徳川美術館(2)  大名の室礼と書院飾り

徳川美術館は、徳川家伝来の宝物を展示すると同時に、名古屋城の二の丸御殿にあった「広間・上段の間」を展示する施設でもある。名古屋城の内部(二の丸御殿)を再現して見物させる仕組みでもある。名古屋城の内部(二の丸御殿)を再現して見物させる仕組みである。この稿では大名の室礼(しつれい)や書院飾り(しょいんかざり)を、美術館内部に再現したものである。

広間・上段の間                   平成16年(2004)

この黄金色に輝く広間は、名古屋城二の丸御殿にあった「広間・上段の間」の再現である。ここは大名が公務を行う場であり、室内には押板(床の間の前身)・違棚・書院床という飾り付けの空間が設けられ、そこには武家の故実にそって、書画や香道具・文房具などが飾られた。床の間、違い棚と言っても、マンション住まいの人が多くなり、なかなか理解を得にくい言葉であるが、写真で見て頂きたい。正面の一番広い所が「床の間」であり、通常掛軸で飾るものである。ここは流石大名家だけあって三幅対の掛軸が掛けられている。これだけ広い床の間は珍しく、一般家庭では、掛軸は一本である。大名家の素晴らしい三幅対の掛軸を堪能して頂きたい。また、床の間の前に青磁三具足(せいじみつぐそく)が並んでいるので、これは別途解説したい。

押板飾り(おしいたかざり)

書院・広間と呼ばれる将軍や大名の接見場の中心となる押板壁(おしいたかべ)と呼ばれる壁面(一般家庭では「床の間」と呼ぶ)には、三幅対の掛軸をかけ、その前には花瓶・香炉・燭台からなる「三具足(みつぐそく)」を飾った中央卓(ちゅおうじょう)と呼ばれる机を据え、その両脇に立花(りっか)による一対の花瓶が飾られている。

青磁三具足(香炉・燭台・花生)

青磁三具足(せいじみつぐそく)(香炉・燭台・花生)・香合(こうごう)・火道具・木製の机を除き、すべて中国の元時代、明時代(16~17世紀)の名品である。

違棚飾り(ちがいだなかざり)

床の間の右側が違棚飾り(ちがいだなかざり)である。銀閣寺の書斎・同仁斎に設けられた違棚(ちがいだな)が、我が国初の違棚である。違棚の上段には、唐物の香炉(こうろ)や香箱(沈箱)などの香道具が乗り、下段には盆石(ぼんせき)や本来食物を収納する容器であった食籠(じきろう)などが飾られた。

書院飾り(しょいんかざり)

書院床は中世の禅宗寺院で僧侶たちが勉強するための出窓(でまど)が起源と言われている。中国の文人たちが心を清らかにしたり楽しんだりするために室内に文具類を飾った例にちなみ、硯や、筆やペーパーナイフを立て掛けておくための筆架(ひっか)・墨・文鎮・水注などを入れておく印籠(いんろう)などが飾られた。

中国明代の墨コレクション(唐墨)        明時代(16世紀)

徳川美術館には、中国や朝鮮、日本で生産された五百挺(ちょう)を超える墨が保存されている・そのうちおよそ八割が中国・明時代の墨で占められている。世界的にも極めて質の高いコレクションとして知られる。この墨は、方芋魯製百子駿(ほううろせいひゃくししゅん)と呼ばれる。

鎖(くさり)の間

名古屋城二の丸御殿にあった、茶室と書院の中間に位置付けられる座敷である。北向きに火灯窓(かとうまど)を設けた付書院(つけしょいん)のある三畳からなる御上段と、七畳の下段(げだん)(復元は3畳分)から成っている。これに続く中の間には、壁貼付け(かべはりつけ)の床が構えられ、炉が切られている。将軍家の使いである上使(じょうし)が訪れた際には、この部屋で茶が出された。

台子飾り(だいすかざり)

茶の道具一式が乗っている台である。明代・江戸時代のものが多い。

 

徳川美術館に再現された、名古屋城二の丸御殿の様子を、常設展として再現したものが、この稿の内容である。最も大名美術館らしい展示である。そこに展示された宝物は、いずれも一級品であり、中国の宋・明代、朝鮮王朝時代、江戸時代の一級工芸品ばかりである。一々、名指しで紹介することはしないが、一級品揃いであることは間違いない。しかし、個々のお宝の紹介よりも、大名屋敷、もしくは名古屋城の室礼を紹介することが目的であり、一度機会があれば、是非拝観して頂きたい。

 

(本稿は、図録「徳川美術館ガイドブック  2017年」、図録「毛利家の至宝 2012年」、図録「二条城展  2012年」を参照した)