ボストン美術館の至宝展  フランス編

日本でボストン美術館展があれば、必ず見学している積りであるが、図録を探しても「ミレー展」(名古屋ボストン美術館)しか無いし、見学した記憶もない。ボストン美術館の中でも西洋画、なかでも印象派、後期印象派には素晴らしい名品が含まれている筈である。当時、パリをはじめとして多くの国で批評家やコレクター達が、新しい美術運動に疑念を抱いていた時期に、ボストン美術館に後年寄付するアメリカのコレクター達は、積極的集めた筈であり、印象派の最大の支持者は、最初からアメリカ大陸であった。ボストン美術館の中でも特に魅力を持つコレクションである。特にモネ、ピサロ、ミレー、ファン・ゴッホの作品が大きなみどころになっている。

編み物稽古 フランソワ・ミレー作 油彩・カンヴァス  1854年頃

「編み物稽古」は、ボストン美術館では2点所蔵している。今回は1854年頃の旧い方が展示されていた。この時代、自身の衣服をつくることは田園地帯の家庭生活においてはきわめて重要な部分を占めていた。母親たちは娘たちに編み物や縫い物を教えたものであった。その様子は本作品に描かれている、愛情あふれる瞬間にみてとれる。年配の女性の被り物は、彼女たちの住む地域の風習の違いを暗示している。ノルマンディー地方の女性たちはボンネットのような帽子を被っている。

くぼ地のひなげし畑 ジヴェルニー近郊 クロード・モネ作 油彩・カンヴァス1885年

1883年、モネはパリの北西にある小さな町ジヴェニールへ引っ越した。後に有名になる庭と睡蓮の池をつくる前に、彼はまず新居の周辺の田園地帯を描いた。この絵画は、近郊にあった明るく輝く赤いヒナゲシ畑を描いた。初期の作品の1点である。赤と緑の補色の併置は絵に生き生きとした力強さを生み出している。

ルーアン大聖堂、正面 クロード・モネ作 油彩・カンヴァス 1894年

1892年の冬にモネが着手した30点に及ぶ連作のひとつで、ルーアン大聖堂に面した部屋で描かれたものである。彼は聖堂の精巧な石造りの壁にうつろうさまに集中し、一日を通じて太陽の光が角度を変えるたびにカンヴァスを取り換えて描いた。画面を覆う筆蝕は、風雨にさらされた石の肌合いを感じさせる。

睡蓮 クロード・モネ作 油彩・カンヴァス   1905年

1883年にパリ郊外のジヴェニールの村に住み始めたモネは、1890年にそれまで借りていた土地と家を正式に買い取った。その後隣接した土地も買い取り、のちに有名になる庭と睡蓮の池をつくることになる。1903~04年以後モネは第二の連作生み出す。彼の視点はぐっと高まり池の面を見下ろすようになる。水の面に浮かぶ睡蓮の葉も花も、別の次元の空間の中に漂うのである。つまり、その次元とは、時には雲を映し、柳の影を映し、岸の花や叢を映す。あの倒立した巨像の次元なのである。睡蓮は、水面の連続を暗示しながら、その下にあるもっと広大な世界をひらく指標となっている。

腕を組んだバレエの踊り子 エドガー・ドガ作 油彩・カンヴァス 1872年

ドガが亡くなったとき、アトリエには未完のまま残されていたこの絵画はややぎこちない印象を与える作品で、それがスポルディング(寄贈家)の現代的な感性に訴えかけた。踊り子のスカート部分のむき出しの下地の層や、両腕を組むスケッチした輪郭線は、画家の制作過程をあらわにしている。製作中のまま残されたのである。

卓上の果物と水指し ポール・セザンヌ作 油彩・カンヴァス1890~94年頃

傾斜したテーブルの上の果物というシンプルに見えて複雑な一連の静物画は、セザンヌを代表する作品で、いずれの作品も空間と形態の探究、そしてそれらを描く画家の表現手法を示すものである。この絵では、テーブルクロスと背景の落ち着いた緑と青の色彩が、丸味のある果物の明るい黄色やオレンジ色や赤色と鮮やかな対照を成している。

郵便配達人ジョゼフ・ルーラン ファン・ゴッホ作 油彩・カンヴァス1888年子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン婦人    1889年

南フランスのアルルに移り住んだゴッホの生活は、依然として、人々の嘲りや無理解にしばしば囲まれていたが、仕事のあいまにくつろぐ夜のカフェなどで、彼は次第に親しい友人を得ていった。この「金の飾りのついた青い制服を身につけ、ひげをはやして、まるでソクラテズのように見える郵便配達夫」のルーランは、なかでももっとも親しく永続的な友情さえ生み出した。ゴッホはルーランに「父というほどではないとしても」、その威厳ある沈黙に尊敬さえ感じていたらしい。この堂々たる肖像画に、そうしたゴッホの感情が十分に見出されるようである。青の強烈さ、画面いっぱいの構図、あらゆる点で、アルル時代の肖像の頂点をなす作品の一つである。ゴッホのこの人物の肖像画は6点あるが、本作品はその最初のものと考えられている( ルーランは郵便配達夫ではなく、郵便管理人だったと言われている。)1888年12月、ファン・ゴッホはジョゼフの妻オーギュティーヌの一連の肖像画を描はじめた。本作品は、かれが完成させた彼女の肖像画のうち、おそらく最後に描かれたものである。鮮やかに花々が配される背景に、彼女の大胆な際立った色彩で描かれており、手にする紐はゆりかごへとつながっている。画面右側に、画家は「ラ・ベルズース」というタイトルを記しているが、このフランス語の単語は「子守唄」と「ゆりかごを揺らす女性」という両方の意味を持つ。ルーラン家には赤子がいたが、ファン・ゴッホはまた、その「揺らす」ということより広い意味でも考えていた。彼は弟のテオに宛てた手紙で、この肖像画の主題について触れている。「漁船の船室の中に」この絵が飾られたとき、「あらゆる危険にさらされた荒涼たる海にたったひとりで残されて、沈鬱な孤独のうちにある」漁師たちは、「ゆりかごに揺られているような感じを経験し、自身がかって聞いた子守唄を思い起こすだろう」と。

 

流石に、ボストン美術館の保有するフランス絵画は優れたものが多い。いずれも感激するが、やはり最後のルーラン夫妻の肖像画が立派であり、アルル時代のゴッホの代表作と呼んでよいだろう。先の「ボストン美術館 東洋編」の最後に、「これと言った名品・珍品がない」と述べたが、これは誤りであった。このアルル時代のゴッホの名品2点は、素晴らしい作品であることを再度強調したい。なお2点を併せ持つ美術館が世界で何館あるだろうか?

 

(本稿は、図録「ボストン美術館の至宝展 2017年」、図録「ボストン美術館ミレー展 2015年」(名古屋ボストン美術館)、現代世界美術全集「第8巻ゴッホ」、福島繁太郎「近代絵画」を参照した)