アーティゾン美術館開館記念展(1)

ブリジストン美術館が、改装のため2015年(平成27年)5月より、長期休館をしていたが、この度、新装なったブリジストンタイヤ本社ビルに開館した。2020年1月18日より「見えてくる光景 コレクションの現在地」と題する美術展を開催している。石橋財団コレクションは、ブリジストンタイヤ創業者・石橋正二郎氏の個人コレクションを基礎として、戦前より日本近代洋画、そして印象派を中心とする西洋近代絵画の銘品を幅広く収集して一大コレクションに育て上げ、1952年(昭和27年)にブリジストン美術館を創設して一般に広く公開した。私自身は、勤務先が同じ京橋にあったため、しばしばブリジストン美術館を訪ね、近代西洋画や日本近代絵画の基礎を学び、国立西洋美術館と並んで、最も強い影響を受け、近代美術に対する目を開かせて頂いた、一番古い愛好者の一人である。今回、アーティゾン美術館と名称変更されたが、ブリジストン美術館と比べると、その面積は2倍程度に広がり、コレクションも大幅に増えた。私の感じでは、抽象絵画が沢山取集されるとともに、日本近代洋画、日本古典美術(例えば平治物語絵巻、尾形光琳、酒井抱一などの銘品)が新しく収蔵品に加えられた。特に日本古典美術の公開を期待する。  この記念展を書くに当たり、当初は「新収蔵品を中心に」と考えていたが、新収蔵品の西洋絵画は、概して抽象画が多く、私が得意とする分野ではないため、既存、新規取集を含め、私が銘品と思った美術品(かつ絵画)を解説したい。閉館時の2015年のコレクションと重なる部分も多々あるが、それは私の好みとして、ご寛容頂きたい。石橋コレクションは、約2800点から成るが、今回は「見えてくる光景ーコレクションの現在地」と題して「古代から21世紀までにわたる創造の軌跡を観覧者に提供する機会」として206点が展覧された。その中から「西洋及び日本の近代絵画」を約60点に絞り、この稿(6回を予定)では紹介したい。

聖書あるいは物語に取材した夜の光景 レンプラント・ファン・レイン作 1626~28年 油彩・鋼板

17世紀オランダを代表する画家レンプラントが、聖書や神話を題材にした歴史画を多く描き、早くから高い評価を得ていた。この作品は、左下の焚火と思われる光源を囲み、暗闇の中で、複数の人物が会話している様子が描かれている。小品ながらも、光と闇の対比が画面にドラマチックな効果を与えている。また、腰に手を当てて立つ男の、甲冑に反射する光の輝きやズボンの布地の光沢感など、繊細な描写が見事である。

化粧 ギュタヴ・モロー作 グワッシュ、水彩、紙 1885~90年頃

あでやかな東方風の装いの女性が、柱あるいは衝立に物憂げにもたれかかっている。その身にまとった鮮やかな色彩の豪奢な織物と美しい宝石類は、彼女が権力者の寵愛を受ける立場であることを想起させる。非常に繊細なデッサン、そして水彩絵具の即興的な性質を生かし、色彩の濃淡や、質感を描き分けて完成させた魅力あふれる作品である。モローは旧約聖書の時代と空間、すなわち古代オリエントから着想を得て多くの作品を描いた。

静物(花、果実、ワインとティーカップ)アンリ・ファンタン=ラトゥール作 1865年 油彩・カンヴァス

ファンタン=ラトュールはクールベ以降のレアリスムの潮流の影響を受けながらも、ロマン主義の画家ドラクルワからの影響で幻想的な絵画を描いた。その一方、初期から晩年に至るまで、静物画も手掛けている。17世紀オランダ絵画や18世紀フランスの画家シャルダンらの先例である。この作品では、花瓶に飾られた色とりどりの花、ザクロ、レモン、飲物の入ったワイングラス、空のティーカップ、スプーンがテーブルの上に整然と並んでいる。白色が効果的に使われることで、花や果実の色彩が際立っている。

自画像 エドゥアール・マネ作 油彩・カンヴァス 1878~79年頃

マネは近代都市パリの風俗をを描いたことで知られるが、肖像画の名手でもあった。そのようなマネの油彩による自画像は2点(1点は個人蔵)しか残されていない。どちらもほぼ同じ時期、46,7歳頃ときの作品である。画壇での評価が確立されたことへの自負心がから、これらの自画像を制作したと考えられる。この作品の暗い無地の背景は、当時パリで流行していたスペイン絵画からの影響を感じさせる。マネの鋭い眼差しや、赤みが差した頬や耳など、顔の部分ははていねいに仕上げられている。その一方で上着やズボンには大胆な筆跡が残されている。この作品はとても私的なもので、マネは親しい人にしか見せなかったと言われている。

オペラ座の仮想舞踏会 エヅアールドゥアール・マネ作 1873年 油彩・カンヴァス

仮想舞踏会を描いた作品は、習作を含めて数点が残されている。最も完成度の高い作品(ワシントン・ナシォナル・ギャラリー蔵)は、サロンに出品して落選する。落選の理由は描かれた内容に有るのかもしれない。シルクハットに燕尾服という黒ずくめの男性たちの群れに、色彩鮮やかな服装でアイマスクをした女性たちが取り巻かれているシーンなのである。このよぅな同時代の風俗を好んで描いた。2本の柱の間に渦巻く人々が、大胆な素早いタッチで描かれ、人混みのめまぐるしい動きや熱気が感じられる。

アルジャントゥイユの洪水 クロード・モネ作 1872~73年 油彩・カンヴァス

モネは1883年より、パリ近郊に居を構えた。1980年には土地を購入し、セーヌ河支流のエプト川のさらに支流のリュー川から庭に水を引き、そこに睡蓮を浮かべて制作を続けた。1901年から翌年にかけては土地を買い足し、池を拡張している。その後のモネは睡蓮の制作に没頭することになる。この作品では全体を水面で覆い、ところどころに花をつけた睡蓮が浮かぶ様子が描かれている。画面は今にも動き出しそうな躍動感を持っている。

雨のベリール クロード・モネ作 1886年 油彩・カンヴァス

フランスのブルターニュ地方は多くの画家に愛された土地であった。モネが一時期滞在したのは、ブルターニュ半島の南にある「美しい島」という意味の小さな島ベリール。モネは1886年から11月末までこの島にとどまり、滞在中に46歳の誕生日を迎えた。モネがベリールを描いた油彩画は現在40点ほど知られている。この作品の中央には、ポール=ドモワ湾の中央に位置する「ギベル」と呼ばれる岩が見えている。遠くの岩は雨がかすんでいる。横なぐりの雨は斜め向きのタッチで表現され、海の白い波は曲線で表されている。荒らしい水面の表現が印象的な作品である。

牧場 アンリ・ルソー作 1910年 油彩・カンヴァス

ルソーが世に出るきっかけは、無審査・公募形式のアンデパンダン展に出品したことである。この展覧会は、それ以前の美術アカデミーが主催する官展に反発して成立したものである。ルソーは1907年のアンデパンダン展に「ブルターニュの風景・冬」という作品を出品した。その作品を見たイタリアの画家にして詩人が同じように牛のいる風景画をルソーに所望した。しかし、その作品はこの画家・詩人には気にいらなかったそうだが、この「牧場」がその作品ではなかと言われている。2頭の牛と丸い葉をつけた大木のあいだに赤い帽子をかぶった牧童がいるが、不思議な幻想性が漂っている。土田麦僊がパリで購入した作品である。アンリ・ルソーは私のお気に入りの画家です。素人画家と呼ばれますが、展覧会の中で、ルソーの作品に逢うと、ホットします。気が抜けます。展覧会で張り詰めた気分が一気に丸くなります。ルソーは私の大好きな画家の一人です。

ピアノを弾く若い男 ギュターブ・カイユボット作 1876年 油彩・カンヴァス

カイユボットは印象派の画家。印象派展に自らも出品する一方で、その活動を経済的支えたことで知られている。この作品は、パリのミロメニル通りの自邸でピアノを弾く、カイユボットの弟マルシャルを描いたものである。1876年の第2回印象派展に「床削り」とともに出品された6点の作品のうち、最も批評で取り上げられた1点である。19世紀後半のパリにおいては、ピアノは上流市民のステイタスを示すものであった。絵画の主題になることも多かったが、この作品のように男性がモデルになることは稀で、多くの場合、ルノワールに見られるように女性が描かれていた。この作品は、男性であるというのみならず、真摯に鍵盤に向かう人物を描いている点で、より近代都市の室内風景の自然の雰囲気を伝えている。壁面の装飾、カーテン、絨毯、椅子などの調度品には植物文が施され、富裕な市民の瀟洒な室内が描かれている。また窓から入る光がピアノの鍵盤や指に反映している。奥行きを感じさせる空間に精緻な筆触で描かれた画面は、軽快な筆触を特色とする印象派の絵画の中では、かなり異質である。技法や主題は、同じ都市風景と市民たちを主題とした、ドガの室内画と似ている。これもまた、光と影の描写を探求する印象派の特徴のバリエーションであることを私たちに伝える。

 

展示はテーマ別であるが、ここでは年代順に記すことにした。レンプラントからカイユボット(印象派)までとなったが、美術館の精髄を示す絵画を集めることが出来たと自負している。この展覧会の特徴は、一つ一つの絵画には、説明書を示さない。但し、スマホで撮影することは認められており、写真を撮ると、絵の下に解説が付されている。即ち、スマホを持参しない人には、説明はしないという工夫がなされている。(スマホをパチパチ映すことは、決して気分の良いものではないが)説明文がないとスムースに人が流れて見やすい展覧会である。しかし、最後の写真類を販売する部屋へ行くと、ここで売る「図録」は、写真のみで、解説文は付されていない。私から見ると、誠に奇妙な図録である。但し、図録とは別に200もの美術品の写真と解説を加えた「石橋財団コレクション」を販売している。これでは、たたさえ売れない図録は、まるで売れないだろうと思った。確かに山祇になっていたが、買う人は一人もいなかった。また、入場券も日時指定制で、スマホもしくはパソコンで、日時を指定して入場を予約するシステムであるが、決して混んでもいないのに、何故日時指定か意味が分からない。私は、パソコンのエクスプローラから入ったら、パソコンが「この入場券を予約するシステムが入っていないため、予約は出来ません」とのことであり、電話で予約したら、「その日時はならば、空いていますから、入場券を求めてご入場下さい」とのことであったので、入場券売り場で、事情を説明したら、入場券は入手できた。300円ほど高い価格であった。・誠にイヤナ感じがした。長年のお得意様を無視するような価格設定は如何なものかと思った。「スマホを持たない奴は,見に来るな」というイメージであり、決して感じの良いものではない。長年のお得意様を無視する姿勢はブリジストンらしくない接客態度では無いだろうか。猛省を促したい。

(本稿は、「ブリジストン美術館名作選   2015年」、「石橋財団コレクション200  2020年」、高橋秀爾「近代絵画史上、下」を参照した)