山種美術館  浮世絵の競演

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山種美術館には約100枚の浮世絵コレクションがある。決して多い数では無いが、優品が多い。今回は六大絵師として晴信・清永など6名の絵師の秀作が並んだが、私の好みで、写楽と北斎、広重の保永堂版東海道五十三次の3種に絞らせて頂いた。あくまでも私の好みの話で、他意はない。山種美術館の浮世絵コレクションは、摺りの早いものが多い。かつ保管状態が極めて良い。正に「粒より」と呼んでも差し支えないと思う。また浮世絵の初期から末期まで、まんべんなく系統的に集められたものではない。役者絵で注目したいのは、東洲斎写楽の大判大首絵が三図所蔵されていることである。残存枚数が少なく、わずか百枚のコレクションの中で3枚の写楽が含まれていることには驚いた。風景画(名所絵)では、葛飾北斎と歌川広重というこの分野での両巨頭の作品が蒐集されている。北斎のコレクションは、彼の代表作の「赤富士」の通称を持つ「凱風快晴」1枚のみである。このコレクションの選択の鋭さを感じる。広重作品は極めて多い。保永堂版「東海道五十三次」は完全なセットで揃っている。その他「近江八景」、「木曽街道六十九次」からは「洗馬」、「江戸名所百景」からは「大はしけあたけの夕立」が1枚含まれている。(9月29日まで)

二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉  東洲斎写楽筆  寛政6年(1794)

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東洲斎写楽(生没年不詳)は、江戸後期の浮世絵師で寛政6年(1794)5月の江戸三座の舞台に取材した大判雲母摺(きらもずり)の役者大首絵二十八図でデビューを飾り、翌年正月の舞台に取材した作品を最後にわずか十ケ月で画壇から姿を消した。特に寛政6年5月の作品(28図)は戯画性を示し、役者似顔絵の歴史の中で異彩を放つ存在である。その正体に関しては諸説あるが、北斎の儀名説、阿波候の能楽師斉藤十郎兵衛(1763~1820)であるとの説が最近有力視されている。この絵は寛政6年5月都座「花菖蒲文禄曽我」の舞台に取材したものである。石部金吉は金貸し役で、描かれたのは主君の仇討を助けるために浪人して貧苦にあえぐ田辺文蔵のもとに、借金を取り立てに来た場面である。借り手の事情にお構いなく返済を迫る強欲さが、良く表れている。

三代目坂田半五郎の藤川水右衛門 東洲斎写楽筆  寛政6年(1794)

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「花菖蒲永禄曽我」第三幕の坂東三津五郎の石井源蔵とその妻千束を返り討ちにする場面だとされている。水右衛門は敵役である。親の敵を討ちに彼に挑む石井源蔵を返り討ちにする場面で、不敵な表情の水右衛門のどこか頼りなさ気な源蔵が向かい合う構成となる。悪党の憎々しさを描き出す写楽の腕は冴える。

富嶽三十六景 凱風快晴  葛飾北斎筆   文政13年頃(1830)

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この「赤富士」については、何度も触れている。ここではプルシアン・ブルーについて述べたい。この空を彩る青色は「プルシアン(プロイセン)・ブルー」略称「ベロ」である。この青色は1704年に、遠くプロイセン王国の都市ベルリンで偶然合成に成功し、長崎経由で輸入された人工顔料「プルシアン(プロイセンの)・ブルー」だったのである。これが日本国内に持ち込まれたのは宝暦2年(1752)頃だと考えられる。ベロを実際に使った作品は、伊籐若冲、平賀源内、小野田直武、佐野曙山ら、洋風画の分野中心に表れ、次いでより安価な、木版の浮世絵に広がっていった。この舶来の顔料は、水に良く溶け、光や酸素に対して安定し、青の発色が鮮やかで、グラデーションが容易にできる、といいことずくめであった。ベルリンがなまって「ベロ」と通称されたプルシアン・ブルーを生かし、北斎「富嶽三十六景」シリーズの刊行が始まった。このシリーズで北斎は、輪郭線には従来の藍を、鮮やかな青色のぼかしにベロを用いて、濃く、明るく、透明感の強い青に彩られた風景の魅力を見せつけた。これが浮世絵ではマイナーな存在だった「風景画」というジャンルの起爆剤となり、やはりベロを効果的に使った歌川広重の「東海道五十三次」という傑作を得て、役者絵、美人画に続く浮世絵の主要ジャンルへ、一気に成長していったのである。

東海道五十三次扉  歌川広重作       江戸時代(19世紀)

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山種美術館のコレクションには題字を記した扉が付属することから、もともと画帳仕立のものがまとまって残った数少ないものと考えられている。この揃いには、初摺りとされる摺りの特徴を持つ図が数多く含まれ、保永堂版の美的特質を考える上で重要な揃いとして注目されている。

東海道五十三次 原  歌川広重筆    天保4年~7年頃(1833~36)

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五十三次のうちでも最も富士山を近くに見、その美しい姿をまのあたりにするのが原宿である。枠外へ飛び出した富士の頂を描いている。この特殊な構成は、富士の美しさと大きさを強調したものであろう。保永堂版は3人の人物と満目蕭條(まんもくしょうじょう)たる枯野原の2羽の鳥を配し、風景と人物の渾然と調和した画面をなしている。

東海道五十三次 蒲原  歌川広重筆   天保4年~7年(1833~36)

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私は、この絵を見る度に、温暖な駿河国に大雪が降るのは事実とは違うのでは無いかと感ずる。しかし、保永堂版ではこのシリーズの圧巻と言われる名作とされる。雪が小振りとなったのを見計らって家路を辿る人々を描いたものであろう。傘や蓑に雪を積もらせ、ひっそりと静まり返った宿場の道を、足元も危なげに歩みを進めている。積雪の山や家々のふっくらとした姿に、静寂な姿を描き、濃墨と淡墨のみごとな調和によって深々と更け行く夜の、無音の空間を絶妙に表している。

東海道五十三次丸子(鞠子)茶店 歌川広重筆天保4年~6年(1833~36)

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丸子は鞠子とも書かれた。名物は「とろろ汁」で、江戸時代から麦飯に青のりととろろをかけたものであったらしい。芭蕉に「うめ若菜 丸子の宿の とろろ汁」の一首があり、また十返舎一九の「東海道膝栗毛」の弥次と喜多の道中にも、この宿での「とろろ汁」が出てくる。作中の2名は、弥次、喜多の2名をモデルにしているのではないかと思う。保永堂版は静かな田舎の雰囲気をよく表した作品で、去りゆく農民が画中に生き続けている。現在も同じ場所に「とろろ汁」を名物とする茶店があり、私は静岡に行く度に、そこで「とろろ汁」を食べることにしている。なお、初版は「丸子」となっているが、その後の版では「鞠子」に改められている。

東海道五十三次四日市・三重川 歌川広重筆 天保4年~6年(1833~36)

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山種の図録では、「四日市は伊勢参宮の旅人も行き来して栄えた宿場であり、また港町でもあった。本図に描かれた鄙びた風景は、いささか賦に落ちない」と解説している。私も現地を見ているので、何故こんなに田舎じみた光景にしたのか、不思議である。しかし、この絵はクロード。モネの「トルーヴィールの海岸」(1881年)の、構図の取り方に堅著な影響を与えていると思う。モネは遠近法と陰影法の使用を遠ざけ、表情豊かに烈しく描写された1本の木を、中央に配し、鮮やかな色彩を帯状に配して、1本の木の激しい揺れを表現している。これは、モネが広重の「四日市・三重川」から構図を借用したものと見ている。モネは西洋の風景画に新しい概念を持ち込んだ作品であると、私は評価している。全く関係ない話であるが、四日市の名物に「なが餅」という商品があり、私の好物である。そこの「なが餅笹井屋」の商品の上に、この広重の作品が印刷されている。

東海道五十三次 庄野・白雨 歌川広重筆 天保4年~6年(1833~36)

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このシリーズの中で3本の指に入る不朽の名作である。白雨はにわか雨のこと。強風に大揺れする竹やぶを3段にわけて描き、横なぐりの雨はこまかな斜線にその激しさを表している。この吹きすさぶ豪雨の中に描かれる人物は駕籠を担ぐ2人は平然と他の3人は体をよじ曲げて必死に風雨を防ぎ駆け散じている。この自然と人物の描写が一体になって効果を高めている。雨しぶきに煙る竹林の遠近感が薄墨の巧みな使用法によって見事に表されている。

東海道五十三次大津・走井茶店 歌川広重筆 天保4年~6年(1833~36)

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大津は北越や近江国の産物魚類を船で運び込んでくるところで、毎日市が立ち、その多くの荷が人馬や牛車に積まれて京都へ運送されていた。走井とは、大津と山科の境の峠道である。ここに描かれた走井茶店は、この名を取って餅屋を営む店である。この逢坂峠の茶店に憩を求める人は多かっただろう。現在は、茶店は存在しないが、ここで作られた名物「走井餅」は現在でも大津の名物であり、京都駅でも買える。私の京都土産の定番である。

 

100種類ほどある浮世絵の中で、選び出した10枚は、写楽2枚、北斎1枚、広重の東海道五十三次の7枚となった。北斎と言うよりは、西洋から伝来した「ベロ」の使用例と、特に赤富士の雲の色を述べることに尽きる。正直言って、「ベロ」の使用例は、北斎の「神奈川沖浪浦」を説明する際に、最も説得性が高い。しかし、山種には「神奈川沖浪浦」が無いため、「赤富士」の雲の色を説明するのに「ベロ」の効用を延々と述べたのである。また、東海道五十三次は、必ずしも名画は選ばない、むしろ個人的思い出の強い作品を選びたかったが、「庄野・白雨」は、どうしても外せない1品となった。浮世絵における風景画のジャンルが確立された背景として「ベロ」の使用を述べたが、これは日経2016年8月13日の「プロムナード」から、引用させていただいた。目を開く思いをして読んだこの記事に厚くお礼申し上げたい。また、書いている中に、食べ物の記事になった事例が多いが、私の故郷の思い出に繋がるので、ご容赦いただきたい。

 

(翻稿は、図録「山種コレクション 浮世絵 江戸絵画」、図録「山種コレクショイン浮世絵名品集」、図録「大浮世絵展  2014年」、図録「ボシトン美術館 華麗なるジャポニズム2014年」、図録「写楽 2011年」、図録「大写楽展 2011年」 1995年」、日経新聞2016年8月13日「プロムナード」を参照」した)