妙心寺  塔頭  退 蔵 院

妙心寺には塔頭が四十六ケ寺あり、塔頭の多さでは京都の禅寺では一番を誇る。2017年の秋の紅葉の見ごろの季節に洛西を訪れ、妙心寺の塔頭では退蔵院が公開していた。ここは、日本最古の水墨画と言われる国宝 瓢鮎図(ひょうねんづ)で有名であるが、拝観して美しい庭園が、数多くあり、かつ紅葉の名所であることを知った次第である。退蔵院は今から600年以上前の応永11年(1404)の建立された山内屈指の古刹(こさつ)である。方丈(本堂)は妙心寺第三世であり、かつ退蔵院開祖である無因宗禅師を祀っている。退蔵院の境内にはこの方丈を取り囲むように作庭された枯山水庭園「元信の庭」、方丈南方の850坪に及ぶ池泉回遊式庭園「余香苑」(よこうえん)と、異なる趣きの庭園が広がっている。今回は、庭園と紅葉を中心に写真を楽しんで頂きたい。

山門   薬医門              桃山時代(16世紀)

退蔵院の山門であり、薬医門である。枯山水庭園公開中であった。紅葉が美しく、園内は満員の状態であった。なお、今回の京都巡礼の中で、初めての満員状態であった。

陽の庭(左)  陰の庭(右の庭)   枯山水          昭和時代

昭和の作庭である。敷砂の色が裳となる2つの庭は、物事や人心の二面性を伝えている。陽の庭(左)には7つ、陰の庭には8つ、合計15の石が配されている。敷砂の対比と石使いの調和が見事である。

紅しだれ桜

11月ともなれば、桜の葉も落葉している。4月に公開してくれれば、見事な桜が拝見できたであろう。

重要文化財  方丈      慶長4年(1597) 桃山時代(16世紀)

応仁の乱後、慶長4年(1597)に再建された方丈である。江戸末期に宮本武蔵が、ここに居住して精神修養の場として修行したとされている。この堂内には国宝瓢鮎図(ひょうねんづ)を所蔵している。

国宝  瓢鮎図(ひょうねんづ) 大巧如拙筆  室町時代(15世紀)

本図は、右上隅の大岳周崇による序に書かれているように、「丸くすべすべした瓢箪(ひょうたん)で、ねばねばした鯰(なまず)をおさえ捕ることができるか」という「新様」(新しいテーマ)を、将軍足利義持が「僧如拙」に命じて新様(新しい画風)で描かせ、また五山の諸僧をして一詩を詠ましめたものであり、当時の五山の名僧三十一名による賛がある。禅宗の絵としては。最も有名である。(なお、写真は、2016年の「禅(心をかたちに)」の展覧会で入手したものである)

「源信の庭」

狩野源信(狩野派2代目)が作庭した庭として著名である。勿論、原案を源信が描き、作庭は阿弥衆が行ったものである。この庭は、枯山水の分類上、典型的な枯池式枯山水に属する。吉河氏によれば、方丈を慶長年間に再建した時に、かなり方丈の建物が庭園に食い込み、その地割も枯池の東部が変化したと見られるそうである。

あずまや

まわりの紅葉が美しい。

余香苑(よこうえん)            昭和時代

池泉回遊式の昭和の名庭である。なだらかな勾配の「余香苑」は造園嘉の中根金作氏によって設計され、昭和40年に完成し、昭和の名庭と謳われるまでに成長した。桜、蓮、楓など一年を通して華やぐ庭園の中心には瓢鮎図にちなみ「ひょうたん池」が配置され、池のせせらぎや鹿威しの音色が楽しめる。背景に「あずまや」が見える。

 

寺院の名称である「退蔵」という言葉には、「価値あるものをしまっておく」という意味があるように陰徳(人に知られないようにして良い行いをする)を積み重ね、それを前面に打ち出すのではなく、内に秘めながら布教していくという意味がある。600年の歴史を有する塔頭であるが、庭園は新しく昭和に出来たもので、明るい印象に包まれたお寺であった。紅葉の季節であった為、人の波に包まれたことは止むを得ないことである。

(本稿は、古寺巡礼京都「第31巻 妙心寺」、探訪日本の古寺「第9巻 洛西」、吉河功「京の庭」、退蔵院パンンフレットを参照した)