北斎とジャポニズム展  北斎と人物画、動物画(1)

「HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」という副題を持つ、「北斎とジャポニズム展」が国立西洋美術館で10月21日より2018年1月28日まで開催されている。江戸後期の浮世絵師、葛飾北斎(1760~1849)の作品110点と、その影響を受けた西洋の画家の作品約220点が、一堂に会する大規模な展覧会である。北斎と言えば、昨年両国に「すみだ北斎美術館」が誕生し、話題を集めた。初回こそ見学したが、2回目以降は見たことが無い。理由は「図録」が発行されないことである。図録の無い美術展には、私は行かないことにしている。それは記憶が曖昧になり、いずれ忘れてしまうからである。図録は、あの程度の美術館では、毎回発行は難しいだろう。それならば、写真なしの「説明録」を学芸員が作成し、写真は別途販売すれば良い。顧客を呼び込む基本を忘れている美術館には、如何にハードに金をかけても顧客は集まらない。さて、日本の浮世絵が幕末に西洋に流れ、ジャポニズムが一大ブームになったことは、「華麗なるジャポニズム展」で2014年の展覧会で有名になった。私の記憶によれば、「浮世絵は、日本から西洋に輸出された陶磁器を保護するために巻かれたものが話題を呼んだ」ということであった。この知識は、多分美術書を読んだとからと思うが、今年のNHKの番組の中でも同じ内容(「北斎漫画」が使用されていた)が放送され、多分事実なのだろうと思い込んでいた。今回の展覧会で、まず、その知識が大きく変わった。それは、次のような経緯であったと図録では説明している。日本が1854年に開国してから、西洋では次々と日本に関する紀行書が刊行されれた。これらは外交官たちが来日して見聞きした日本の歴史、社会、風俗、地理などを紹介した書物であるが、そこには日本人の手になる挿絵が多数掲載されていた。1850年代から1870年代までに出版されたこの類の書物には、それが誰の絵であるかは記載されないまま、画像だけが複製されたのである。最も多く使われたのが葛飾北斎の「北斎漫画」全十五編と「富嶽百景」全三冊であった。彼らは、北斎が何者であるかは殆ど関心がなく、日本の風俗や情景を表すのに、極めて都合の良い面白い絵として挿絵に使ったのだった。一方、フランスやイギリスでは、開国後早くから美術商が日本の美術品や工芸品を扱うようになり、芸術家、批評家、愛好家たちがそれらを蒐集したり評論したりしていた。彼らは関心を持った北斎について、「オクサイ」「ウクサイ」「ホフクサイ」等呼んだり書いたりした。その論調は当初単なる「興味深い画家」であったが、やがて「日本でも最も偉大な画家」というレッテルを貼るまでになった。この「北斎とジャポニズム」は、3編に分けて連載することとした。第一編は「北斎と人物、植物」であり、日本の北斎から影響を受けた画家、工芸家の作品を並べる。なお、文書で説明は出来るだけ簡単にして、作品主体に編成する。

「北斎漫画」十二編 葛飾北斎作 天保5年(1834)江戸時代(19世紀)

背中を拭く女 エドガー・ドガ作  1889~92年頃

浮世絵には庶民や遊郭の女性たちの日常生活の様子が多く描写されているが、北斎はこうした人々のくつろいだポーズや滑稽な姿を鋭く観察し、「北斎漫画」などに掲載した。このような姿勢は、取り澄ましたモデルの姿を描くドガの眼を引き、新しい裸婦像が生まれた。本来なら隠されるべきヌードは、マネやクールベの活動によって、ヌードの意義が問われる時代となり、ドガは、自然にふるまう人物が「窃視」されていることを意識せずに取る、本能的なポーズを描いたのである。

「絵本庭訓往来」初編 葛飾北斎作文政11年(1828)江戸時代(19世紀)

髪を結ぶ少女 ベルト・モリゾ作  1893年頃

浮世絵を多数保有し、家の壁に飾っていたモリゾはドガと少し違った姿勢で、同時代の女性達の日常生活を描くのに、北斎が見た様な飾らないありのままの動作を、親近感をもって描いたのである。

「北斎漫画」十一編の内 葛飾北斎作        江戸時代(19世紀)

右下の力士の姿を見てもらいたい。次の、ドガの絵との関連を考えてもらいたい。

踊り子たち ピンクと緑 エドガー・ドガ作   1894年

この絵は、この展覧会のポスターや案内書に出され、まるでこの美術展の目玉の扱いである。腰に手を当てた「踊り子たち ピンクと緑」の踊り子は、似たようなポーズを繰り返し素描で研究されているが、「北斎漫画」十一編の相撲取りのポーズと類似していることから、ドガはおそらく強い関心を持っていたものと考えられる。ドガの所蔵していた北斎の浮世絵や版本のコレクションは、一括して売られ、中身はわかっていない。

「画本千文字」 葛飾北斎作  天保6年(1835) 江戸時代(19世紀)

舟遊び  クロード・モネ作 1887年

北斎の影響は、私は印象派に一番大きな影響を与えていると思う。戸外での遊びは印象派の時代の新しい主題の一つであった。モネやルノワールは舟遊びの主題を繰り返し描いたが、ジヴェルニー移って1880年代半ば頃から描きだしたエプト川での舟遊びは、新しい構図への挑戦であった。画面に右から侵入する船と人物を俯瞰構図で大きく描き、岸辺の情景は大胆に除外され、水面だけが切り取られるという大胆な構図が適用されている。舟遊びの人物を拡大して描く表現や俯瞰図は浮世絵からのヒントだったが、大画面に水面だけを描くという挑戦は、のちの睡蓮の連作へとつながってゆく。画期的な秘薬であったろう。このように考えると、浮世絵の影響は、予想以上に大きいことが理解できる。

「百物語 さら屋敷」葛飾北斎作 文政2年(1819) 江戸時代(19世紀)

表情豊かでときに滑稽な北斎の幽霊や妖怪たちは、想像力を羽ばたかせてこの世ならぬ世界を描いた象徴主義、またはその流れをくむ表現主義の画家たちを魅了したに違いない。

「聖アントワーヌの誘惑」第一集 オデイロン・ルドン作 1888年

ルドンによる怪物は、構図もさることながら、陰鬱さのなかにユーモアさえ感じさせる点でも、北斎の描く幽霊の図に接近している。

2.北斎と動物画                             北斎と動物画に移る、西洋では動物画は、博物学的な関心を背景として、狩猟画から派生したものであった。したがって自然全体を想起させる導入口として動植物をとらえる花鳥画とは異なる自然観に根ざしていた。ジャポニズム以前の西洋では、とりわけ小動物や鳥、魚、爬虫類や昆虫といった小さな生命は、宗教的な象徴や寓意、あるいは静物画に添えられることはあったにせよ、その生きた姿が作品の主要なモチーフになることは殆ど無かった。西洋の動物表現に影響を与えた日本美術のなかでも、「北斎漫画」を筆頭とする北斎の絵手本が果たした役割は大きい。

「北斎漫画」六編  葛飾北斎作 文化14年(1817)江戸時代(19世紀)

競馬場にて  エドガー・ドガ作  1866~68年

ドガは1860年代の終わり頃から競馬場の情景をモチーフとして描いた。それは競馬場が、マネ曰く「パリの生活を表す市場、鉄道、港、地下、公園、競馬などの一つとして、当時のブルジョワに人気の」スポットであり、着飾った男女が社交や戸外でのスポーツ観戦を楽しむ場だったのだからである。この「競馬場にて」においては、出走を待つ静止した馬たちの中央の、まさに遠近法の消失点の位置にいる跳ねる馬が目を引く。1頭だけ異なったポーズのこの馬は、「北斎漫画」六編の右頁端上から二段目の騎馬を切り取って貼り付けたように見える。

「北斎漫画」十五編  葛飾北斎作    江戸時代(19世紀)

兎のいる屏風 ピエール・ボナール作     1902年頃

屏形式の西洋画は珍しい。私は、初めて見た。これもジャポニズムだろう。銀箔や漆を思わせる2色の地で上下に区分され、上部にはニンフとサテュロスの戯れと風景の断片が、下部には「北斎漫画」十五編を想起させる簡潔な描線で表される野兎の群れが描かれている。

「北斎漫画」二編 葛飾北斎作 文化12年(1815) 江戸時代(19世紀)

 

栓付瓶:蝙蝠・芥子  エミール・ガレ作  1889~92年

ガレはロベール・モンテスキューの詩「蝙蝠」(1892年刊)の出版を記念して栓付瓶を制作した。闇や不吉を象徴するコウモリ、眠りと結びつく芥子をモチーフにした本作は、退廃的な闇夜を想起させる。ガレはこの象徴派の世界観を表わすにあたり、北斎をも取り込んだようである。ガレにはトンボや蛙を取り込んだ花瓶などもあり、浮世絵を積極的に採用するジヤポニズム作家であった。

 

 

鎖国の間、日本については詳細な報告を残したのは、シーボルトを始めとする出島のオランダ商館員たちであったが、彼らは北斎の絵本や肉筆画を母国に持ち帰り、広く西洋社会に広がった。日本が1854年に開国してから時を置かず、来日した外交たちの日本についての紀行書が刊行された。そこには北斎の手による挿絵が多数掲載された。画像だけが複製され、日本の風俗や情景を表すのに都合の良い絵として挿絵に使われたのである。一方、イギリスやフランスでは、開国後早くから日本の美術品を売る店ができ、愛好家たちが群がった。西洋になかった斬新な表現をするこの画家について評論やコメントを残し、やがて「日本でもっとも偉大な画家」というレッテルを貼るまでになった。北斎が民衆の画家であることから、共和主義者たちが彼を大画家として持ち上げるようにしたと考えられる。この編では、北斎が西洋の絵画、工芸で、どのように取り入れられ、愛好されたかを部分的ではあるが伝えたものである。更に、北斎と植物、北斎と風景画等を逐次取り上げたい。

 

(本稿は、図録「北斎とジャポニズム  2017年」、読売新聞「特集 北斎とジャポニズム展特集」、図録「ボストン美術館 華麗なるジャポニズム展 2014年」、大久保純一「北斎」を参照した)