コートールド美術館展ー魅惑の印象派展(3)

いよいよ最終章である。ここで再度コートールド氏の美術品収集の意義についてまとめておきたい。1934年には、コートールド夫妻が収集した印象派・後期印象派絵画の傑作選55点を掲載した豪華なカタログを出版した。このカタログは、重要で質の高い作品が並んでおり、印象派・ポスト印象派に絶対的な重点を置いて作品が選定され、収集の努力が払われてきたことが判る。彼の心を占めていたのはあきまでもこの印象派の潮流であり、20世紀美術に敢えて手を出すことは殆ど無かった。コートールドの親しい友人で経済学者のジョン・メイナード・ケインズ(1883~1946)が、イギリスの芸術家にいくらかの収入を保証し作品展示を行うための「ロンドン芸術家教会」を1925年に発足させており、その支援者としても関わっている。コートールドは、世界的に印象派絵画の需要が高まる決定的な時機を捉えて決然と打って出て、19世紀を決定づけたこの流派の最高の作品がイギリスの公的コレクションに確実に収められるように計った。コートールドのような大立者が、社会奉仕に強靭な意思を持って積極的に献身したこと、そして芸術に触れる者を感動させ、社会全体を向上させる芸術の力に対する彼の熱烈な信念は、当時にあって比類のないものであった。そしてそれは、今日も特別なものであり続けている。コートールドは、20世紀を代表する偉大で高潔なコレクターたちの殿堂に、確かにその名を連ねているのである。

クールブヴォワの橋 ジョルジュ・スーラー作 1886~87年 油彩・カンヴァス

スーラーが自ら編み出した点描技法を画面全体に用いた最初の作品とされる。色彩を小さな点で並置することで、網膜上で混ざり合い知覚されることが目指された。こうした視覚混合は、絵具をパレット上で混色するよりも色彩が明るく効果的に認識されるという科学的な理論に基づいている。スーラはシャルル・ブランによる「デッサン諸芸術の文法」(1867)を通じて、化学者ミシエル・ウジェーヌ・シュブルールの視覚混合の法則を学んだほか、アメリカの物理学者オグデン・ニコラス・ルードによる光学理論などを研究し、自らの芸術を確立していった。スーラが用いた新しい表現は、こうした19世紀の科学の発展とも無縁ではなかった。印象派もくすみのない輝く色彩のを目指し筆触分割を用いたが、その粗い筆致によって、形態は失われていった。スーラは、印象派の実践を科学的に発展させ、細かな点描を用いることで、明度の高い色彩と堅固な形態を実現しようとした。描かれているのは、セーヌ川の中州であるグランド・ジャッド島からの眺めで、橋の向こうにクールブヴォワの工場地帯を望む。代表作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」をはじめ、スーラはこの地で繰り返し制作をした。煙を出す煙突のような同時代の要素を描きこみながらも、時間を超越し、現実離れした情景が生み出されている。

釣り人 ジョルジュ・スーラー作 1884年 油彩・板

この絵は、スーラが「クロンクトン」と呼んだ小さな板に描かれた油彩習作である。「釣り人」、「グランド・ジャット島の日曜瓶の午後」、「水に入る馬」は、コートールドが国の美術館のために自ら寄付した基金により購入したスーラの代表作「アニエールの水浴」の習作の一つである。

舟を塗装する男 ジョルジュ・スーラ作 1883年 油彩・板

スーラは、クロクトンで様々な表現の実験を行っており、「船を塗装する男」には交差するような筆使いが見られる。特に水面の表現には点描派の特色がよく出ている。

グラヴリーヌの海辺 ジョルジュ・スーラ作 1890年 油彩・板

この「グラヴリーヌの海辺」の絵具に混じった砂の粒からは、クロクトンが現地でのスケッチに用いられたことがわかる。グラブリーヌは、北フランスの小さな港町で、スーラは31歳で夭折する前年の夏、この地で海辺の風景を制作している。目の前の風景の観察に基づいているが、抽象的といえるほど簡略化されて描かれている。スーラの短い画業における様式の展開を窺い知ることが出来るだろう。

裸婦 アメデオ・モディリアーニ作 1916年ごろ 油彩・カンヴァス

モディリアーニの裸婦像の白眉と言える本作は、1917年にパリのベルト・ヴェイユ画廊で開催された彼の個展で初めて公開された。裸婦を描いた作品は5点ほど展示された。うち2点はシォユーウインドに飾られたことから騒ぎがとなり、公序良俗に反するとして、警察から撤去を求められたという。近年の科学調査は、モディリアーニが様々な技法を駆使し、この官能体の筆使いがまったく異なることがわかっている。身体には、カンヴァスに筆を押し付けていくような独特のうろこ状の筆触が見える。一方で、顔には細い線で薄く絵具が置かれ、より滑らかな仕上がりが目指された。髪には絵具が乾かぬうちにひっかいた跡が見られ、繊細にその質感を描き分けていることが窺われる。また、目元や眉,鼻と口元には、下塗りの青みがかった灰色が効果的に生かされている。モデリアーニは、1916年から17年にかけて、こうした裸婦を集中して描いた。彼は、1916年に画商レオポルド・ズボラスキーと契約を結び、プロのモデルを雇って制作することができるようになった。下絵の線は認められず、すばやく描かれた本作品は、この裸婦シリーズの初期のものと位置付けれれる。

白いブラウスを着た若い女 ジャイラ・スーテイン作1923年頃 油彩・カンヴァス

大きい目と赤の唇、黒い髪がとりわけ目を引く。一見すると激しい筆づかいで描かれているようだが、よく見ていくと、頭部と白いブラウス、背景にはそれぞれに多彩な筆触が使い分けられている。白いブラウスは、下の濃い絵具で透けて見えるほど、すばやくおおまかに描かれている。厚くしっかりと絵具が塗られた頭部は、デフォルメされた描写により、モデルの顔の特徴が強調されている。青みを加えられ、やや上目づかいである目元は、憂鬱さや恨めしさを表現しているようにも、あるいはただ1点を無心に見つめるようにも見える。唇には、口紅がははみ出したかのように勢いよく赤が置かれ、女性の表情に覚える奇異な印象を増幅させる。そうした描写は、風刺画のようであるが、スーティンの絵画は、人の脆さや哀愁といったものを感じさせる。

干し草 ポール・ゴーガン作 1889年 油彩・カンヴァス

コートールドが初めて入手したゴーガンの作品の一つ。マネやセザンヌの作品とともに、コートールド邸に飾られていた写真が残されている。近代化する大都市パリに嫌気のさしたゴーガンは、昔ながらの素朴な生活を求め、1886年にフランス北西部のブルターニュに初めて滞在した。独特の衣装や文化に魅せられたゴーガンはこの地方に繰り返し足を運び、ポン=タヴェン、次いでル・ブルデュを拠点に制作を行った。本作品は1889年、ル・ブルデュ近郊で描かれた。同年12月にゴーガンは、前年末まで南仏アルルで約2ケ月の共同生活を送ったファン・ゴッホに宛て、次のように書き送っている。「ここブルターニュでは、農民たちは中世のような様子で、今パリが存在することや、1889年だということを考えていないようだー南仏とは正反対だ。この地のすべては、ブルターニュの言葉のような粗野で、とても閉鎖的だ。衣服もまたほとんど象徴的で、過度なカトリック信仰から影響されたものだ。背中を見ると胴部は十字で、頭部は修道女のような昔風のスカーフに包まれている」。

ネヴァーモア  ポール・ゴーガン作  1897年 油彩・カンヴァス

1891年、ゴーガンは素朴で原始的な生活を求めて南太平洋のタヒチ島を訪ねる。1893年に一度帰仏するも、2年後に再び島に戻った。本作品は二度目のタヒチ滞在時に描かれたものだが、横たわる裸婦という主題は西洋の伝統的な絵画を想起させる。ゴーガンがタヒチ島に複製を持っていったマネの「オランピア」(1863年)のような生々しさも感じられない。ゴーガンは、現実と想像の世界を融合させ、装飾的な空間に島の娘を配した。裸婦とふたりの人物、窓辺の鳥の関係性を明確に示されず、全体に謎めいた雰囲気が生み出されている。タイトルの「ネヴァーモア」は「二度とない」などの意味を持つ英語が用いられている。ゴーガンは、自らの作品がタイトルからのみ直接的に解釈されることを懸念したのであろう。

テ・レリオ ポール・ゴーガン作 1897年 油彩・カンヴァス

本作品は「ネヴァーモア」の制作から2,3週間後に、10日ほどで描かれたという。「テ・レリオ」というタイトルは、ヤヒチ語で夢という意味である。その単語は悪夢という意味もあるが、それを知らなくても、画面からどことなく不穏な印象を受けるかもしれない。二人の女性と眠る赤ん坊、猫らしき動物はそれぞれ視線を交わすことなく、関係性は読み取りにくい。女性たちの表情にも明らかな特定の感情を認めることは難しい。木製のレリーフの存在から、その室内がゴーガンの暮らした小屋だとも考えられているが、レリーフの合間に見えるタヒチ島の風景は、窓からの景色なのか画中画なのかはっきりしない。「すべて夢」の世界、つまり謎めいたゴーガンの世界であり、その曖昧さが、本作品の魅力ともなっている。

 

コートールドが、ポスト印象派に高い関心を持つ大きな契機は、1922年にロンドンのバーリントン美術クラブで開催された「フランス美術の100年展」であった。同年、コートールドが最初のポスト印象派の作品として購入したのが、ゴーガンの2点の油彩画である。コートールドは、ゴーガンの感性に訴える色彩に魅了されたとも伝えられている。1924年にはレスター画廊で、イギリス初のゴーガンの個展が開催された。コートールドは、その出品作品の一部を購入している。その後も情熱を傾け、7年ほどでブルターニュとタヒチ時代の油彩画をはじめとする油彩画5点、版画10点、彫刻1点、素描2点を収集した。そのコレクションを核としたコートールド美術館は、今日、イギリス随一のゴーガン・コレクションを有することとなった。

 

(本稿は、図録「コートールド美術館展ー魅惑の印象派   2019年」高階秀爾作「近代絵画史」(下)を参照した)