアメリカ最新のフランチャイズ情報を掲載され、川越先生はその詳細を知りたくて、トーマス先生と知遇を得られたと言う貴重な秘話が披露された。川越先生は今さら言うまでも無く、フランチャイズ協会設立の当初より協会顧問としてご活躍され、今日ではわが国最高のフランチャイズ関連法規の権威である。
 当時30代であった川越先生がトーマスサカモト先生から、アメリカのフランチャイズの最新情報を入手されていた訳である。また、平安堂の平野会長からは、トーマス先生を17年間の長きにわたり顧問としてご指導をいただき、特にアメリカ視察ツアーには業界のトップクラスと面会が出来る人脈の広さをお話された。トーマス先生の終の棲家となった静岡県伊東市天城高原にお住まいの俳優・亀石征一郎氏からは、「トーマス・サカモトこそ最後の日本男児であった」と評価された。

 約20名の参加者からトーマス先生を偲ぶ思い出が語られて、最後にジェーン夫人から「トーマスにとって今日が生涯最高の日であった。日本の流通革命の中を駆け抜けてきた、多くの流通人が参加され、評価を受け、さぞかし喜んでいることでしょう」とお開きの挨拶が行われた。
 トーマスサカモト先生とフランチャイズ協会の関係については、当日ご出席になった初代専務理事・松崎来輔氏の記憶によれば、協会が毎年行っていた「フランチャイジング・アメリカ視察ツアー」のコーディネーターとして5年ほどお世話になり、かつ協会のスーパーバイザー学校の初期の講師として「スーパーバイザーの職務と役割」の講義をされ、圧巻との評価をされていた。

 私事に亘るが、私は日本にフランチャイズが根付きだした73年から、トーマスサカモト先生に2年間に及びご指導をいただいたことになる。川越先生が日経新聞の連載記事を読んで、トーマスサカモト氏と知り合いになったとのお話しは既に紹介したが、実はトーマスサカモト先生は、この記事に加筆、追記して「フランチャイズチェーン」と言う本を73年2月に日経社から出版されている。
 私がフランチャイズについて読んだ本の中では、多分一番旧い本の一冊であろう。幸い手元にその本があったので、再度読み直してみて、その内容の新鮮さと、時代の先駆けについて深い感慨を抱いた。
 残念ながら、「製品商標型フランチャイズ」と「ビジネスフォーマット型フランチャイズ」が同列に並んで記録されている。その後の日本のフランチャイズは後者のみをフランチャイズとして、前者をフランチャイズから除外してきたので、若干の違和感は残る。しかし、正にアメリカ直伝のフランチャイズ論として読み取るならば、70年代のアメリカのフランチャイズの臭いを嗅ぎ取ることが出来る貴重な一冊である。

 私は毎月、トーマス先生の住んで見えた白金台のマンションにお邪魔して、フランチャイズや外食産業について熱心に質問をしていた。どんな内容の議論であったかは定かではないが、当時の私の最大の関心事は店舗の売上高予測の方法であったので、多分そのことを中心に聞いていたものと思う。考えてみれば、70年代初頭には世界中でも「ハフモデル」しかなく、外食のような小さい店舗の売上高を正確に予測する技術は無かったはずである。
トーマスサカモト先生は私の店舗前面通行量との相関とか、商圏人口との相関とかの仮説に対して、丁寧に答えて戴いたが、何分にも郊外型主体のアメリカと繁華街型主体の日本とでは比較が難しく、困ってみえたのではないかと思う。昨年の公取委のガイドラインで「売上高予測は根拠ある事実に基づく」こととされたが、30年前の議論が懐かしく思い出された。

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