オルセー美術館企画 ピエール・ボナール展(1)

1880年代の後半から90年代にかけて歴史の上で決定的な役割を果たすようになったゴーギャン、ゴッホ、ルドン等の新しい傾向は、印象派の後に登場したという意味で、一般的に「ポスト印象派」という名称で一括されることが多い。事実、私も「国立近代美術館 平常展(2)」で、「印象派以降」という名称で、ゴーギャン、ゴッホ、ボナール等を取り上げた。たしかに彼らは、多少印象派の美学の影響のもとに育ち、スーラー、ゴーギャン、ルドン等は印象派グループ展にも参加しているから、その意味で「印象派」の画家の後継者であったと言えないことはない。実は、彼らの活動を見てみると「ポスト印象派」というより、むしろ「反印象派」だったのである。1886年の第8回印象派グループ展は、形式的には印象派の最後の展覧会であったが、実質的には「反印象派」の最初のマニフェストであったと見て良い。では、1886年の第8回印象派展に続く歴史的催しは、1889年、ゴーギヤンやその仲間たちが集まって開催したポン=タヴェン派の展覧会であった。この展覧会は「印象主義及び反印象主義のグループ展」と名乗った。後に「象徴主義」と呼ばれる派や、ゴッホ、ロートレックを経て「ナビ派」が誕生した。若い画家が、秘密結社に似た熱心なグループ活動を行った。ネブライ語で「預言者」を意味する「ナビ」という言葉のグループの名称とした彼らは、自分たちの仲間だけで通用する独特の用語を使ったり、絵画、彫刻、工芸、舞台美術などの広い分野で、多面的な活動をした。この「ナビ派」は、19世紀から20世紀にかけての転換点を代表する重要な運動であった。ポール・セリュジェ、ピエール・ボナール(1867~1947)、エドュワール・ランソン、モーリス・ドニ(1870~1943)、ポール・ランソン等が主要なメンバーであった。この「ナビ派」の中で、特に代表的な芸術家を選ぶとすれば、ピエール・ボナールであろう。彼は、仲間から「日本かぶれのナビ」と呼ばれた程、日本の芸術(特に浮世絵)に強く惹かれたのであった。ピエール・ボナールは20世紀に入ると、「色彩の魔術師」と呼ばれるほど、多彩な輝きの豊麗な色彩に覆われるようになる。ピエール・ボナールは間違いなくフランスを代表する画家の一人である。「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」は、オルセー美術館の豊富なコレクションを中心に国内外の作品を集めた大回顧展である。企画や素描や版画、写真など約130点を展示する。うち30点が初来日である。東京国立新美術館で12月17日まで展示される。

庭の女性たち  4組装飾パネル  1890~91年  オルセー美術館

ボナールの日本美術に対する強い関心が現れている初期の代表作で、1891年に画家が初めてアンデパンダン展に参加した際に出品された装飾パネルである。当時フランスでは日本の浮世絵が関心を集め、ジャポニズムという流行が生まれた。ボナールはナビ派の一員として活動していた。彼のなかでもボナールの日本美術への愛着は際立っており、「日本かぶれのナビ」と称されるほど、作品には日本美術の影響が強かった。この絵の縦長は、日本美術における掛軸の形式を想起させる。長いドレスを着た後ろ向きの女性の服装に施された幾何学的文様と背景に描かれた植物文様は、画中の奥行きを暗示することなく、遠近感を無効化する効果を画面に与えている。

黄昏(クロッケーの試合) 油彩・カンヴァス  1892年 オルセー美術館

1892年の第8回アンダパンダン展に出品された。この絵を見た評論家が「日本かぶれのナビ」と評した。本作は、一つの視点から描いたような遠近法の統一は見られず、複数の異なる視点が画中に導入されていることがわかる。これはナビ派時代のボナールの描き方の大きな特徴の一つである。舞台はイゼール県ル・グラン=ランスにあったボナール家の別荘の庭である。当時流行していたクロッケーに興じる家族とその周りを走る犬、その奥には白いドレスを着た少女たちが輪になって踊っている姿が描かれ、これらの人物を手前の木立から覗き見る構図となっている。

格子柄のブラウス  油彩・カンヴァス  1982年   オルセー美術館

これも第8回アンデパンダン展に出品された作品である。ボナールは、画面はあくまでも自然とは別のひとつの「構成された世界」であり、それ自身の秩序を持つ自律的な世界だったのである。あくまでも自然の忠実な鏡であろうとしたモネの美学との差は、おのずから明らかである。

乳母たちの散歩、辻馬車の列 多色摺りリトグラフ 1987年 ボナール美術館

この作品は1894年にテンペラで描かれた4点1組の屏風形式の作品で、110部限定で制作された多色摺りリトグラフの一つである。この作品も日本美術の要素が色濃く反映されている。屏風形式や広い余白の取り方は、明らかに日本美術からの影響である。腰をかがめた女性の姿勢は浮世絵にしばしば現れる女性の姿である。ボナールの手紙によれば、本作の場面はコンコルド広場である。上部に描かれた停車する辻馬車の列は、各々の屏風の場面を一つに統一する役割を果たしている。この辻馬車の列を後景として、中景では柵を前に釣鐘型の衣装を身にまとった3人の乳母たちが、前景の人物たちを静観している。静的な後景と中景は、前景の車輪で遊ぶ子供達と2匹の犬、それを見守る女性の動きを際立たせている。

ランプ下の昼食  油彩・厚紙  1898年  オルセー美術館

このランプのある室内というテーマは、当時のブルジョア家庭の雰囲気を伝えると同時に、ナビ派画家たちが携わっていた象徴主義演劇の仄暗い演出にも通じていた。ボナールにとってこの主題は、ランプが生み出す思いがけない光と影の効果を探究する場でもあった。5人の登場者がいるが、判るであろうか?閉ざされた空間の中に巧みに人物や調度品を配置しながらボナールはありふれた日常にひそむ幻想性を描き出している。

大きな庭 油彩・カンヴァス  1895年   オルセー美術館

ボナールはしばしばフランス東南部イゼール県のル・グラン=フランスにある別荘「ル・クロ(果樹園)」を訪れ、夏の余暇を両親や妹アンドレの家族と共に過ごした。敷地内の果樹園で、一家は果物の収穫を楽しんだ。「大きな庭」の舞台もこの地である。犬や鶏が歩き回る庭で果物を収獲する子供達はアンドレの子供達と推測される。右を向いた女性と画面右側の体半分しか描かれない子供は、画面の右外側で起きている見えない出来事に対して観者の意識を促す。自然の風景と、子供の外部の出来事を推測させる不思議な絵である。

フランス=シャンパーニュ 多色摺りリトグラフ1891年川崎市民ミュージアム

ボナールの父は息子が法律の道に進むことを望んでいたが、芸術に目覚めたボナールは、大学で法律を学ぶかたわら絵画制作に励んでいた。そして1889年、ボナールが制作したポスターがフランス=シャンパーニユの広告コンクールで受賞し、賞金100フランを獲得したことをきっかけに、父はようやく息子が画家になることを認めた。黄色い背景に、シャンパンを持つ女性の身体とシャンパンの泡がリズミカルなアラベスクで浮かび上がるこのポスターは、1891年にパリの街中に張り出されて話題を呼び、ロートレックにも大きなインスピレーションを与えた。このようにボナールは(ナビ派は)絵画に止まらず、ポスター、印刷にも乗り出したのである。

化粧台 油彩・カンヴァス 1908年   オルセー美術館

1908年頃からボナールは、身体を洗う裸婦の主題に取り組むようになる。バラ模様の壁紙に彩られた室内に立つのは生涯の伴侶マルトだろう。鏡の枠で裸婦の頭部は大胆に切り取られているが、かとぁらに写り込む白い布から、入浴する裸婦の姿であることが分かる。この作品が描かれたモンマルトルのアパルトマンでは数々の裸婦画が生み出されたが、特に重要なのは、鏡の効果を探究した一連の作品である。

化粧台あるいはバラ色の化粧室 油彩・カンヴァス 1914~21年オルセー美術館

化粧室内における裸婦像の中で一番完成された作品が、この作品であると私は考えている。特に裸婦像の中で重要なのは、鏡の効果を探究した一連の作品であり、この作品が、一番完成した作品であると思う。裸婦の姿が鏡に執り込まれた様子が良く判る。バラ色の壁紙も美しいが、裸婦の後ろ姿も一番美しい。生涯の伴侶であったマルトと推定されている。「ボナール展」の冊子にも採用されている。

浴盤にしゃがむ裸婦 油彩・カンヴァス 1918年 オルセー美術館

本作は10年ほど前に撮影されたスナップショットやデッサンに基に描かれた作品である。浴盤の上にしゃがんで、緑色に輝く水を注いでいるマルトは画家の存在に気付いていないかのようである。浴女という主題や折れ曲がった身体の表現、俯瞰する構図は、エドガー・ドガの裸婦像を思わせる。ボナールは、モデルにポーズを取らせず、各々の動作に没頭するように求めた。ここで描かれているものも、持病の神経障害を和らげるために一日に何度も入浴したというマルトの日常的動作である。一連の入浴する前後の夫人像は、マルトの持病が、一つの要因であったかも知れない。

 

ピエール・ボナールと言う作家は、それ程日本では興味を持たれていなかった。私も、わずか1回だけ、国立西洋美術館 常設展(2)の中で一度取り上げただけである。ナビ派についても、詳しい説明をしてこなかった。今回の展覧会を通じて「色彩の魔術師」と言われたボバールの全体像が示され、単に「ポスト印象派」ではなく、「ナビ派」として世紀の転換点に立つた、絵画であることを理解した。「ボナール」はフランスを代表する画家の一人であり、印象派に続く世代であり、日本美術にも強い影響を受け、浮世絵の手法などを積極的に取り込んだ画家である。この作品は世界的に人気が高まっている。

 

(本稿は、図録「ピエール ボナール展  2018年」、図録「国立西洋美術館名作選」、高橋秀爾「近代絵画史(上)」、日本経済新聞社2018年8月20日「特集 アートライフ」を参照した)