フランチャイズ時評バックナンバー

黒川孝雄の美

日本マクドナルド社の方針転換「店長に残業代を支払う」の内容

 日本マクドナルド社は、5月20日に管理職を理由に残業代や休日出勤手当てを支払っていなかった店長ら2千人弱と店舗管理責任者(OC、OMと思われる)数百人に、8月から新報酬制度を導入し、残業代を支払うと発表した。(日経新聞、5月21日)
 今回は、現在の日本マクドナルド社の給与規則や、支払い内容を詳細に解説し、それをどのように変更しようとしているか、そのチェーン業界に与える影響や、対策について述べてみる。

Ⅰ 日本マクドナルド社の給与規定はどうなっているか

 日本マクドナルド事件・東京地裁(平成20.1.28)の判決分が日本経済団体連合会労政第二本部より「労働経済判例速報4/10」で発表された。先に引用した判決文は、省略が多かったが、今回の判決文は極めて詳細であり、提出された各種証拠も記されているので、まず内容を紹介する。
  管理監督者に該当するかどうかは、5月号でも述べた通り、3つの要件が必要であるとされている。
  裁判例では①部下の人事権や経営の重要項目について相当程度の決定権を持つこと②就業時間や職務遂行について相当程度の自由裁量を持つこと③賃金、諸手当等についてその地位にふさわしい待遇を受けていること、が管理・監督者の要件とされている。
  しかし、日本マクドナルド社は、今回店長及びOC,OM等は「管理職である。しかし残業代は支払う(「労働基準法第42条2項に定められた管理監督者ではない」と断定したのと同じ意味になる)」と決めたので、今回は給与規定のみを論ずることとする。

1. 日本マクドナルド社の給与規定(東京地方裁判所の判決文より)

 まず、会社の就業規則は次のように定めている。 第20条(給与規定) 社員の給与及び賞与については、別に定める給与規定による。
 判決文によれば、同社の給与規定は、次のように定めている。
 

- 記 -


第2条(給与の構成)
  給与の構成は次の通りとする。
①基準内給与
(ア)基準給(職務基準給、住宅手当、評価手当)
(イ)住宅手当
②基準外手当(通勤手当、深夜勤務割増手当、時間外勤務割増手当、休日勤務割増手当) 第3条(基準内給与)
  基準給および職務基準給は学歴、経験、能力及び年齢等を総合評価して決定する。尚、基準内給与については、給与計算期間中の欠勤、遅刻、早退等による控除は行わない。
第4条(評価手当)
  評価手当は、オフィスのチーフ及びコンサルタント、管理及び監督の地位にある者に対し、人事考課に応じ別途定める方法にて支給する。
第5条(住宅手当)
  住宅手当は、基準給の10%を支給する。 (後略)

 なお、住宅手当が(ア)基準給及び(イ)の双方に含まれているが、これは第5条の定めから、基準給に含まれていないと解するのが妥当であろう(黒川)。

2. 店長に対する処遇

 平成16年4月に導入された日本マクドナルド社の報酬制度によれば、管理監督者として扱われている店長には、管理監督者として扱われないファーストアシスタントマネージャー以下の従業員とは異なる勤務体系が適用されている。
 具体的には①店長は、基準給(月額31万円)は固定されたうえで、それに加えて、S(店長全体の20%)、A(30%)、B(40%)、C(10%)の四段階に基づく評価手当(S評価が10万円,A評価が6万円、B評価が3万円、C評価が0円)が支払われる。ファーストアシスタントマネージャーは、基準給の最高級(28万円)と最低給(23万円)が定められ、その範囲内で定期昇給し、評価手当は支払われない。
②店長の賞与は、上記の四段階(S,A,B,C)の評価結果に基づき、在籍期間にかかわらず、金額(半期の賞与として、S評価が125万円,A評価が107万5000円、B評価が95万円、C評価が85万円)が決定されるが、ファーストアシスタントマネージャーは、一定期間の基準給(月額)に業績評価と在籍期間に応じて決定される支給月数を乗じて算定される。
 以上を前提とした場合の店長の年額賃金は次のように計算される。(インセンティブは除く)
S評価の店長の年額賃金
779万2000円{(基準給31万円+住宅手当3万1千円+評価手当10万円)×12+賞与125万円×2}
A評価の店長の年額賃金
696万2000円{(基準給31万円+住宅手当3万1千円+評価手当6万円)×12+賞与107万5000円×2}
B評価の店長の年額賃金
635万2000円{(基準給31万円+住宅手当3万1000円+評価手当3万円)×12+賞与95万円×2}
C評価の店長の年額賃金
579万2000円{(基準給31万円+住宅手当3万1000円)×12+賞与85万円×2}

Ⅱ 日本マクドナルド社は新報酬制度を導入する

 では、8月から導入される新報酬制度はどのようなものであろうか。以下日経MJ、5月23日の記事を参照して述べてみる。
 同紙によれば、「店長手当などの要素を含んだ職務給を廃止し、残業代に充てる仕組みである。一方、実績に応じた成果給を厳格にすることで、店長に支払う人件費総額は変わらないという。」
  {マクドナルドのこれまでの店長の給与は大きく分け、「基本給」、店舗成績などを反映した「成果給」、店長としての手当に本人の能力を加味した「職務給」の3本立てだ}
  {新制度では、能力評価によって四段階に分かれていた職務給の部分について再設計した。8月からは店長という職務に支払われていた部分を完全にカットし、実績や能力に応じた手当に切り替える。そこから生まれた原資を残業代に振り分ける。原田CEOは「(以前と比べて)店長のパフォーマンスが変わらなければ、年収が目減りすることはない」と説明する。
 ただ、過去にさかのぼっての残業代支払いは実施しない方針だ}
 この記事と東京地裁の判決文とはかなり異なる。判決文では、マクドナルド社の給与規定には、上記の通り基準内給与として基準給(職務基準給、評価手当)と住宅手当から成り立っている。
  日経MJが伝える「基本給」「成果給」「職務給」という言葉は、地裁判決文にはない。推測すれば、最近給与規定を変更して従来の基準給(職務基準給、評価手当)、住宅手当を廃止して、「基本給」「成果給」「職務給」に切り替えたのであろうか。
 いずれにせよ、店長手当などの要素を含んだ「職務給」を廃止し、それを原資として残業代を支払う主旨のようである。
  多分、具体的な給与体系は未完成のまま、8月から新制度に移行と発表したのではないかと推測される。

Ⅲ なぜ、一転して日本マクドナルド社は店長らに残業代を支払うのか

 1月28日の東京地裁の「店長は管理職に当らない。過去2年分の残業代として755万円の支払いを命ずる」とした判決が、それ以降テレビ、新聞等のマスコミで「名ばかり管理職」を批判する報道が相次ぎ、マクドナルドが真っ先にやり玉に挙がったことがきっかけであったそうだ。
 社内にも動揺が広がり、社員やパートの募集にも不安が出始めたそうである。「このままでは実態以上にイメージが悪化する」と危機感を抱いた原田CEOが「急いで見直せ」と指示して、急遽、新制度導入に動き出したのが真相のようである。
 日経MJ5月23日は、「突然の方針転換の裏には、今後の成長戦略への影響を回避する狙いもあった。原田CEOにとって経営改革は総仕上げの時期を迎えていた。その柱が既存のフランチャイズチェーン店や新規オーナーに働きかけ、約7割の直営店比率を約3割まで下げる戦略である。名ばかり管理職問題が尾を引けばFCオーナーに不信感を持たれ、FC化が計画通りに進まない懸念があった」と解説し、「イメージ悪化回避」と「FC化推進への影響考慮」が、今回の一転して店長らに残業代を支払う理由であるとしている。

Ⅳ 残業代を支払っても、何故「支払い総額は変更しないのか」

 東京地裁の判決文によれば、平成17年の店長の週40時間を越える労働時間は39.28時間であり、ファーストアシステントマネージャーの月平均38.65時間を越えていることが認められている。
  原田CEOは、記者の「残業代がコスト増要因にならないか」との質問に対し「店長の平均残業時間は昨年(平成19年の意味か=黒川加筆)の30時間から4月は18時間まで減っている。店員の増員などの効果が出ている。(中略)新制度後、残業をゼロに近づけていきたい」と答えている。(日経MJ、5月23日)
 「支払い総額は変更しない」と言い切る原因は、次のようにまとめることが出来る。

① 店長手当などの要素を含んだ「職務給」を廃止する。
② 店長の残業時間を減らす。
③ 新制度導入後は、残業をゼロに近づけたい。

 果たして、この人手不足の時代に店長の残業をゼロに近づけることが出来るであろうか。社内及び社外の意見を日経MJは、次のように報じている。
 {日本マクドナルドユニオンで現役店長でもある若松淳志中央執行書記長は新制度の移行について「店長を非管理職として残業代を支払うことは評価できる」としながらも、「会社が言うほど人員が増えている実感はなく、サービス残業につながる懸念は残る」と話している。
 同社が発表した店長の平均残業時間は4月で18時間。「サービス残業がないとしたら、驚くほど少ない」(外食大手)水準で実態を懐疑的に見る業界関係者もいる。(中略)労働力不足が深刻化する中で、どれだけ成果を上げられるかは不透明だ。}(日経MJ、5月23日)
 日経ビジネス(08年6月2日号)の時流潮流に「“早飯業界”のゆとり競争」「マックが開いた残業パンドラの箱」にもこの問題を扱った記事があるので、紹介しよう。
{「パンドラの箱が開いた」日本マクドナルドが8月から店長らに残業代を支払う報酬制度の導入を発表した記者会見の会場で、こんなつぶやきが聞かれた。
(中略)原田CEOが「会社の財務にインパクトはない」と言い切った。残業代を支払う制度は作ったが、店長の残業が発生しない労働環境も整えたため、実際には残業代は支払わずに済む目算があるという。
 原田CEOの青写真はこうだ。「店長の残業が発生する最大の原因はパート・アルバイト(P/A)の代わりに自身で接客など現場の仕事をすること。不足分のP/Aを採用・教育し、権限委譲を進めれば、残業せずに済む」(中略)
 原田CEOは「2004年の就任以来,P/Aの採用能力を高めるための店長教育や,P/Aの確保活動などに注力してきた」(中略)
  これらを導入した結果、店長の4月の平均残業は18.3時間に、75%だったP/Aの退職率は50%強まで低下。「優秀な店長ほど残業時間が短い」
 だが、「残業時間が評価の基準となり、サービス残業が横行する」(現役店長)との懸念もある。(中略)詳細は8月までの検討課題。効果は未知数だ。}
 日経MJも日経ビジネスも「効果は未知数、効果を上げられるかは不透明だ」と言う言葉で締めくくっている。
 日経ビジネス(2008年6月2日号)の記事が、マクドナルドの店長残業対策の要領を、コンパクトにまとめているので、参考までに掲載する。

P/Aの確保・教育がカギ
     残業ゼロに向けた主な取り組み

● 全国共通のP/A採用新システムの導入
● 社員・P/Aへの新教育プログラムの導入
● 品質、サービス、清潔さ改善のための新プログラムのどう導入


 この新しい提案は、弊社HP5月号のⅡ-2-(2)で指摘した解決策と似たような内容である。

Ⅴ なぜ、これほど大掛かりな監視が必要か

 新制度の発足に併せ、勤務時間など労務管理を徹底するため、有識者らによる第三者を含めた「労務監査室」を新設するそうである。
 再び、日経新聞社の記者からの質問と、それに対する回答を紹介する。
{質問「サービス残業が残る懸念があるのでは?」 原田「今までは残業を店長の直接の上司が見ていたが、それではダメだ。店長が自ら監査するのもダメ。第三者の監視が必要だ。そこで新たに中立な立場の監査部門を置くことにした」}(日経MJ、5月23日)
 日経ビジネス(08年6月2日号)では「社外スタッフ約10人の労務監査室も設け、サービス残業がないように管理を徹底する」と紹介している。
 何と大げさな仰々しい組織を作るのであろうか。これは、正に現場不信、店長不信を表現する以外の何物でもないのではないか。これが、管理職として処遇してきた店長に対する本音なのか?驚くような発言である。
 フードビズ(神山泉主幹)33号に有意義な記事が掲載されていたので、引用したい。鹿児島県内で強力なドミナントを形成するそば専門店の(株)フェニックス専務取締役・外食事業部長岩元浩海氏と神山主幹との対談である。
 岩元専務は「働く人が苦しんでいる会社というのはやはりおかしい。同業者とどちらかが潰れるまで競争して、それで本当にみんなが幸せになれるのかという疑問があります。(中略)従業員に喜びがないのに、お客様に喜びを与えることなんてできません」
  勿論、日本マクドナルド社と売上高50億円の地方企業と同一の目でみることは出来ないが、まず従業員の幸せを考えるトップと、従業員が信頼できない(少なくとも残業時間について)トップと、どちらを選ぶかと聞かれたら、文句無しに前者を選びたい。

Ⅵ 日本マクドナルド社の方針転換が、業界に大きな影響を与える

 日本マクドナルド社の方針転換は外食や小売などのチェーン店展開をしてきた企業に、大きな影響を与えそうである。
 ファミリーレストランの最大手すかいらーくは、店長の処遇や残業代の支払いの是非を巡り、労使協議を開始したそうである。またロイヤルHDも「法令順守を前提に、弁護士を交え制度の見直しを検討中とのことである(日経新聞、5月21日)
  また、筆者の会社にも大小のチェーン企業から、店長問題を巡って相談が来ている。店長残業問題は大きな曲がり角に差し掛かった感がある。
  5月22日の日経紙は、すかいらーくの店長独立制度を報道した。
 すかいらーくは来年(09年)1月から、店長を務めるベテラン店長を独立させ、フランチャイジーに転換する仕組みを作るそうである。計画では5年後をメドに既存店の2割強に当る1千店をFC店に切り替え、「のれんわけ制度」を始めるそうである。
  すかいらーくは40歳以上で店長経験10年以上の社員を対象にFC経営の希望者を募集し、審査して独立を認める制度である。社員は退職して店舗運営法人を設立して、店舗は全国から選べる。加盟金は不要で、ロイヤルティは一定額を徴収する。まず、主力のガストから始める。(日経新聞、5月22日)
 社員独立制度は既に、ジョナサンでスタートしており、堅調に推移している。また、飲食業界ではカレーのココ壱番屋の社員独立制度(ブルームシステム)が大成功を収めている。
 ファミリーレストランのFC化は難しいとされたが、店長経験10年以上のベテラン社員を厳選すれば、成功の可能性は極めて高いだろう。
 マクドナルドの店長残業代の支払いと関係があるのかどうかは知らないが、飲食店の店長経験者をすべて本部要員にする訳にはいかないので、このような店長経験者の処遇策は、極めて有効な店長経験の生かし方であると思う。
 マクドナルドの店長残業問題とは全く無関係であるが、トヨタ自動車がQCサークル活動の残業代について、月間2時間と定めた上限を撤廃し、6月から全額を支払う方針を決めた。従来あいまいであったQCの位置づけを、会社側が明確に「業務」と認めたものであり、トヨタの動きは産業界の労務管理のあり方に一石を投じた感がある。(日経新聞、5月22日)
  このトヨタ自動車の労務管理の変化は、製造業の世界に広く広がる気配がある。三菱電機は業務としてQC活動は基本的に勤務時間内に実施している。勤務時間外の場合は、上司の許可を得れば賃金を支払う。キャノンも業務改善に直接つながる活動が時間外に行われた場合は、残業代を支払っている。(日経新聞、5月23日)
  従来、日本的慣行として時間外活動に対して残業手当を支払ってこなかった製造業やサービス業も、必要な残業時間には手当てを支払うのが当然である。日本的慣行が大きく変わろうとしている自覚が、いま経営者に求められる。

Ⅶ では、我が社はどうすれば良いか

 5月号で提言した通り、店長の職位は、各社の経営判断である。管理職にしているならば、そのまま管理職に据え置くのが一番妥当であろう。しかし、労働基準法上の管理監督者にするのは難しい時代である。
 正に、「残業代に対するパンドラの箱」は開いたのである。
どこの企業でも当然、現在も店長手当(若しくは管理職手当)を支払っているのだろうから、それが例えば月間30時間の残業代に相当する金額ならば、残業が30時間未満ならば、全額店長手当てを支払い、30時間を越える残業の場合は、超過した時間数に応じた残業代を支払うのが一番分かりやすい。
  5月号では、店長手当てを減額する提言もしたが、その後店長手当を減額若しくは全廃した企業の店長の聞き取り調査を実施したところ、極めて評判が悪い。店長手当は、そのままにして、例えば店長手当が30時間の残業代に相当するかどうかを計算して、それ以上の残業代のみを支払うよう提言したい。
 時代が変わった。残業代不払いは認められない社会環境である。現在のまま放置するならば、店長の残業代として店長手当を含めた月額給与に割増率を加算して計算され、かつ付加金(労働基準法114条)として、同一額を加算して支払いを命じられる恐れがある。(マクドナルド社の場合は5割増し)
  この方策を取る場合は、必ず就業規則もしくは給与規定に店長手当○○万円
(但し、残業手当30時間を含むものとする)と明記する必要がある。
 日本マクドナルド社の就業規則の第15条(深夜勤務)は、次のように定めている。

第15条(深夜勤務)

   業務の都合により所属長の指示する深夜勤務に関しては、別に定める給与規定により割増手当を支給する。また、管理及び監督者の地位にある者、およびオフィススタッフのチーフ、コンサルタントに関しては職務基準給に14,000円の深夜勤務手当を含むものとする。
 この規定により、店長A氏の請求した時間外及び休日割増賃金一覧表には、深夜勤務手当の請求はない。規則がきちんと出来ていれば、裁判所は決して法外な判断はしない。法治国家である以上当然のことであるが、きめ細かな給与規則や就業規則を作っておく必要があることをご記憶願いたい。
  新しい事例として、次の案件が報道された。{生鮮コンビニ「SHOP99」を展開する(株)九九プラスは、今年10月をメドに、同社が管理職と位置付けている店長約450人に残業代を支払うことを決めた。今年1月の東京地裁の日本マクドナル残業代訴訟判決を受けて、各社が残業代支払いに動いていることに対応する。(中略)従来は基本給と役職手当を支払っていたが、10月以降は役職手当を減額するとともに、残業代を支給。金額の詳細については今後詰める。店長が管理職という位置づけは変えない。また、過去の残業代についても支払わない方針だ。(後略)}(日経新聞、6月4日) 

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