フランチャイズ時評バックナンバー

黒川孝雄の美

鈴木敏文著 「商売の原点」を読む (緒方知行編)

1. この本の成り立ち

 この本は編者の緒方知行氏の解説によれば、セブン・イレブンの創業間もない頃に、セブン・イレブン本部で毎週1回行われる「FC会議」が、既に1300回以上を数えているそうである。
OFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)(通常スーパーバイザーと呼ばれる)とは、一人当り7,8店の加盟店を担当し、店舗の経営アドバイスを行う、現場の最前線の社員のことである。そのOFCと、その上司であるディストリクト・マネージャー、そしてさらにその上長であるゾーンマネージャーを全員、東京の本部に集め、本部のスタッフ達も加わって行うダイレクト・ミーティングが、毎週休むことなく続けられているのである。
 この会議には鈴木会長は可能な限り顔を出し、全員を前に話しをするのだが、その会議の速記録は門外不出のものとして保存されている。数万ページに及ぶその速記録をもとに単行本を講談社から発刊するという条件で、速記録にすべて目を通すことを緒方氏は鈴木会長から快諾していただいたそうである。
 緒方氏は元商業界の編集長であり、現在は流通雑誌「2020」の主幹である。しかし、4年以上前から不治の眼病でゼロに近い視力であり、自らこれを読むことができなかった。そこで、当時大学生であった桑原さんに、この速記録の全内容を読み上げてもらい、録音テープに収録することにした。約2年掛けてこれをテープに吹き込んでいった。テープは120分のもので80本近い分量になった。
 更に、2代目のアシスタントの関根さん、さらに3代目のアシスタントの田口加世さんを前に、緒方氏がこのテープを聞きながら、これはと思うポイントをピックアップし、エピソードを拾い出しつつ文章に加工していった。このために更に2年近い歳月を費やした。
 膨大な量の鈴木会長の話しすべてに耳を通すという、気の遠くなるような作業の中で、緒方氏が考えていた鈴木氏とは全く違う経営の世界に触れて、大きなショックを受けたそうである。一言で言えば「すごい」という感動であり「ここまでやるのか」という感嘆の念であった。
 4冊以上の量になったが、最終的には「商売の原点」と「商売の創造」の2冊になった。
 筆者は今年の正月に、この「商売の原点」を読み大いに感激した。1月8日の日本フランチャイズチェーン協会の賀詞交換会で緒方氏とお目にかかり、この本の話しをして3代目のアシスタント田口加世さんとも名刺交換をして、その労苦をねぎらった。
 「商売の原点」を筆者の独り占めにするのは、如何にも勿体ないので、ある企業の本部スタッフの勉強会の資料にするため、更に精読を重ねたところ、思いがけない幾つもの発見をした。
 時代は正にセブン・イレブンの時代であり、昨年には店舗数1万店を超え、総売上高(システム・ワイド・セールス)は2兆3千億円、営業利益1700億円の超優良企業であり、鈴木氏は流通業のエスタブリッシュメントであり、テレビでも雑誌でも鈴木、鈴木、鈴木の連呼である。
 「勝てば官軍」という卑しい話しをするために、フランチャイズ時評に取り上げる訳ではない。この「商売の原点」を精読して、「これこそフランチャイズ・ビジネスの第1級の経営書」と感じて、読後感を書く気になったのである。
 筆者は、フランジャの3月号より「胎動するニッポンのFC」というコラムを引き受け、最初の記事として「大学で初のフランチャイズ専門講座が誕生」と題して西武文理大学の試みを紹介した。取材をして痛感した点は、日本にはフランチャイズに関する専門書が著しく不足していることである。その文章の中で「経営論、サービス論の図書は皆無に等しい」と指摘したが、正にこの「商売の原点」こそ、「フランチャイズ経営論」そのものであり、良書であると確信するので、一読をお勧めする。

2.  商売の基本原則

 第1章が「商売の基本原則」であり、鈴木氏が折りに触れてFC会議で商売の基本を思ったことを、くどい位に書いたものである。
 まず、基本4原則の徹底がいかに大切であるかとして、品揃え、鮮度管理、クリンリネス、フレンドリサービスを揚げ、これがセブン・イレブンの商売における基本原則であるとしている。創業の当時は多分セブン・イレブンの基本原則であったろうが、現在ではコンビニエンス・ストア経営の原則として広く知られていることである。マクドナルドがフードサービス業にQSC(品質、サービス、クレンリネス)の3原則を持ち込んだが、現在では広くフードサービス業で用いられているのと同じ現象である。(企業によっては名称を変更しているが、基本的には同じ内容である)
 現在では「買いたい」というお客様の願望以上に、自分のところに買いにきてもらいたいという店舗が増えて、激しい競争の時代である。さらに、その「買いたい」というお客様の願望が、以前に比べて、相当に弱くなっている。こうした環境変化の中で、小売業でやるべきことはまず基本に戻り、それを徹底させることである。
 同業他社も基本4原則には気付いて実行している。これは、どこでも商売の原点をつきつめて考えると、基本的なことに取組を始める結果である。今後も優位性を維持しようとすれば、基本4原則の徹底度が問われることになる。基本を徹底し、それを永久的に維持することが、店の体力増強につながる。店の体力が低下しているのに、どうして売上が伸びるのか。
「凡事徹底」ほど難しいものはない。鈴木氏の「商売の基本原則」は、この凡事徹底を全社員、全オーナーに求めるものであり、くどいまでに何回も言い続けられることは、セブン・イレブンの社員や加盟店でも「基本の徹底」は難事であることがわかる。

3. 差別化の条件

 セブン・イレブンが創業以来取り組んできたことは、味と鮮度のいいファーストフードをお客様に提供することである。今のような状況下でも拡大均衡を図ろうとするなら、お客様のニーズの変化を考えて、味と鮮度を追及するのは当然の帰結である。お客様の信頼を得て売れ行きが上がり、商品の回転率がよくなれば、「良循環」が起こり、廃棄率も減っていく。
差別化のための最大の課題は、お客様にとって価値あるものー食べ物は鮮度と味のいい商品―を提供することができるかどうかである。それが売上を増やし、廃棄ロスを減らし、利益を伸ばすことにつながる。
お客様が求めているのは、値段が安いことばかりではない。むしろ良いもになら売れる。いまの消費者の買い物心理は、旧来とは大きく様変わりしている。具体的には、以前より質を重視した買い物をするようになった。安ければいいという時代ではない。
これだけ不景気の時代にも、よいものは売れる。しかし、お金がありあまっているわけではない。みんなお金を大切に遣おうとおもうから、逆に、使い捨てのものとか、安物は買わないようにしているのである。
まさにお客様の買い物動向は経済学ではなく、お客様の心理で考える時代であり、安いものなら売れる時代は終わったのである。

4. 売上ダウンと競合について

 既存店の売上高があらゆる業態で起きている。百貨店もスーパーマーケットもコンビニも外食も既存店が売上ダウンになっている。その理由をしばしば、競争激化、店舗過剰に求めるものであるが、鈴木氏は「競合店が増えたら売上が下がるものではない」と強調される。「売上が一時的に下がることはあるかも知れない。しかし、2年も続けてマイナス状態に陥るなど、すくなくともセブン・イレブンではありえない」と主張される。
2年続けて前年比マイナスの店があるが、これは明確に、適切な対策ができていないことを意味する。これには、何か必ずほかに原因がある。競合が増えるとなぜ売上が下がるのか、不思議でならない。売上が下がるのは、競合のせいではなく、お客様から見て、その店の価値を比較できる物差しができた結果に過ぎない。むしろ、一番の問題は品揃えにあり、それに加えてフレンドリーサービスとクリンリネスである。競争相手が出てきたときに響いてくるのが、基本4原則の不徹底である。
売上が下がるのは、店のイメージや商品の品揃えも含め、あらゆる面で自分達の方が相対的に劣っているからである。競合店よりもこちらのほうが質的レベルが高ければ、1割も2割も売上が下がるということは起こりえない。お客様の立場に立って考えてみれば、その店のサービスがよくないから、ほかにいい店ができれば、そちらに行ってしまうというだけの話である。

5. 基礎体力が決め手 
店舗は日常のオペレーションがきちんとできていなければ、いくら店でキャンペーンをやっても、それは生きてこない。キャンペーン商品の販売額など、全商品の売上からすれば、わずかなものである。かって需要の旺盛であった時代とは違う。品揃えがよく、クリンリネスやフレンドリーサービスがきちんとできた上で、初めてキャンペーンや販促の効果がある。
スポーツの基礎体力と同じように、日常的に培った売る力がなければ、何をやっても効果は期待できない。

7. 説得と納得

 筆者はレギュラーチェーンとフランチャイズチェーンとは命令系統が異なり、
全く違う発想が必要であると考えている。鈴木氏はOFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー、以下通称のSVと略す)に対して、加盟店オーナーがどうしても自店をきれいにしない場合は、担当SVが毎朝行って、自分で掃除をしてみせるのも一つの方法であると言っている。これを1週間続けてみてもらいたい。口で言っただけでは、オーナーさんに基本の大切さを理解してもらえないなら、身体で示して理解してもらうしか方法がない。身体で示されたら、オーナーさんも黙っていられなくなるだろう。そこまでやれば説得力が出てくる。SVの仕事(コンサルティング)というのは、相手(オーナーさん)を説得し、納得してもらってその行動が変わったときに初めて仕事をしたことになる。話はしたけれども、相手にはつうじなかったということでは、仕事をしたことにはならないのである。
 即ち、レギュラーチェーンの指示・命令の系統はフランチャイズチェーンでは機能しないのである。鈴木氏の言葉通り「説得と納得」がフランチャイズチェーンの基本である。
 鈴木氏は事例を替えて、SVに「仕事と人格は同じではない」と説く。SVが加盟店のオーナーさんに仕事のことで何らかの問題を厳しく提起したときに気付かずに相手の人格を傷つけるようなことを言ってしまっていることが良くある。オーナーさんの中には、担当社員の親と同じくらい、あるいはそれ以上の年配の人もいる。人生経験、社会経験、商売という点においても、はるかにキャリアーを積んできた人たちが少なくない。
SVが指導できるのは「コンビニの経営ノウハウ」についてだけである。対話をする場合は、仕事以外の人格的な面では、オーナーさんたちに到底及ばないのだということを、よく自分自身に言い聞かせておかなければならない。
わが社のSVは年齢も若く、商売経験も十分ではないので、オーナーさんと話しをする時には、客観的なデータや成功している他店の例などを提示して、問題提起するしかない。客観的な事例を用意して説明すれば、納得してくれる
はずである。

8. 1万通りのやり方

 

 セブン・イレブンは驚いたことに全部が個店対応であると言う。1万店全部の店に一律に同じことをやっていたのでは、拡大均衡は望めない。
 それぞれの店にはそれぞれの状況がある。本部や商品部の指示は全体としての方向性であって、そのこなし方はそれぞれの店で変わってくるのが当たり前である。立地や環境条件が一つとして同じ店はありえないから、加盟店に対するSVのアドバイスも、みな違ってこなければならない。
 立地、商圏、客層をとらえ、お客様のニーズに合わせて、それぞれの店が品揃えを追求していくのである。都心型、住宅地型などといったセブン・イレブンはない。それぞれの最大公約数をとって、いくつかの標準的オペレーションをするチェーンストア理論はない。あくまでも、一つ一つの個店が市場に向き合っていくのである。
 世の中には一人として同じ性格の人はいない。一律のやり方では通用しない。1万人のオーナーさんがいれば一万通りのやり方がある。1万店という巨大な店舗数を擁しながら、それぞれの店が、自分の顧客だけを見つめて個店経営を行っているというのは、他にはない経営であろう。
 客層、商圏、競合といった個別の市場条件に対応した商売が1万通りできるのは、システムがしっかり構築されているから出来るのであろう。システムがないチェーンが個店対応を始めたら、例え10店舗でも経営はめちゃめちゃになるであろう。

9. 教育マニュアルは必要ない

 オーナーさんの中には、従業員やパートのための教育マニュアルや教育のためのビデオを作って欲しいという人がいる。そういう要望を受けたSVの中にも、そういうものが必要だと感じている人もいる。
 しかし、そのようなものは全く不要、鈴木氏はむしろ有害とすら思っているそうである。理由としてマネジメントは一律ではない。各店によって内容が違うし、違っているのが当たり前なのである。従って、店の従業員の教育というのは、その店のオーナーさんの責任においてやるべきことである。「教育はテクニックではない。自分が率先して垂範しなければ本当の教育にはならない」のである。
 パートや従業員のための教育手段を教えて欲しいというなら、まだ分かる。もっとも、答えは率先垂範と、いたって簡単ですが。その中身については、一律的に教えるものではない。「教育というものは画一的なマニュアルで示すことは出来ません」と断定する。
 初心者の加盟店候補に対するカリキュラムや教育マニュアルは完備していると思う。しかし、一旦開業したら、そこから先はオーナーの率先垂範であるという回答はいかにも厳しい。フランチャイズ・ビジネスは一律のマニュアル教育が前提であるとする、従来の社会常識に対する挑戦であり、ここにもフランチャイズに対する新しい考え方が示されている。

10. オーナーに対する義務

 リーダーの資格として、ゾーンマネージャー、ディストリクトマネージャー、
SVが、会社の方針を現場で徹底させなければ、そのポストに付いている資格が無いと判断すべきであると断じて、更に次のような基調な意見が述べられている。重要な意見であるので、原文をそのまま引用する。
「私たちは、1万人のオーナーさんを抱え、彼らに対して、フランチャイズ・ビジネスとしてきちんとした結果を出すという約束をして加盟してもらっている。会社としては、契約した結果をオーナーさんに与える義務があります」
 フランチャイズ契約を締結した以上、オーナーさんに「きちんとした結果」を出す義務があるという言葉は、非常に重い言葉であり、正にセブン・イレブンの良心を示した言葉と解したい。
 ところで「きちんとした結果」とは何であろうか。通常ならば、加盟前に加盟希望者に提示した売上高予測と収益予測であろうが、セブン・イレブンは売上高予測を示さない本部である。類似立地における過去の既存店売上高の情報は開示するが、新しい立地の売上高予測は示さない方針である。「きちんとした結果」とは、相応の売上高、利益(約束はしないが)が出て、結果として加盟店オーナーが満足することを指すのであろう。
 筆者は、かねて本部と加盟店の利益をどのようにシェアー(配分)するかが、フランチャイズ・システムの鍵であると考えている。しかし、残念ながら、この観点からフランチャイズ・システム議論した研究を見たことがない。是非好学の士から教えていただきたいと考えている。筆者の試論として、本部の経常利益と加盟店全店の経常利益は半々が妥当な線ではないかと考えている。仮にセブン・イレブン・ジャパンの2003年度の経常利益が1700億円とするならば、この期間中に1万店に近い加盟店の経常利益の合計が1700億円程度が妥当と考える。1店当りにすれば1700万円の経常利益になる。実態は知る手立てもないし、加盟店夫妻の報酬をどのように決めるか等問題点は多いが、一度真剣に本部と加盟店の利益のシェアーの問題について検討する機会を持ちたいと考えている。

付言    
 本稿では「商売の原点」のみを取り上げたが、もう1冊の「商売の創造」も好著である。是非2冊を揃えてお読みいただければ、鈴木敏文氏の考え方もご理解いただけるものと思う。 


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