入江一子シルクロード記念館   

今年は、NHKの大河ドラマを見ないで、2チャンネルの日曜美術館を見ることにしている。6月25日の午後8時の日曜美術館では、思いがけず入江一子さんが(101歳)最初の45分間登場され、彼女の初期作品を始め、晩年の「シルクロードの旅」の名作を何点も招介され、シルクロードの難路を歩く映像とともに、作品を招介する番組であり、実に楽しく見せてもらった。番組の最後に、彼女の自宅の1階に「入江一子シルクロード記念館」として開放していることを知った。ネットで調べたところ、阿佐ヶ谷駅(中央線)の近くで、毎週、金・土・日の3日間11時~17時までの間、開館していることが判った。かねて、入江さんの「シルクロードの旅」展では、100号~200号の大型絵画で、シルクロードを描いていることを知っていた私にとっては、是非、拝観したい記念館であった。家内もかねがね、私から「入江一子シルクロード展」については聞き及んでおり、是非、次回の日曜日に阿佐ヶ谷を訪れようと決まった。               7月2日の日曜日、都議選の投票を終わって、午後1時頃に立川経由で阿佐ヶ谷駅に向かった。日曜日は、中央線は止まらないことを知っていたので、三鷹駅で総武線に乗り換え、待望の阿佐ヶ谷駅へ到着したのが午後2時頃であった。地図では、徒歩6分とあったが、かなり入り組んだ場所のため、タクシーで記念館の近くまで行った。

入江一子シルクロード記念館

入江さんの自宅の1階を開放し、「シルクロード記念館」としたものである。   1階は入口を入ると、三間からなり、入口の1間は、かなり広い、アトリエと思われる部屋であり、200号のシルクロードの絵画が5枚飾られていた。奥の2間は比較的狭く、小品(10号、20号、30号位)を展示していた。

看板

一番奥まった鉄筋の建物であるが、入口の近くには「入江一子シルクロード記念館」の看板が出ていた。午後2時頃の観客は10組程度であった。入口には、入江さんの絵画(0号5万円から10万円)、カラー写真多数、「色彩自在」三五館、「ニューヨーク古展凱旋記念入江一子展」2012年1月 日本橋三越図録、等のグッズを多数販売していた。1階のアトリエには、5枚の「シルクロードの絵画」が展示されていた。

ジェールフナー広場(マラケシュ) モロッコ  200号

1977年12月から翌78年1月まで、モロッコを訪ねた時の作品である。(以下「色彩自在」より引用)                        「マラケシュに到着し、ジェーエルフナー広場には、色とりどりの品を積んだ店が開き、様々な大道芸人が集まって客を呼びます。踊り子、アクロバット、奇術師、ヘビ使い、そのほか世にも奇妙な連中がやってきて芸を披露しては祝儀をもらっています。ここでも日除けに使っているパラソルが花が咲いたように美しく、私はスケッチしたいと思いましたが、あまりにも人が多くて描けるような状態ではありません。ふと見ると、少し高いところにチャイハナ(喫茶店)を見つけ、私は店に入りました。するとどうでしょう。広場が一望に見渡せ、パラソルの美しい絵模様が見えます、やっと、私はここで落ち着いて絵を描くことができました。」

ホータンのまちかど(タクラマカン砂漠)

「この作品は、ロシヤとの境にある、並木の美しい、土塀の続く小さなモスクのある中国の町です。外人は入れないのですが、特別に入らせて頂きました。10号のスケッチブックを開いて20号にしてがんばりました。カセットテープで録音をとり、当時の臨場感をだして、がんばりました。中々思い通りに進まない時、今でも大切に保存している林武先生のはげましの言葉を思い出します。”君が中途で止めておく手腕があれば、君は近々絵を描ける様になったと思います”。当時はあまり分からなかったのですが、現在では苦労の末に分かるようになりました。今年も「シルバーカー」を押しながら、200号をがんばっております」(色彩自在より)「がんばっています」と言う言葉が、新鮮に聞こえました。

トルファンの祭りの日

「遠近法により3人の女性を中心に集める構図にするため、実際周りにいた楽師たちは構成上、背後に抑えて描きました。ウルムチやトルファンはシルクロードとともに歴史を刻んだ場所です。葡萄棚の下のウイグル人の踊りを、どうしても絵にしたいと思っていましたので、訪ねるならば葡萄の実が成る時と決めていました。その機会に恵まれて、1980年8月7日に訪ねることができたのです。スケッチは完成しました。そうして、個展に出品する作品に仕上げるために、日本に帰ってからもアトリエで200号のキャンパスに描き続けました。」(色彩自在より)

敦煌飛天  200号  第47回独立展

「飛天だけ見ても楽しく、私は320窟の飛天の魅力にすっかり魅せられて、なんとしても描き留めたいと思いました。ここは撮影が許可されていないのです。男性の通訳が見張りをしています。しかも、中は真っ暗で、本来は、外国人に模写させないのですが、懐中電灯を灯りとして、2時間かけて飛天を模写させてもらいました。3階もある莫高窟の壊れかけた木の階段をリュックサックに画材やカメラ、テープレコーダー、懐中電灯などを持って、大変な思いをして登った私の熱心さに感激してくれたのか、女性の通訳の好意により特別に模写することができました。そうした私闘の結果200号の「敦煌飛天」が出来上がったのです」(色彩自在より)敦煌莫高窟は、写真は元より、模写も厳しく禁止されています。拳銃をもって警察が警備していますので、私も残念ながら写真を撮影することが出来ませんでした。入江さんの根性に感心しました。

チューリップを持つ人形(円窓)  2002年  40.0×32.0cm

アフガニスタンの少女(円窓)  2002年   49.5×40.0cm

2号室、3号室は、比較的小さな作品やスケッチが並んでいた。スケッチは画家にとって命であると入江さんは言っている。「色彩自由」の中で1979年12月にポルトガルのリスボンの街のロッシオ広場でパラソルの花と噴水の石像を10号のスケッチブックを見開きして20号の絵を描いたが、シェスタ(昼休み)に「おもちゃ屋」に立ち寄り馬のオモチャを買って、店の外に出たとたん、スケッチブックを店の中に置き忘れたことを思い出し、そのドアをたたいたが、もう(昼営業が終り)扉が固く閉ざされて入ることが出来なかった。開店は「午後3時」ということで、言葉は通じないし、外国は厳しいとところだなと思いました。3時きっちりに店の人が来て、「「はい」とスケッチブックを渡してくれた。「私にとっては死ぬほどの思いでした。これは単に物をなくすという問題ではないのです。旅行の間じゅうに描き込んだものですから、中にはそれこそ生涯忘れられない思い出が詰まっているのです。スケッチブックを無くすほど悲しいことはないのですから」(「色彩自在」より)その命に次に大切な、シルクロードのスケッチブックが、何冊も並べてあり、事務員2名で、大丈夫かと思う程のあかっぴろげな記念館でした。

3号室は、日常「お勝手」として使用している部分で、入江一子さん日常生活を丸見えになっており、女流画家の一面を会間見る思いがした。入場料はわずか500円ですが、なかなか展覧会が毎年あるわけでは無いので、数点の200号の絵画や、小品の絵画でも常時見られることは、入江ファンに取っては、大変ありがたい施設である。入江さんは、鎌倉にもアトリエをお持ちなので、開館日は鎌倉で制作に励んでおられると推察した。

入江一子シルクロード記念館の詳細                       TEL    03-3338-0239                  所在     東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-8-19            (JR阿佐ヶ谷駅北口、徒歩6分タクシーに場所を言えば近くまで行く470円)開館  毎週金・土・日曜日  11時~17時               休館年末年始(12月25日~1月3日)                  入館料  500円(中・高生300円、小学校以下は無料)

 

(本稿は、図録「入江一子100歳記念展 シルクロードに魅せられて」、「色彩自在ーシルクロードを描き続けて」を参照した)