入江泰吉記念奈良市写真美術館

新薬師寺を出て右へ回ると、入江泰吉記念奈良市写真美術館に至る。かねて訪ねてみたいと施設であったが、念願叶って、訪れることが出来た。入江泰吉氏は、今更言うまでも無く、私のように昭和20年代に大和古寺巡礼を重ねた世代にとっては、欠かせない写真家であり、その全作品を保有する奈良市写真美術館である。

入江泰吉記念奈良市写真美術館

私が訪ねた時は、入江泰吉氏の春日神社及び御祭の写真を公開していた。白黒とカラーが半分半分の比率であったが、やはり懐かしいのは白黒写真である。半分のスペースは、現代の写真家の作品が並んでいた。勿論、私が知らない作家であった。この美術館を訪れた目的は、入江泰吉氏の写真を鑑賞することと、併せて入江泰吉氏の写真を多数、絵葉書にして販売しているだろうと思ったからである。50枚程の写真を購入したが、その中で「入江泰吉大和古寺巡礼」に出てくる作品を載せ入江氏の言葉でまとめてみたい。(ここから先は、すべて入江泰吉氏の言葉である)

飛鳥大仏               入江泰吉氏撮影

「仏教文化の象徴と言うべき飛鳥寺(法興寺)が、飛鳥にある。蘇我馬子発願のこの寺の本尊、丈六の飛鳥大仏は渡来人鞍作りの止利(とり)の手になり、本格的な仏像としてはわが国で最初のもの。千三百年余にわたり、人の世の流転のさまをじっと見つめてこられたみ仏である。」

秋深き法起寺(ほっきじ)        入江泰吉氏撮影

「シルエットの飛鳥の古塔が、境内の木立の中に寂然と建つ。間もなく暮れようとする晩秋の色濃い斑鳩の里に深々と心にしみいる大和特有の”滅びの美”ともいうべき風情である。ねぐらにかえるのか、鳥の群れが、夕焼けの空に音もなくよぎっていった。」

東大寺僧坊跡秋色           入江太吉氏撮影

「大仏殿の裏、講堂跡の奥に遺る僧坊の跡である。なかば朽ち果てた築地の上にもみじ落葉が散り敷かれていて、美しいには美しいが、その彩のうちにもわびしさが、そこはかとなく漂っている。」

新緑講堂列柱              入江泰吉氏撮影

金堂の側面から望むと、吹き放しの8本の堂々とした列柱”まろきはしら”が、いっそう力強く感じられる。よく例えられるギリシャのパルテノン宮殿の石の列柱とは違って、千古の肌理(きめ)に触れるとほの温かく、自ずから心が安らぐ。」

観月会(え)             入江太吉氏撮影

「仲秋明月の夜、境内は解放される。シルエットの金堂正面の三つの扉が開かれると、照明光に輝く三尊仏がくっきりと浮かび出る。やがて”まろきはしらのつきかげ”が落ちてきて、いよいよ。この世のものとは思えない霊妙な光景を呈する。観月会のクライマックスである。」

秋篠寺伎芸天            入江泰吉氏撮影

「この豊満優雅な伎芸天像の容貌に憧れて訪れる人たちが多い。お顔のみ天平期の乾漆造りで、胴体は鎌倉期に補作された木彫である。みほとけというより天平時代の品格の高い貴婦人を思わせるものがある。光の角度によっては慈しみ深いやさしさとも、憂いに沈む寂しさとも見える微妙な容貌をそなえられている。」

浄瑠璃寺深秋               入江太吉氏撮影

「秋も深まった浄瑠璃寺である。清浄な浄土庭園の池泉をへだてた、来迎の九体の阿弥陀如来がいます阿弥陀堂(本堂)辺りは静まり返っていた。いかにも浄瑠璃寺の名にふさわしい清浄境のなかで、妖しいまでに紅いもみじの色が異様な雰囲気をかもしだしていた。」

浄瑠璃寺雪景            入江泰吉氏撮影

「浄瑠璃寺境内の粛然とした佇まいである。凍る池泉に抽象的な雪模様が描かれていた。人の気配もなく森閑とした境内に、なおも雪が降りしきっていた。二年前、初めて巡り合った雪の浄瑠璃寺であった。寒さも忘れ、境内を歩き廻った。」

 

入江泰吉氏の写真と、その言葉で飾った、本文には、付け加える言葉が無い、こんな文章を載せる機会に恵まれて、60年前の大学生の気持ちに戻ってしまった。私には、入江氏の言葉は、まるで詩のように聞こえた。

 

(本稿は、「入江泰吉大和古寺巡礼 全6巻」、入江泰吉「写真 大和路」を参照した)