フランチャイズ時評バックナンバー

黒川孝雄の美

FC加盟の成功者を詳細分析する(その1)

 筆者は商業界の「飲食店経営」に「FCの成功者たち」を2000年1月号より連載を初め、現在連載94回(07年10月号まで)を重ねている。いずれの登場者も優れたフランチャイジーで、甲乙付けがたい人材揃いであるが、中でも、特に取材を重ねた、風々ラーメンを8店舗展開する(有)パートナーの鈴木敏平氏を詳細に分析し、成功者の実態を広く理解してもらいたい。
 雑誌の持つ性格上、徹底的に取材して記事にすることは、誌面の都合で許されない。即ち、2ページという範囲の中に収める記事を書くことが求められる。何時も、この制約を感じつつ、記事にしたい部分も割愛することが間々あった。
  しかし、ホームページならば、この制約はなくなり、思い切って大量の記事を書けることに気付き、今回の「詳細分析」を書くキッカケとなった。この「FC加盟の成功者の詳細分析」は、合計3回に分けて連載する予定である。

 この記事の取材を快く引き受けていただいた鈴木敏平氏と、「FCの成功者たち」の長期連載をお許しいただいた商業界「飲食店経営」の千葉編集長と山田記者に厚くお礼を申し上げたい。

Ⅰ 鈴木さんのサラリーマン経歴

 鈴木社長(以下オーナー)は昭和24年5月新潟県(旧)中魚沼群中里村重地(現在十日町市)に生まれた。今年58歳で団塊の世代である。
  津南高校普通科を卒業後、東京池袋の精肉小売業の会社に入社し、本社所属となり、仕入れ担当となった。好学の志が高く、勤務しながら東京電子専門学校・電子計算機学科(2年間)に入学し、フォートラン(ソフト名)に興味を持ったそうである。電子計算機と言っても、当時はIBMの大型パンチャーの時代であった。
  担当した仕入れ業務は面白く、精肉バイヤーとして7年間勤務して、25歳で退職した。これはオーナーの兄が精肉小売業として独立し、埼玉県にサンアイという会社を設立し、そこへ入社したからである。小売業ではあったが、オーナーは業務用卸部門を担当し、学校給食に売り込みに成功した。
  昭和60年ごろには、日本は2回の石油ショックを受けて高度経済成長の時代は終わっていたが、後に「バブル経済」と呼ばれる新規事業や新規分野に事業を拡大することがブームとなった時代である。サンアイでも新しい事業を展開しないと会社の発展が難しくなってきたと感ずる時代であった。
  そこで、新規事業として「美味しく健康」をテーマにした牛肉の宅配事業を開始し、原材料にこだわった健康便事業を立ち上げた。
  一方、もう一つの新規事業として、小売業から脱却して大型「焼き肉店」を昭和63年から開始して、オーナーが責任者を命じられた。焼き肉店は「焼き肉テラスSanai」という店名で、1号店は100席、2号店は150席(吉川)、3号店は北朝霞店、更に4号店をオープンした。特に2号店の150席の大型店では5年間赤字続きで苦労して、4号店のオープンと引き換えにクローズした。
  この焼き肉屋の経験は、その後オーナーが独立して事業を起した場合の大きな教訓となった。
  その教訓は、独立した後、次のような形で生かされている。
  まず第1点はドミナント出店(現在半径30分以内で車でいける場所に限定出店している)、第2点は適正面積(ラーメン店は20坪程度)、第3点は人時売上高の重要性、第4点は標準化である。(いずれ詳細は別の部分で述べる)

Ⅱ オーナーには先生がいた

 オーナーの話を聞いていると、どうも独学で勉強したとは思えない節があり、誰からどのような教育を受けたか尋ねてみたら、次のような先生に指導してもらっていることが判った。
 恩師は、埼玉県志木市で開かれた商売の勉強会の講師であり、商業界のエルダーを勤めていた鈴木一男氏である。鈴木先生は東京白金台に工場を経営してみえた。この勉強会は日本ボランタリーセンターが開催したものであり、鈴木先生が資金面でもバックアップしており、安いセミナー代で約7年間継続した。 受講生はオーナーとほぼ同じ年齢層であり団塊の世代であった。毎月の研修以外にアメリカとヨーロッパの研修ツアーも開催され、参加費用は1回60万円程度であったそうである。
 ここでオーナーは徹底的にマネジメントの教育を受け、飲食業の基本数字となる、人時売上高、人時生産性、原材料管理、FLコスト等を学んだという。 平成元年の頃に、飲食業の人時生産性(粗利益/総労働時間)は6000円必要という教育を受け、自分の経験値との格差に驚いたそうである。
 考えてみれば、今から20年前には、江戸時代の寺子屋とも呼ぶべき社会的教育が生きており、商業者やその従業員に市井で経営者教育が行われていたのである。商業界の築いたエルダー制度が、日本の商業や飲食業を陰で支え、隠れた指導者を生んでいたのである。このような事例を聞くと、我々も、もっと社会のお役に立つ生き方があるように思う。
 オーナーは焼き肉屋の責任者として、毎日の実務と鈴木先生の指導で多くの知識や技術を学んだことが、現在の力量となっている。精肉卸・小売会社に入社した時に、電子専門学校に夜間で学んだことは既に述べたが、この夜間専門学校で学んだ知識と鈴木先生から教えてもらった知識・技能もっと言えば人間として生きる道が、今日のオーナーの糧となっている。

Ⅲ いよいよ独立

 オーナーは99年7月(50歳)で兄から独立した。兄の会社から離れた理由は、「生き方を変えたい」という思いであり、得意のパソコンの技術を生かして、社会に役立つ仕事をしたいと思った。しかし99年といえば日本は金融恐慌の時代であり、それ程簡単に独立できる環境ではなかった。
 京都のサン・クラブという勉強会でリズム食品の岡本オーナーに会った。フランチャイズには当時あまり興味が無かったが、岡本オーナーは「風々ラーメンを出店すれば、社会が明るくなる。そうすると貴方も明るくなれる。日本全国に1千店を出店したい」と軒昂たる意気込みを示され、鈴木オーナーに対して、10年間で20店出店しないかと持ちかけられたが、到底20店は無理と思い、「10店なら出店できる」と答えて、そのままリズム食品が展開する風々ラーメンに加盟して埼玉県志木市柏町に1号店をオープンした。
 1号店の資金繰りには苦労した。投資金額は2千万円で、自己資金は9百万円、銀行融資は勿論断られた。埼玉県の制度融資に2千万円の限度額まで申し込んだが返答は500万円融資であった。それでは開業できないため、担当の課長に相談したところ、県の保証協会を紹介され、保証協会の保証を付けて1千万円まで融資が受けられることになり、漸く資金の目途が付き1号店をオープンできた。
 1号店の売上高は600万円~800万円で推移し、焼き肉屋と比較してこんなに効率の良いビジネスがあったのかと驚いたそうである。99年から07年までの8年間に9店をオープンして、北朝霞店のオープン時に1号店を閉鎖して、現在は8店舗である。出店はどのようなスピードで進んだのであろうか。
2号店  富士見野店
3号店  朝霞北口店
4号店  志木南口店
5号店  朝霞台店
6号店  浦和道場店
7号店  赤塚店
8号店  朝霞南口店
9号店  北朝霞店  ( ここで1号店の志木柏町店をクローズ)
 見事なまでにドミナント出店が行われており、正に半径30分以内に車で行ける範囲であり、東武東上線の沿線に限定出店している。
 しかも、既に述べたように十分な資金を持っての独立ではなく、当初の自己資金は、僅か900万円で、それを基礎にして年商6億円の規模まで拡大したのは、やはり凡人の域を抜けている。

Ⅳ 経営の真価

 この事業の凡その計数を質問したところ、次のような解答であった。
  原価率      33%
 人件費率     25%
 賃料比率      6%
  ロイヤルティ    3%
 営業利益率    20%
営業利益額は年商に営業利益率を乗ずれば、自動的に計算できる。年商規模はともあれ、営業利益額レベルで見れば、中堅企業と呼んでも差し支えの無い規模である。
 社員は現在6名であり、パート・アルバイト(以下P/Aと呼ぶ)が店長や副店長を務めている。P/Aの時給は850円から始まり、900円程度が多いが、各種成果給制度を合算すると、時給は1400円程度になるそうである。(内容は別途述べる)地域一番の時給にすれば、求人には困らないそうである。
 オーナーは、楽しく経営できるのは10店舗程度であり、場合によっては7店舗程度かも知れないという意見であった。20店舗になったら、P/Aの名前も覚えきれず、とても余裕を持って運営できるものではない。
 第2業態への加盟の意思を聞いたところ、いずれの店舗も駅前の一等立地に出店しているため、万一業態の陳腐化により不振に陥った場合は、何時でも他の業態に転換が出来るとの回答であった。
 飲食業経営のポイントを尋ねたところ、次の点を指摘された。
① 飲食業の経営で一番大切なことは人時売上高(1人1時間当りの売上高)で発想することである。
② 飲食業はオープン年が最高の売上高を示し、そこから売上高は下がる一方である。しかし、従業員の待遇は年々上げていかなければならない。
③ 従業員の給料は業績によって決める仕組みが必要であり、毎月毎月の指標によって給料を変えるべきであると考えている。
具体的には、次のような指標が用意されている。
  役職別成果級一覧

役   職
前年売上高
人時売上高目標
粗利益率%
エネルギー
店  長
1万円
1万円
1万円
5千円
副 店 長
5千円
3千円
2千円
2千円
キャスト
時給+10円
時給+10円
時給+10円

 この一覧表を簡単に説明する。まず、商売にとって一番大切なことは売上高である。前年の売上高をクリアすれば1点、102%になれば2点、104%になれば3点であり、1点につき店長は1万円の成果給を翌月支払う。2点は2倍、3点は3倍である。副店長(P/A)は1点で5千円、以下同じである。キャスト(P/Aで店長、副店長でない人)は、時給が10円、翌月のみアップする。以下同じである。
  このパートナーという会社にとって最大の目標値は、人時売上高目標である。まず、人時売上高とは、総売上高を総労働時間で割った数値であり、1人1時間当りの売上高となり、この数値から原材料、給料、賃料、ロイヤルティ、光熱用水費等が支払われるものである。(この人時売上高を最高に重視する経営思想を筆者は高く評価して、今回取材の対象に選んだのも、これが理由である) この人時売上高は、店によって基準が異なるので、店長会議で、店舗毎のあるべき人時売上高を自主的に決めさせ、その基準の達成によって成果給を翌月支払うものである。基準クリアで1点、100円アップで2点、200円アップで3点とする。1点につき店長は1万円、2点ならば2万円が翌月支払われる。副店長ならば1点で3千円であり、キャストにも1点で時給が翌月10円アップ(3点ならば30円アップ)である。
  ここまで人時売上高を成果給に活用している事例は、まず無いであろう。
  続いて重要なものは粗利益率である。粗利益=売上高―原価であり、目標値である粗利益率%は、いかに原価を下げ、ロスを排除するかということである。この粗利益率%は社内の上位2店に2ポイント、下位2店に0ポイントを与え、中間の4店舗は1ポイントとなる。店長は1ポイントで1万円であり、以下同じである。
  最後のエネルギーは、電気代、ガス代、水道代の合計であり、昨年より下がれば、店長で5千円、副店長で2千円、キャストで時給10円がそれぞれ翌月支給される。
 更に、余裕出勤、適正在庫で成果給があるが、中々理解し難い点があるので省略する。
  要するに、コンピューターを駆使して、月の前半、後半2回に分けて各項目を見ることが出来、目下の点数は誰でも公平に計算できるようにしてある点が、この仕組みの特徴であり、マイナスが無いことにご注意いただきたい。成果給には加算はあるが、減算はない。誰しもゲーム感覚で楽しく参加できることが、この成果給の特徴であり、従業員の給料が増えれば増えるほど、会社の収益が向上する仕組みになっている。だから時給1400円(結果として)が可能となり、地域一番の時給を払えば、P/Aは定着すると断言できるのである。
 成果給は、大企業でも採用され、目下の流行であるが、殆ど減算が採用され、成果給に対する従業員の不満は高い。一つは目標が明確でなく、上司の恣意で動くこと、今一つは目標達成しないと、減算対象になり、悲惨な事例が多いことが原因であるとされる。成果給をなじる図書は多い。
 この人時売上高とか、粗利益とかエネルギーコストの教育をする訳ではない。必要があり、聞いてくれば教える。自分で吸収する意欲がなければ、成果給は 馴染まない。(有)パートナーの社員やP/Aは、すべて理解して、成果給を得るべく努力している。これがオーナーの人材育成術である。学校や教室のみが教育ではない。日常業務から学ばせるのが真の教育であるという信念である。
  また繰り返してやることは合理化、標準化の対象であり、具体的には週間シフト、発注、営業報告、キャストのトレーニング等であり、後述する。

Ⅴ 飲食業の社会的地位を高めるために

 飲食業の社会的地位は、残念ながら高いものではない。相変わらず、「飲食業にでも就職するか、飲食業しか就職できない」と言われる、「デモシカ」産業である。
(有)パートナーの、経営信念は次のようなものである。
① 飲食業のために役立つ仕事をやりたい。具体的には、スズキナビ・システムと呼ぶ飲食業向けソフトの普及である。(後日詳細は述べる)
② 飲食業に一番重要な概念は「人時売上高」であり、この考え方を普及させたい。(これもスズキナビ・システムの普及による)
③ 各店毎にチャイルドスポンサーとなり、援助している世界の子供の写真を各店舗ごとに掲示している。これはNPO法人ワールド・ビジョン・ジャパンという組織が世界中の恵まれない子供たちに、毎月経済的援助を行うものであり、1店舗の負担は1ケ月4,500円である。   オーナーは、飲食業が広くこのような取り組みをすれば、社会から「面白い業界」として注目され、評価される存在になり、自ずから飲食業の社会的地位が高まると考えている。

(以下、その2へ)

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