アーティゾン美術館開館記念展(2)

展覧会を見て、19世紀の印象派の時代に入るとホットする。聖書や歴史の知識が無くても、ただ美しい、新しいな等,感じさえすれば良い。この見たまま、感じたままに眺めることが出来る印象派の時代は、誰しも好むものであろう。

座るジョルジエット・シャルパンティエ嬢 ピエール・オーギュスト・ルノワール作 1867年 油彩・カンヴァス

青色のドレスを着て同じ色の靴下をはいたこの少女は、大きな椅子に腰かけている。画面を支配する青色は,少女の目の周りの影の表現や、髪の毛や床の絨毯にも施されている。足の組み方は少しおしゃまな感じもするが、このポーズは晩年の裸婦像にも用いられている。モデルはルノワールのパトロンだった出版業者のシャルパンティエの長女(当時4歳)である。シャルパンティエはゾラやモーパッサンなどの小説を出版して成功し、自宅に芸術家や政治家を招いて夜会を開いた。この作品は1876年の第3回印象派グループ展に出品されたものである。ルノアールは、モネやピサロと同じく戸外で風景画を描いたが、同時に人物像や風俗画にも挑戦した。

バルコニーの女と子供 ベルト・モリゾ作 1872年 油彩・カンヴァス

モリゾは印象派グループの数少ない女性の画家の一人である。女性的な感受性で描かれる母子や子供などを主題とした作品は、男性の視点ではなかなか見ることの出来ない繊細さと穏健さを生み出す。この作品は、モリゾの画歴においては最も評価されたものの一つである。パリ西部のシャイヤー宮殿にほど近いパンジャマン・フランクリン通りにあった自邸が舞台となっている。着飾った女性と子供がバルコニーから眼下に広がるパリの景観を見渡している。トロカデロ宮殿、セーヌ川、シャン・ド・マルス公園が描かれ、地平線の右側にはアンヴァリッドの金色のドームが見える。素早く、活気のある筆づかいながら、細部まで細やかに描かれている。これら背景が比較的粗く描かれているのに対し、右上の花瓶に生けられた赤い花や女性の瀟洒な衣装、子供の青いリボンと衣装は丁寧に仕上げられている。女性のモデルは姉のエドマかイヴとされている。子供のモデルは、イヴの娘で、ビシエットと呼ばれたポール・ゴピヤールであるかも知れない。

馬の頭部のある静物 ポール・ゴーガン作 1886年 油彩・カンヴァス

左下から右上へ向かう、ほぼ同じ大きさの筆触が画面全体を覆っている。こうした技法は、この作品が制作された頃にスーラーやシニヤックなどの若い画家たちによって実験的始められた。彼らは新印象派と呼ばれるようになる。この静物画の特徴は、技法だけではなく、描かれた扇には浮世絵の装飾が施されている。左側の人形も東洋風である。真ん中に大きく描かれる馬は、ロンドンのブリティッシュ・ミュージアムに展示されているパルテンノン神殿やギリシャ彫刻である。ギリシャ美術と日本の工芸品が象徴的に並列されている。

日光浴(浴後) メアリー・カサット作 1901年 油彩・カンヴァス

カサットはアメリカ出身の印象派の画家である。1782年ニピサロに出会ったことが、1879年の第4回印象派展に出品するきっかけになった。母子像は、カサットが生涯描き続けた主題で、中でも浴後の母子像を幾度も描いていいる。ここでは川辺の草の上に座って寄り添う母子の姿が描かれている。前景には、優雅に横臥する母親と裸の子供、その後ろにはラベンダー色の花が描かれている。後景には、水面に映る木々の緑が揺らぐ様子がとらえられている。明るい色彩や生気溢れる筆触に、印象派的な要素を見ることが出来る。対策線上に人物を配置する構図や装飾的な衣装など、この頃の作品に浮世絵の影響が指摘されている。

乾草 ポール・ゴーガン作 1889年 油彩・カンヴァス

ゴーガンが3度目にブルターニュを訪れたのは1889年初め頃。その頃になると多くの画家や旅行者がこの地方にやってくるようになった。それにうんざりしたゴーガンは、10月にポン=タヴェンの隣にあるル・プールデュという静かな村に移る。そこには「お人形マリ(マリ・ペプ)と呼ばれていた女性が経営する旅館があった。ゴーガンはオランダから来たメイエル・デ・ハーンなどと共にその旅館に滞在した。「干草」は彼らと一緒に旅館の食堂を装飾するために描いた作品の1点である。横に長く区切られた地面、中景や背景に林立する樹木は、画面に装飾的効果を生み出している。この頃からゴーガンは印象主義から離れていく。

モンマルトルの風車 フィンセント・ファン・ゴッホ作 1886年 油彩・カンヴァス

1886年早春、ファン・ゴッホはアントウエルペンを去り、パリに到着した。到着後、ゴッホは弟のテオとモンマルトルの丘の中腹に新たにアパルトマンを借り、同居を始める。この作品に描かれている風車は、そのアパルトマンのすぐ近くにある「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」というダンス場のシンボルである。ゴッホは故郷オランダを思いい起させるモンマルトルの風車を様々な角度から繰り返し描いた。華やかな都会の裏側のもの悲しい雰囲気がうかがえる一方で、かってのオランダ時代のゴッホ作品には見られない明るい色彩で描かれた1点である。

サーカスの舞台裏 アンリ・トゥールーズ=ロートレック作 1887年 油彩・カンヴァス

南フランスのアルピの高貴な家に生まれたロートレックは、大衆文化花開くベル・エポックの時代、パリのモンマルトルを住処に、ダンスホールや劇場、娼館などに入り浸り、歓楽の世界に生きる華やかな姿や悲哀を描き続けた。この作品に描かれているのは、サーカスの舞台裏。華やかな表舞台とは対照的な薄暗い舞台裏を描いていることを意識してか、画面はモノトーンで描かれている。静寂の中に、本番を前にした緊張感が、画家独特の描線と光と影の濃淡の配置によって伝えられている。同じ登場人物が舞台でショーを演じる様子がカラフルに描かれた「サーカスの馬乗り」がシカゴ美術館に所蔵されている。

桃 ピエール・ボナール作 1920年 油彩・カンヴァス

静物画はアンティミストたちが好んだジャンルの一つである。彼らの静物画は、室内の日常生活のありふれたのがモチーフになっている。しかし、この作品にはわかりにくいところもある。沢山の桃が盛られた大きな皿は、テーブルから少しはみ出している。イェーブルクロスはテーブルの上のどこから折れ曲がっているのか、はっっきりしない。画面襞下に描かれた四角形がテーブルの存在を暗示しているだけである。題名になっている桃は画面の上部に押しやられ、右側から光が当たっているので、桃の半分は陰になっている。大きな位置を占めるテーブルクロスが明るく目立ち、そこに施された模様は布地がから浮き出ているように見える。

神秘の語らい オディロン・ルドン作 油彩・カンヴァス

幻想的な内面世界を描いたルドンは、19世紀末フランスの象徴主義を代表する画家の一人である。この作品は神秘的で厳粛な雰囲気の中で、円柱のかたわらかに立って語りかける女性と、うつむいて耳を傾ける女性が描かれている。これはルドンが好んだモチーフの一つで、版画やパステル、油彩など異なる技法で繰り返し描かれた。主題はキリスト教の聖書にある「聖母のエリザツ訪問」とも、神秘主義的なものとも言われ、様々な解釈がなされている。ルドンの支援者で文芸保護者であったアルチュール・フォンテーヌの急増品である。

画室の裸婦 アンリ・マチス作 1899年 油彩・紙

作品の題名から、描かれた空間がアトリエ(画質)であることがわかる。そうだとすれば、画面の中央にオレンジがかった赤色に塗られて立つ裸婦は、画面の中央にオレンジがかった赤色に塗られて立つ裸婦は、画室のモデルであろう。このモデルをなぜこんな色にしているのであろうか。この色はモデル自身の肌の色ではなく、画面全体の調整をとるために塗られたものである。モデルの右側に塗られた緑色と対照的な色(補色)が裸婦に施されているのである。マティスは色を、対象(この倍は裸婦)を再現するにではなく、画面を構成するために用いているのである。画面左側の大きな色の斑点も同じ考えに基づいている。この手法は数年後、もっと大胆な装いで美術界に登場してくる。

 

印象派が中心をなす章を予定していたが,いつの間にかフォービズムからキュビズムまで来てしまった。もっと好きな印象派を書きたかったが、出品された日本人画家んも中に魅力を感じ、印象派は、どの展覧会でも見られるが、青木繁などは、ここアーチゾン美術館しか見られないので、先を急いだのであろう。印象派の絵画が少なくて(展覧された絵は多いが)採用を少なくししてしまった。また機会を見て、印象派には、詳しく触れてみたい。

(本稿は、「石橋財団コレクション  2020年」、「ブリジストン美術館名品選  2015年」、高橋秀爾「近代絵画、上、下」を参照した)