コートールド美術館展ー魅惑の印象派(1)

イギリスが世界に誇る印象派、後期印象派の殿堂ーコートールド美術館から選りすぐりの名品を紹介する「コートールド美地涌館ー魅惑の印象派」が、東京都美術館で開催されている。同館の改修工事による休館のため約20年ぶりにフランス近代絵画の傑作が、来日することになった。パリの都市生活を描いたマネの最晩年の傑作、「フォーリ=ベルジエールのバー」は女の謎めいた表情が多くの人を魅了し、ルノワールの「桟敷席」は第1回印象派展に出品された記念碑的な作品である。イギリス随一を誇る印象派、後期印象派の作品が約60点の作品が展示される。今年の印象派展では最高の質・量を誇る作品群が見られる。この展覧会は、2019年秋から1年間実施される日英交流年の中心催事の一つに位置図けられている。今後、コートールド美術館の優秀作品が、この規模で日本に展覧されることは無いだろう。皆さんの観覧をお勧めする。なお、紹介は必ずしも展覧会の並び通りではなく、複数の絵画を描いている作家をまとめて、その後に、1,2作の作品を描いた絵を紹介するという段取りにした。

アヌシー湖 ポール・セザンヌ作 1896年 油彩。カンヴァス

1896年6月、セザンヌはリヨンの東に位置する、スイスの国境に近いタロワールに滞在した。妻オルタンスの希望によるもので、息子のポールを伴っての家族旅行であった。旅行で描かれた唯一の油彩画である。タロワールからアヌシー湖、デュアン城を望む風景が描かれている。「温暖な気候の地域だ。周囲の丘はかなり高い。両岸の突き出た地形によって湖はこの辺で狭くなっていて、若い女性が線描の練習をするのに向いているように思う。これも確かに自然であるのだが、幾分、若い女性の旅行アルバムでよく見るようなものでもある」と旧友の息子に伝えた手紙の一部である。

レ・スール池、オスニー ポール・セザンヌ作 1875年頃 油彩・カンヴァス

オスニーは、パリ近郊のポントワーズ近くの村である。ポントワーズは1870年代にピサロが拠点とした街で、二人はしばしば一緒に制作を行った。本作品の制作は1877年とされてきたが、同じ場所で描かれた表現の近いピサロの作品「小さな橋、ポントワーズ」(1875年)の存在から、現在は1875年代半ばとされている。また、本作品の最初の所有者もピサロであった。ピサロは、1870年代半ばには、画面の密度や堅固な色彩の構築を模索して、ペインテングナイフを用いるようになっていた。この時期によくピサロの隣で制作をしたセザンヌも、新たな表現を目指してこの道具を頻繁に使うようになる。本作品は、その堅調な作例で、表面のほとんどは、筆ではなくナイフによって描かれている。

ノルマンディーの農場 ポール・セザンヌ作 1882年 油彩・カンヴァス

1882年3月、セザンヌの主要なパトロンであったヴィクトール・ソショケの妻は、ノルマンディー地方にあるアッタンヴィルの農場を相続した。本作品は、その夏、この農場に滞在したセザンヌが、現地で制作したものと考えられている。未完成に思われる部分を残す比較的小さな作品であるが、入念に構成されている。左手前前景の幹と枝のくっきりとした線は、後景へ続く木々の幹とリズミカルに呼応する。木々の葉には、色調が微妙に異なる短い筆致が規則的に繰り返され、そよ風にゆらめく様子が再現される。幹や枝、建物の屋根などに赤い色彩が見られる。実際の風景には無い色彩だろうが、緑を基調とした画面に効果的に配されている。

ジャス・ド・ブッファンの高い木々 ポール・セザンヌ7作 1883年頃 油彩・カンヴァス

1859年、銀行家として成功したセザンヌの父は、ジャス・ド・ブッファンに別荘を購入した。エクス=アン=プロヴァンスの郊外にあり、15ヘクタールに及ぶ広大な敷地には、ワイン畑や果樹園もあったという。セザンヌは邸宅の一各にアトリエにし、この地を手放す1899年まで、庭園や近くの風景、そこに働く人々を繰り返し描いていった。本作品に描かれる木々は、ほかのいくつかの作品にも登場する。セザンヌは、3本ずつふたつのグループに分かれて生育する、優美な木々の姿に魅力を感じたのであろう。見慣れた景色だからこそ、画家の鋭敏な感覚がいっそう発揮され、繊細な光や木々の風にゆれる様が軽やかにとらえられている。作品のほとんどの段階は、この風景を前に屋外制作されたと考えられている。

大きな松のあるサント=ヴィクトワール山 ポール・セザンヌ作 1887年頃 油彩・カンヴァス

サント=ヴィクトワール山は、エクス=プロヴァンスの東にそびえる。紀元前102年、北方からの侵略者に古代ローマが勝利したことに因み、サント=ヴィクトワール(聖なる勝利)と名付けられた。セザンヌがこの地を象徴する山を本格的描くのは1880年代半ばからの、ことだ。30点以上の油彩画のほか、素描や水彩画にも繰り返しその姿を留めている。本作品は、アルク川の谷をはさみ、サント=ヴィクトワール山を望む。前景には大きな松の木があり、その枝は山を隠さないよう、稜線と呼応するよに伸ばされている。簡略化された枝ぶりは、山の姿を際立たせ、遠くの山の頂をより近く、大きく感じさせる。

鉢植えの花と果物 ポール・セザンヌ作1888~90年頃 油彩・カンヴァス

セザンヌは花を描いた作品はあまり残しておらず、次のように語ったと伝えられている。「花を描くことをあきらめた。すぐにしおれてしまう。果物より信頼できる」。本作品では、花と果物の両方が描かれている。一つは洋梨であろうか、皿の果物は、洋梨、リンゴ、レモンのように見える。鉢植えの花はサクラソウとされているが、葉はゼンラニュウニに近いかもしれない。セザンヌの関心は、果物、鉢植えトイウモチーフそのものではなく、その形態の複雑な重なりや相互作用であったのだろう。静物は多視点からとらえられ、テーブルの淵はまっすぐではなく、モチーフをはさむごとにづれているように見える。洋梨は、彫刻のような丸みをもち、テーブルの面より押し出され、私たちのいる空間に出てきそうなくらいだ。

パイプをくわえた男 1892~96年頃 油彩・カンヴァス ポール・セザンヌ作

「カード遊びをする人々」の左の人物と同じモデルで、色彩と描き方が極めて似ていることから、同じ時期に描かれた作品と考えられる。セザンヌ家の別荘であったジャス・ド・ブッファンで働く男性で、パイプを咥え、肩を落とし、やや前かがみの様子で絵がかれている。薄暗い室内だが、男性の向かい側から差し込む光が、全体をやわらかく覆っている。色彩は主に茶とグレーに限られているが、粗い斜めの筆触が用いられ、繊細な色調によって質感や立体感が表現される。本作品に描かれるのは、まだパリほどには近代化の波が押し寄せていない、セザンヌの故郷エクス=プロヴァンス郊外で働く男性である。

カード遊びをする人々 ポール・セザンヌ作 1892~96頃 油彩・カンヴァス

セザンヌがカード遊びをする労働者を描き始めたのは、1890年頃とされる。油彩習作や素描など数多くの関連作品のほか、5点の絵画が残されている。カード遊びをする人々が3人のヴァージョンを2点、描いたのち、本作品を含む二人の作品3点を制作したと考えられている。科学調査によると、本作品のカンヴァス上には石墨による下絵の形跡がほとんどなく、後者の3点のなかでは2番目の作とされる。セザンヌが繰り返し描いた故郷の山サント=ヴィクトワールとおなじように、土地に根付き、昔ながらの生活を営む人々の姿が、厳かさを帯びるように堅固な構成のうちに捉えられている。

キューピッドの石膏像のある静物 ポール・セザンヌ作 1894年頃 油彩・板に貼られた紙

1923年5月、コートールドが購入した最初のセザンヌの絵画。とりわけ複雑な構成を持つ本作品を購入したという事実は、コートールドがその収集の初期から、セザンヌに対する理解をすでに十分に醸成していたことを示すものである。本作品は亡くなる1947年まで手元にも残していた。キューピッドの石膏像は、セザンヌが繰り返し描いたもので、現在もエクス=アン=ップロヴァンスのアトリエに保管されている。46センチほどの像だが、実際よりも大きく感じられるだろう。画面全体の空間は非常に曖昧で、床は傾き、画面奥のリンゴは今にも転がりそうだ。遠くに配されながら大きく描かれたそのリンゴは、遠近の感覚を揺るがせる。石膏像の置かれたテーブルに目を向けると、テーブルと緑の像の台と輪郭は、床と溶け合うで、ここでもモチーフと背景の距離や関係が曖昧にされる。

花咲く桃の木々 ファン・ゴッホ作 1889年 油彩・カンヴァス

「前景の芦の垣根に囲まれた果樹園では、小さな桃の木々が花盛りだーこの地のすべては小さく、庭、畑、庭、木々、山でさえもまるで日本の風景画のようだ。だから、私はこのモチーフに惹かれたのだ」(ぽーる・シニヤックへの手紙)1888年2月、ゴッホはパリから南仏アルルへ移り住んだ。日本美術に熱中したゴッホは、まばつい光の降り注ぐ南仏に「日本」を夢見ていた。ファン・ゴッホは「まるで日本の風景画のようだ」と記した本作品に描かれる平野の右奥には、雪を頂く山が見える。日本の風景を象徴する、富士山の姿を重ねているようだ。1888年10月、アルルにゴーガンが合流するが、年末には発作を起こしたファン・ゴッホが自らの耳を切り、ふたりの共同生活は約2ケ月で破綻する。彼は不安定な精神状態のなか制作を続けるが、1889年5月に自らサン=レミの療養院に入院することとなる。入院前に画家が最後に描いたアルルの郊外の風景とされる。「2点の大きな果樹園を含む6点の春の習作がある。こうした効果ははとてもはかないものだから、とても急いでいるんだ」という文面は、移ろいゆく春の景色を、懸命にカンヴァスに留めようとした画家の姿を想像させる。

 

こんp美術展は、大きく3章から成り、ここに乗せた10枚の絵画が、ほぼすべてでである。ファン・ゴッホが1枚、ポール・セザンヌが9枚の絵を採用した。コートールド氏の収集が、いかに立派で、名作を収集しているかが、この1章で、判るだろう。一応、この展覧会は3回に分けて連載し、多数の作品を描いた画家(収集された作品)を中心に、作品数の少ない作家は、付け足して各1章を書く予定である。3回の連載になる予定であるが、楽しみにして頂きたい。特に印象派、後期印象派を好む方には、素晴らしい収集である。連載の中には素晴らしい名作も数枚含まれている。

 

(本稿は、図録「コートールド美術館展ー魅惑の印象派  2019年」高橋秀爾「近代絵画(上)」を参照した)