山種美術館   水を描く

今年の夏は暑い。かって経験したことの無い暑さである。酷暑と呼んでも良い暑さである。日本人は、暑い時は、水打ちをしたり、水の絵を眺めて涼を得たものである。山種美術館ではこの夏、日本美術に描かれた水をテーマを得た展覧会を開催した。豊かな水源に恵まれた日本では、水は常に人々の生活と共にあり、美術品においてもさまざまに表現されてきた。雨が池や湖をつくり、川となり海へ注ぐように、水は刻々と姿を変化させる。躍動する波や、渦を巻く海や、光を反射する水面など、水は刻々と姿を変化させる。水を描いた画家は多い。この展覧会では近代、現代の画家及び浮世絵師を登場させ、この美術館の持つ展示品の幅の深さを見せてくれる。涼感あふれる「水を描く」は、お勧めできる展覧会である。

翠潤う  東山魁夷作  紙本・彩色  昭和51年(1976)

修学院離宮の庭園を描いた作品である。常緑樹と苔が映える庭園として有名である。修学院離宮は、中々拝観できない離宮と庭園の美しい景色である。ドイツ人のブルーノ・タウト氏が「日本美の再発見」(岩波新書)で絶賛したことで有名であるが、中々入園できない施設となり、申し込んでも当たらないことで有名になったが、私は、幸いあるメーカーの京都支店長の職にあった時に、2回拝観する機会に恵まれた。山種美術館の開館10周年記念に山崎種二氏(山種証券社長)から寄贈された作品である。この絵で改めて修学院離宮の美しさに、感じいった次第である。「東山ブルー」の美しさに惹かれた。

沖の灯(ともしび) 小野竹喬作 紙本・彩色   昭和52年(1977)

深い藍色をたたえた夕暮れ時の沖に漁火(いさりび)がちらつき、水平線の上に広がる雲は淡い桃色に縁取られて小波にその色を落している。光と影、色調の明暗は心地良く響き合っている。常日頃から作家は「絵には詩情とリズムがなければいけない」と考えていた竹喬らしく、静かな夕暮れ時の自然の光を、色彩のコントラストで詩情たっぷりに表現した最終作品の一つである。第9回開祖日展に発表された作品であるが、発表時には「老ゆることを知らない若々しい色感」「完成度においては現在の日展の最高水準」と高く評価された。

奥入瀬(秋)奥田元宋作 紙本・彩色 額(一面・三枚)昭和58年(1983)

古稀を過ぎた元宋は、大作作りに取り組むのは80歳までと考え、日展の出品とは別に1年に1点大作を制作しようと決意した。秋は渓流が左から右へ横切り、4年後の春は右から左へ逆向きの流れとしている。元宋は、四季折々の中でも「自然の霊気を最も強く感じる」として新緑と紅葉の季節を好んだそうである。濡れた岩肌や木漏れ日の表現に金箔を使用し、渓流の透明感や「元宋の赤」に彩られた紅葉を更に際立たせる効果を生んだ。この作品は182.0×546.0という大作であり、1枚の写真から写したこの画面では、原作の偉大さが、表現できないのが残念である。

鳴門  川端龍子作  絹本・彩色・屏風(六曲一双) 昭和4年(1929)

この作品は、龍子が院展を脱退後に立ち上げた清龍社の第一回展で発表された。この作品は、画家や批評家から高い評価を受けたが、龍子は「これからは私の新しい出発への好意のはなみけでもあると思い感激した」と述べている。しかし、掛値なしに大作であり、成功した作品である。菁龍社の創立という曲面に再し、最も動的な画面を求めた結果、荒荒しい海の象徴として鳴門を描くことにしたのであろう。六斤(約3.6キログラム)に及ぶ群青の岩絵具を多用して、胡粉の白・金・銀という鮮やかな色彩が際立つ、躍動感あふれる鳴門を表現した。大画面、斬新な構図、動的な画面構成は、作者が提唱した「剛健なる芸術」を象徴するものであり、龍子が新たな門出にかけた渾身の力作である。

鳴門  奥村土牛作  紙本・彩色  昭和34年(1959)

土牛は妻の郷里・徳島からの帰途、一緒に鳴門に立寄った。小さな汽船の上から見た渦潮について「偉大でまた神秘である渦巻を見ていると、描きたいという意欲が抑え難く湧き上がってきた」と土牛は語っている。妻に帯を掴まれる不安定な姿勢のまま、まるで符牒のような写生を何十枚も描いた。渦巻を実見したのは僅か数分間の一度きりであるが、その写生と「自らの頭脳の中から印象を掘り出す」作業により、本作品を完成させたいという。「ああいう景観を見ますと抽象的な表現が一番いいように思われたが」決心がつかず本作品を仕上げ、「渦だけで抽象的にしたら良かった」とも述懐しているそうである。1950~60年代、欧米の抽象表現が日本に入り、日本画壇においても影響を受けた作品が描かれた。土牛もその風潮のもと本作品に臨んだと見られる。土牛の代表作の一つと言う評価をする人もいるそうである。日本画に抽象表現の影響があったと説く図録には驚いた。

阿波鳴門乃風景  歌川広重(初代)作 大判3枚続   安政4年(1857)

この展覧会の面白い所は、近代、現代絵画と並んで、浮世絵の傑作を展示することである。他の美術館では、考えられない展示であるが、山種美術館であれば、それが普通の展示となる。(例えば「琳派展」に近代絵画を並べた)今回も様々な浮世絵が展示されているが、特に広重の「阿波鳴門乃風景」を取り上げてみた。このリアリティーあふれる景観から、広重が実際に鳴門を訪れたと思っていたが、実際は寛政12年(1800)刊の渕上旭江の風景画「山水奇観」にある「阿波鳴門」をもとに描いたものだそうである。(図録)しかし、巧みな透視図法を用いて水平線に向かって遠ざかる淡路島の島影を描き、しかも近景の緑色から遠景に向かって次第に色が薄れ、最後は淡菁色になるという空気遠近法も駆使して、実景観に近い絵に仕上げている。大判錦絵3枚続の豪華な浮世絵である。

那智  奥村土牛作  紙本・彩色     昭和33年(1958)

那智の滝を描いた雄大な絵である。那智の滝は、古来信仰の対象とされ、根津美術館には、信仰の対象としての「那智の滝」の絵図がある。本作は、信仰というよりも、堂々とした水の流れを、巧みに描き、まるでしぶきが懸るような錯覚を覚えるほど迫真力がある。流石に土牛の作品であると感じた。

波濤(はとう) 加山又造作  紙本・墨色   昭和54年(1979)

私の好きな加山又造の「波濤」と名付けた名画である。昭和50年代半ば以降、加山が水墨画へと没入していくまさにその時期に描かれた名品で、浪が岩に当たって砕ける様子を描く。加山は日本の水墨画の伝統を語る際、雪舟、長谷川等伯、俵谷宗達の名を挙げているが、初期に手がけた龍、松林、波濤、鶴は、等伯を最も意識していたようである。本作に関しても、等伯の波濤図からインスピレーションを受けた可能性が考えられる。先輩画家から学ぶ日本画の良さが出ている。

山潤雨趣  奥田元宋作   絹本・着色    昭和50年(1975)

広大な森林の中の遠景に、滝が落ちる風景が見える。この絵は名作であり、森の深さ、滝の波の遠さ等が、この絵を通して良くみられ、思わず引き込まれる傑作である。展覧会の最後に飾られた絵であったが、最も「水を描く」という、展覧会のテーマに沿った絵画であると思う。

ウオーターフォール  千住 博作  紙本・彩色   平成7年(1995)

現代の人気作家、千住博の作品である。この千住の作品について、私は2019年9月12日の「黒川孝雄の美」の「大徳寺の塔頭 聚光院」の最後に千住画伯による、新築された「書院」に「瀧」、「惷夏崖図」、「秋冬崖図」のうち、「瀧」が初公開され、その記事と写真を掲載している。それによれば、「この滝図は構想から完成まで16年間を費やした大作で、鮮やかな群青から真っ白な瀧が浮かぶ上がる姿は壮観である」と記している。この「ウォーターフォール」と同じ系列に属する絵画である。私はまだ見ていないが、この「瀧」と同系列に属する絵画が、「高野山」にも納められているそうである。

 

「水を描く」というテーマで、山種美術館が所有する近・現代の作家の作品に合せ、浮世絵まで動員して、「水」というテーマを追求した面白い企画展であった。山種美術館の所蔵する日本の近代・現代の作家の豊富さ、更に浮世絵の展示という企画には脱帽である。兎に角、思いがけない企画展であり、今年の暑い夏に相応しい展覧会であった。

 

(本稿は、図録「山種美術館 近代日本画名品選100  2016年」、図録「山種コレクション 浮世絵 江戸絵画   2010年」を参照した)