御即位記念特別展 正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美(3) 

正倉院展の後期展示が始まったので、国立博物館へ出かけた所、70分待ちで入館できた。奈良の正倉院展も混むが、東京は2度と来る見込みがないためか、大変な人の山であった、1時間以上外で待って、やっと入館できた。今回は、後期展示物の中から名品を選んで解説したい。いずれも奈良時代、唐時代、西域の宝物類であり、多分、私は2度と見ることが出来ない宝物なので、十分楽しんだ。天皇陛下の御即位記念は、「御即位20年記念特別展」として2009年(平成20年)「皇室の名宝」が公開された。2冊の(前期、後期)の図録が残っており、皇室(三の丸美術館等)の保有する美術品が多数掲載されている。前巻は、「近世絵画の名品」、「近代の宮殿装飾と帝室技芸員」、「大和絵屏風の伝統」の3章から成っている。第2部(後期)は「古の美ー考古遺物、法隆寺献納物・正倉院宝物、古筆と絵巻の世界、中世から近世の宮廷美」「皇室に伝わる名刀」の4章に分かれていた・要するに、「正倉院宝物」は代が変わっても、皇室の名宝の大切な一部であったのである。しかし、私は、この平成20年御即位記念展で、一番記憶に残っているのは第2部の「近世の名画」の筆頭に掲載された伊藤若冲の「動植採絵」全30枚である。かねがね、伊藤若冲は辻信雄著「奇想の系譜」で読み、是非「動植採絵」全30枚を見たいと思っていたが、思いがけない機会に、一番見たかったものを見学することが出来、終生忘れえない記憶となった。今回は、「正倉院の世界」を中心に、奈良に行かず、東京で116点の名品を拝観する機会に恵まれ、この上もない感激であった。名品揃いで、法隆寺からも、聖武天皇の皇女・孝謙天皇が、その遺品を天平勝宝8年の7月8日に、法隆寺へ献納され、その宝物も、今回の展覧会に出品され、聖武天皇の遺品がほぼ全部揃ったような、奈良博物館では実行できなかった、前例のない「正倉院の世界」展が、拝観できる機会に恵まれた。この第3回では、「正倉院の世界」展の後期に展示されたものを、取り上げてみたい。

正倉院宝物 平螺鈿背八角鏡 青銅製鋳造 螺鈿 琥珀 トルコ石 中国・唐時代(8世紀) 正倉院

「国家珍宝帳」に記載のある八角形の平螺鈿背鏡。鏡背に夜光貝や琥珀の薄板を貼り付けて、四方に対称に七弁花文を配し、その花文を中心に花葉文および双鳥文を表す。花芯や花弁に配した琥珀の下には淡緑色の彩色が伏されている。また、間地を黒色の樹脂状物質で埋め、トルコ石の細粒を散りばめている。唐鏡と考えられる。

正倉院宝物 銀平脱合子 木製漆塗 中国・唐または奈良時代(8世紀)正倉院

碁石を納めた円形の容器。「国家珍宝帳」に記載された聖武天皇遺愛の品で、紅芽、黒、白の四種類の碁石とともに、同形の容器四合が伝わる。四合いずれも黒漆地に銀平脱の技法で文様を表す。平脱、巻胎とも後世に伝わらなかったが、本品によって当時の優れた技法の粋が知られる。

正倉院宝物 鳥毛、篆書屏風 紙本着色羽毛貼 6扇のうち2扇 正倉院

   

「国家珍宝帳」に記載された六扇一畳の屏風。各扇ともに君主の座右の銘を表す。文字は、二行各八字で篆書体と楷書体を交互に配し、篆書には鳥毛を貼り重ねる。鳥毛には、日本産の雉や山鳥の羽毛が用いられており、本品が日本で製作されたことがわかる。

正倉院宝物 白銅火舎 青銅製鋳造  中国・唐または奈良時代(8世紀)

仏前に据えて香を焚くために用いられたと考えられる火炉。たらい形の炉を五本の脚で支える。炉は現在は黒褐色を呈しているが、青銅(白銅)製と考えられる。小型で、口縁を外反りに作り、側面には二条の突帯を巡らせ、全体を轆轤挽きで研磨して仕上げる。底面の中央には鋳造する際にできた湯口の痕が残る。獅子形をした脚はいずれも明治時代に付けられた後補で、金銅火舎の脚を参考にして作られた。なお、炉の底には東大寺の墨書が残る。

正倉院宝物 胴薫炉 銅製鍛造 中国・唐または奈良時代(8世紀)正倉院

銅製鍛造で全面に透かし彫りを施した球形の香炉。衣服や寝具に香を炊き込めるために用いられた。球形の本体は上下に分かれ、下半部は内部に火皿があり、そこで香を焚く。火皿を支える構造は銀香炉と同様で、三重の鉄輪が火皿と下半部を繋ぎ、球の上下がどのような位置に来ても火皿が常に水平を保ち、香や灰がこぼれない仕組みになっている。

正倉院宝物 紫檀木画槽琵琶 木製、木画、革に彩色中国・唐または奈良時代(8世紀) 正倉院

正倉院に五面伝わる四弦琵琶の一つで、背面の木画など豪華な装飾が施される。四弦の琵琶は、ペルシア起源と考えられており、弦間(上部の弦を納めるところ)より先が曲がることが特徴で、後世の琵琶も同じ形状である。本品の主体部は象牙、緑角、錫など木材以外の材料を用いている。背面の木画は、蓮華、唐花や、花枝を咥えた鴛鴦など左右対称に表現する。

正倉院宝物 伎楽面迦楼羅 桐製彩色 奈良時代(8世紀)正倉院

伎楽で着用する仮面で、迦楼羅(かるら)と呼ばれる役柄のもの。インドの古代神話に登場するガルダに由来する。鳥の頭部に人間の胴体をもつ。のちに佛教の守護神として天竜八部衆の一つとなり、伎楽にも取り入れられた。本品は桐材製で、鶏冠や嘴をもった鳥の形に彫刻されており、嘴の先には法珠を銜える。顔と頭を緑色、鶏冠や頬の肉垂れ、頸、耳の内側を赤色に塗る。正倉院には迦楼羅の伎楽面が五面伝わっているが、髪の毛や人間の耳を持つものなど、面相はさまざまである。

正倉院宝物 漆胡瓶 木製漆塗 銀平脱 中国・唐、あたは奈良時代(8世紀)正倉院

「国家珍宝帳」所載のペルシア風の水瓶。丸く張った胴部に鳥の頭部を象った蓋と注ぎ口が付き、湾曲した把手とラッパ状に裾が広がった台脚を備える。素地はX線透過写真により、テープ状に加工した木の薄板を巻いて成形する巻胎の技法によって作られたことがわかる。内外ともに黒漆塗りで、表面は、銀平脱の技法によって装飾する。本品はササン朝ペルシアで流行していた器形を、東アジアの工芸技法である漆や巻胎を用いて作り、中国・唐時代に盛行した平脱の技法で飾っており、当時の国際交流を示すものと考えられる。なお「漆胡」という名前から、井上靖の「疾呼樽」を推測したが、ペルシャが共通しものかも知れない。(尚、井上靖氏は西域という言葉を使っている)

正倉院宝物 赤胴柄香炉 銅製鋳造 把手に錦・組紐 中国・唐または奈良時代(8世紀) 正倉院

僧侶が手に持って仏前で香を焚き、供養を行う時に用いる仏具。黄銅香炉とほぼ同様の形状と作りだが、本品の方がやや大振りである。朝顔形にした炉は轆轤加工と手加工で精巧に仕上げられており、炉に接合された座は菊花形で、花弁を模した線刻が刻まれる。炉や柄の色味から赤胴と名付けられているが、実際には純胴に近い成分であり、表面を亜酸化銅が覆うことによって赤色を呈していると考えられる。前掲の赤胴合子とセットで使用された可能性が高い。

正倉院宝物 黄銅合子 銅製鋳造 中国・唐または奈良時代(8世紀)正倉院

仏前で香合として使用されたと考えられる塔椀型の金属製容器である。胴部の中央で蓋と身に分かれ、蓋には七重相輪を象った塔形紐が付き、身には台脚が付く。胴部、紐、台脚は別々に鋳造し、轆轤挽きで仕上げる。塔形紐の造作や台脚の接合方法など、基本的には黄銅合子(前掲)とほぼ同じ作りである。法隆寺の玉虫厨子や勸修寺伝来の刺繍釈迦如来説法図などには、僧侶が塔形合子と柄香炉を両手に持つ姿が描かれており、両者はセットで使用されていたようである。

正倉院宝物 白瑠璃碗 ガラス製 ササン朝ペルシャ(6世紀頃)正倉院

表面全体に円形切子を施した透明なガラスの帵。円形切子は合計80個刻まれており、それぞれが相接しているため、亀甲繋のような文様となっている。当初の透明感は保っているため、一つの切子に反対側にあるいくつもの切子が映り、美しい輝きを生み出している。材質はアルカリ石灰ガラスで、器には厚みがあり、内部には気泡が見られる。溶けたガラスを吹き竿に付け、息を吹き込みつつ成型し、回転する砥石で切子を施したと考えられる。

思分 白瑠璃碗 ササン朝ペルシア 6世紀頃 東京国立博物館

ササン朝ペルシア領域で製作された、アルカリ石灰ガラス製のカットグラス。本品は正倉院の白瑠璃碗(前掲)とよく似ており、やや飴色がかった色調と大きさはほぼ同じあるほか、切子の段構成と数が一致するなど共通点が多い。一方、本品では切子が円文になるが、正倉院の白瑠璃碗では切子が重複して亀甲繋文となる。また重さは正倉院の白瑠璃碗の485グラムに対し、本品は409.2グラムと継ぎ目があるにせよ軽い。本品には江戸時代半ばに、現在の大阪府羽曳野市に所在する安閑天皇陵古墳から出土したととされ、のち近傍の正琳寺に納められことが外箱の箱書きから照明される。安閑天皇は6世紀前半に在位し、正倉院宝物が成立した8世紀半ばとは開きがある。よく似た二つの帵は異なる来歴をたどったが、昭和25年10月26日、正倉院での対象調査で巡り合いを果たした。

 

後期出展の品物は、圧倒的に正倉院宝物が多かった。井上靖氏は昭和25年に「猟銃」という小説で、文学界に登場した。私は高校2年生という多感な時期であったが、この「猟銃」には大きく引き付けられた。以来、井上靖氏の小説は、ほぼ発表される都度、愛読してきた。現在は「井上靖全集」で、全作を読むことがしばしばある。さて、本展覧会では「漆胡瓶」で、氏の「漆胡樽」を思い浮かべ、かつ白瑠璃碗で、「玉腕器」を思い出した。多分、西域だとかペルシアとかに興味を持たれたのだと思う。そういう意味でも、思い出深い展覧会となった。

 

(本稿は、図録「御即位記念特別展 正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美」  2019年」、図録「平成5年  正倉院展 1992年」、図録「平成6年 正倉院展 1993年」、現色日本の美術全集全30巻のうち「第4巻 正倉院」を参照した)