国宝 迎賓館 赤坂離宮

迎賓館 赤坂離宮は、明治の終わりごろに、わが国の建築、美術工芸等各界の総力を結集して、東宮御所として建設されたものである。日本が日清戦争に勝ち、洋風の東宮御所(皇太子殿下の住まい)を新しく建築する気運が高まり、明治31年(1898)には、宮内庁に東宮御所御造営局が設けられた。東宮御所として赤坂離宮は明治42年(1909)に完成したが、時の皇太子(後の大正天皇)は、殆ど使用されず、大正の末期から昭和初めにかけて、摂政宮時代の皇太子(後の昭和天皇)が、大正12年(1923)8月から昭和3年(1928)9月まで、およそ5年間を過ごされた。また、現在の天皇も皇太子時代の紹和20年11月から翌年5月まで住まわれた。要するに、東宮御所としては、殆ど使われなかったと言ってよいであろう。戦後、皇室財産であった赤坂離宮の建物と敷地は国に移管されたが、決して充分活用された訳ではない。戦後十数年を経て、日本は国際社会に復帰し、外国からの国賓などの賓客を迎える機会が多くなってきたが、わが国にはそれに相応しい施設が無く、昭和38年(1963)国の迎賓館を作る方針が立てられた。検討の結果、昭和42年(1963)、赤坂離宮を改修し、迎賓館とすることが決定し、大改造が行われた。旧赤坂離宮は純洋風建築であり、加えて日本風の接遇のできる別巻が新設されることとなった。本館の大改造については村野藤吾、別館は谷口吉郎が設計を担当した。大改造は行ったものの、基本的には明治時代の建築を基礎としているため、フランスのヴェルサイユ宮殿、ルーブル宮殿、更にイギリスのバッキンガム宮殿なども参考にした。敷地面積約118万平方メートル(約3万6千坪)、本館面積5,153平方メートル(約1600坪)、延べ面積約15千平方メートル(約4700坪)の地上2階、地下1階の鉄骨補強煉瓦造りである。建設後、百年強を経過したこの赤坂離宮は、わが国の貴重な文化遺産として平成21年(2009)12月に国宝に指定された。

国宝  迎賓館 赤坂離宮の正門

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正門前から見た迎賓館赤坂離宮の正面である。まるで外国の宮殿を見る思いであり、やや日本離れしている。明治という「上向き」の時代を象徴する建物である。正門の上に作られた紋章は「五七の桐」と呼ばれる、迎賓館の紋章である。五七の桐の紋章は皇室の紋章であり、宮中で大使などを接遇する際の食器、勲章、賜杯、褒状に使用される。

国宝 赤坂離宮の正面外観と正面玄関

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赤坂離宮は花崗岩でがっしりと造られたネオ・バロック様式の2階建ての完全なシンメトリーの宮殿である。正面中央部と両翼部はオーダー柱で支えられたペディメント(切妻屋根の下の三角形の壁)で強調されている。屋根は緑青(ろくしょう)でおおわれいる。中央部屋根には、左右に青銅製の甲冑・弓矢などが飾られ、少し離れた左右の階段屋根には、それぞれ金の星を散りばめた天球儀と翼を広げた金色(こんじき)に輝く霊鳥(鳳凰の一種)が4羽飾られている。

国宝 赤坂離宮の横から見た図

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両横から湾曲した様式は、同じ頃に建設されたオーストリアのウィーンの新王宮にも見られる。両翼を手前に広げて、人々抱きかかえるような形をしている。

国宝  赤坂離宮 南面外観

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大噴水から見た赤坂離宮の外観であり、前面からすれば、裏側に当たる。

国宝  赤坂離宮  「朝日の間」(第1客室)

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迎賓館の正面玄関から正面の階段を上がった、大ホールをさらに進むと「朝日の間」がある。かっては、第1客室と呼ばれていた。朝日の間は、表敬訪問や首脳会談など国公賓のサロンとして使用されていた。また国賓が天皇皇后両陛下とお別れの挨拶をする際に使用される。迎賓館では最も格式の高い部屋である。内装はフランス18世紀末の古典主義様式で、広さは180平方メートルある。天井の中央に描かれた絵画にちなんで「朝日の間」と呼ばれる。この天井画は、朝日を背にうけた暁の女神オーロラ(ギリシャ神話ではエオス)が、左手に月桂樹の小枝を持ち、右手には手綱をもって4頭だての白馬の車に乗って天空を駆ける姿が描かれている。この絵はフランスの名画家の監督のもと、諸名流が描いたという記録があるが、諸名流とは誰を指すかは不明である。天井から大きな2基のシャンデリアが下がっており、これはフランスから輸入した豪華なもので、クリスタルガラスを主体に造られている。東西に白い大理石の暖炉があるが、その前に尾形光琳のカキツバタの模写と、酒井抱一の秋草花の絵の模写が張られている。明治時代に、琳派が日本の美を代表していたのであろうか。壁面には金華山織という美術織物が8枚貼られている。

国宝  赤坂李宮  「羽衣の間」(舞踏室)

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本館の西側に「羽衣の間」がある。かっては舞踏室と呼ばれていた。羽衣の間は、雨天の時の歓迎式典や首脳会談、在日外交団が国賓に謁見したり、晩餐会の際に、一般招客に食前酒や食後酒を供する場として使用される。広さは約300平方メートル、室内装飾はフランス18世紀末の古典主義様式で「鏡と金色と緋色」の華麗な大部屋である。羽衣の名は、フランス画家が描いた約200平方メートルの大きな天井画に由来している。謡曲の「羽衣」の一節「虚空に花ふり音楽聞え霊香(れいきょう)四方(よも)に勲(くん)ず」の景趣をモチーフにし、曲面画法という珍しい画法で描かれている。この部屋にはシャンデリアが3基吊り下がっている。これらのシャンデリアは赤坂離宮においては最も大きく、かつ豪華なものであり、創建当初、フランスから輸入したもので、重さは800キロである。躯体部分に装着してあるので、地震の心配は無いとの説明であった。

国宝  赤坂離宮  「彩鸞の間」(さいらんのま・第2客室)

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正面玄関の真上の部屋を彩鸞の間という。かっては第2客室と呼ばれていた。彩鸞の間は、条約や協定の調印を行ったり、晩餐会、レセプションの際に、一般招待客が国賓や公賓に謁見したり、国賓、公賓とのテレビインタビューなどに使用されている。東西の大きな鏡の上と、イタリア産のねずみ色の大理石で造られた刀剣などのレリーフがある暖炉の両脇に、それぞれ鳳凰の一種である鸞(らん)と呼ばれる霊鳥の翼を広げた姿に金箔をはった石膏レリーフがあることから彩鸞の間と名付けられている。広さは約140平方メートルである。天井は、楕円形のアーチ状になっており、戦場に天幕を張ったように見せかける意匠となっている。天井から3基のシャンデリアが吊り下がっており、中央のものがほかの2つより大きくなっている。壁には、10枚の大鏡が張られ、鏡が多いため、部屋が広く、奥深く感じられるようになっている2つの暖炉のの前には、衝立が置かれ、尾形光琳のキリシマツツジ絵の模写、酒井抱一の桜・山鳥の絵の模写が張られている。

国宝  赤坂離宮  「花鳥の間」(饗宴の間)

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赤坂離宮の建築では、羽衣の間と対称の位置にあるのが、この花鳥の間である。面積も同じく約300平方メートルで、ともにこの宮殿では最大の広さとなっている。部屋の内装の雰囲気は大きく異なり、羽衣の間が華やかさを漂わせるのに対し、花鳥の間は重厚な感じがする。花鳥の間はかって饗宴の間と呼ばれ、現在でも公式晩餐会が催されている。「花鳥の間」という名は、格天井(ごうてんじょう)の油絵や壁に貼られた七宝焼の画題が花と鳥となっていることに由来する。シャンデリアは、重さ1.125キロ、同じ大きさのものが3基下がっている。四季の花鳥をモチーフにした楕円形の七宝焼の額が30面飾られている。下絵は明治時代の有名な日本画家・渡辺省亭が描き、制作は、七宝の名工・涛川聡助(なみかわそうすけ)が当たった。

国宝 赤坂離宮   庭園

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迎賓館赤坂離宮の敷地面積のおよそ7割が庭園となっている。この写真は噴水の更に南へ行った所にある池畔を撮影したものである。菖蒲の花が美しい。庭園にある木は、約180種2万本である。

和風別巻  「遊心亭」(ゆうしんてい)

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別巻「遊心亭」は、和風の意匠と日本式の接遇で諸外国の賓客をお迎えする施設である。本館の東側に位置し、本館からは洋風庭園、日本庭園を経て、別館に入ることになる。別巻は、お茶・お花・和食など日本風のおもてなしによって、日本の「家」と「庭」が持つ美しい特長を、諸外国の賓客に紹介する目的を持っている。

花鳥の間 クリントン米国大統領来日時の歓迎晩餐会

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「花鳥の間」で1998年(平成10)11月に来日した米国クリントン大統領を小渕総理主催が、もてなす歓迎晩餐会である。

 

赤坂離宮は、かって明治時代に、皇太子の東宮御所として建設されたものであるが、実質的には、昭和天皇が摂政時代の5年間住まわれただけで、殆ど利用されてこなかった。戦後、日本が国際社会に復帰し、奇跡的な経済発展を迎えた後、大改装を行い、各国国王、大統領、賓客の接待に用いられ、特に先進国首脳会議(G7、1979,1986,1993)や日本・東南アジア特別首脳会議(2003、2013)などの重要な国際会議に使用されてきた。しかし、時代は代わり、G7も沖縄、北海道、伊勢志摩等で開催されるようになり、迎賓館赤坂離宮の利用価値は、相対的に低下したと思う。勿論、日本で唯一のネオ・バロッック様式の西洋風宮殿建築であり、その建物、工芸技術の粋としての価値は、極めて高い。即ち、外交機関としての価値は、むしろ低下して、歴史的建築物としての価値が高まっている。それならば、主権者である国民に更なる公開を行い、西洋建築の美しさを、国民に示す物件であろう。政府も今年4月から年間を通じて公開を始めた。一日の定員は4千人に増やしたが応募者が殺到しているそうである。特に、中高年の見学希望者が多いそうである。事前予約の当選倍率は個人が4倍、団体は5倍とのことである。現在の受け入れ枠は事前予約の個人・団体(ネットで可)各1500人、当日枠が1000人であるそうだ。私は、団体の事前申し込みで予約したが、外れ、当日、庭園だけでも見たいと思い、訪ねたところ、何の問題も無く入館できた。更に人員枠を2倍程度に増やし、主権者を尊重する態度が必要だろう。現在の枠は余裕があり、倍増は殆ど問題ない。料金は大人1000円、中高生500円である。私の意見としては、中学生は無料にするべきであろう。中学生こそ、一番見学して頂きたいターゲットであるからだ。また、現在ロッカーが無い。是非、ロッカーを備え付け、有料で利用できるようにすれば、ロッカー代金は1年以内に回収できるであろう。ご検討を願いしたい。

 

(本稿は、図録「国宝 迎賓館赤坂離宮」、パンフレット「迎賓館 赤坂離宮」、日経新聞2016年5月25日号を参照した)