春日大社   千年の至宝(1)

春日大社は藤原氏の氏神として、神護景雲2年(768)に社殿が建てられて以来、千二百年余りにわたって続く神社である。約20年毎に神社御殿を造り替えを行い、これを式年造替(しきねんぞうたい)と呼び、昨年(2016年)に第六十次式年造替を行った。春日大社は国宝352点、重要文化財971点と国宝4棟、重要文化財27棟の建造物を所有し、神社の中でも屈指の文化財を保有している。春日大社は、南都焼打ち(1180)や松永久秀と三好三人衆との戦い(1567)等の影響を受けることも無く、神域の森に守られ、本殿や宝庫が焼けることも無かった。平安時代最高の工芸品は春日大社にのみ残っているものが多数あり、春日大社は「平安の正倉院」とも呼ばれている。今回の展覧会では、春日大社の宝物を集め、全国に散在する春日信仰の宝物も出品されて、約1300年の春日信仰を拝観できる機会となった。今回の展覧会では、展示品は250点に及び、展覧会の入場者も極めて多く、若い人も多数参観するという珍しい展覧会であった。春日大社は五殿から成り立っている。最初に四殿が出来、平安時代の末頃(1135)に若宮殿が創建された。元来、藤原氏の氏神であったが、天皇の母君である皇后の氏神であり関白の氏神であるため、春日大社は国家鎮護の神社になり、皇室、関白等の参詣が相次ぎ、都が長岡、平安京へと遷り、数日かけてのお詣りとなり、「春日詣」(かすがもうで)と呼ばれるようになった。今回の展覧会では、「小右記」、「御堂関白日記」、「栄花物語」、「台記」等、第一級の歴史的書物が展示され、それを見るだけでも価値がある展覧会である。(東京国立博物館3月12日まで)

鹿島立神陰図  二条英印作   永徳3年(1383) 南北朝時代 春日大社

奈良時代の初め、春日社第一殿の祭神であるタケミカズチノミコトは常陸国(ひたちのくに)鹿島(かしま)から御蓋山(みかさやま)の山頂に降臨したとされる。鹿島からの道行き、命(みこと)は鹿の背に乗り、春日の「杜」(もり)へと降り立ったという。このことから春日大社では鹿は神の使い、すなわち「神鹿」(しんろく)として神聖視され、今も奈良公園に遊ぶ鹿たちは、「命」を乗せた「神鹿」の子孫とされる。霞で隔てた画面上上段の御蓋山、春日山と月輪、鹿に乗る「命」とそれに従う老壮と壮年の二人、金色の円相、藤原氏を象徴する藤がからむ榊と枝先で揺らぐ五筋の紙垂(しで)など、ほぼ同じような画面構成である。画中に描かれる情報を絞り込むことで、礼拝画的な要素を強く押し出した画像である。礼拝の対称となった神鹿の姿は、日常的に春日に社参できない都の人々の礼拝画として作られたものが多い。

国宝 本宮御料古神宝類 黒漆平文根古志形鏡台 平安時代(12世紀)春日大社

木を掘(こ)じた(堀り起した)ような形からその名がある。「古事記」には天照大御神が天石屋戸に籠ったときに、諸神が天香久山に生える榊を根こじに掘って、上枝に勾玉の玉飾りを付け、中枝にヤタノカガミを懸け、下枝には和幣(こぎて)を垂らしたという記事がある。このような習俗が根古志形鏡台の形式に及んだものと思われる。本宮御料とは、昭和5年(1930)の造替に際して「轍下」(てっか)されたもので、これを契機として昭和10年(1935)に建てられた宝物館に収められたもので、今につながる春日大社の宝物護持の考え方につながる。

国宝 本宮御料古神宝類 紫檀螺鈿飾剣     平安時代(11世紀)春日大社

この刀剣は装飾を略した儀仗太刀(ぎじようたち)の数少ない古代の作例である。飾剣が朝議に参列する際に用いられたのに対し、これは「飾剣代」(かざりけんだい)として通常の行事で廃用された刀剣である。本作品では、平安時代後期における高度に発達した装飾表現と、上古より刀装・刀剣の伝統の結実をうかがうことができる。

国宝 若宮御料古神宝類 金鶴及び銀樹枝   平安時代(12世紀) 春日大社

春日大社若宮殿には金銀製の鶴や樹枝の造物(つくりもの)が伝わる。鶴は金の板を打ち出して作った背部と腹部を合わせて別製の足を指し込む構造である。樹枝は銀板を丸めて作っている。州浜台などに立てたらしく、亀なども付属していたと推察できる。恐らくは蓬莱山をかたどった造物であったと考えられる。なお、若宮御料とは若宮神社から「轍下」された宝物の意味である。

重要文化財  秋草蒔絵手箱      平安時代(12世紀)   春日大社

長方形合口造(あいぐちつくり)の手箱で内部に懸子が付き鏡・蒔絵鏡箱・蒔絵白粉箱・白磁合子などが納められている。表面の意匠は、厚い平目地に薄肉金高蒔絵を駆使して、萩・菊・桔梗・薄・女郎花などの秋草が風に靡く様子が表されている。本手箱は内用品が伴っている点が貴重である。

国宝 本宮御料古神宝類 蒔絵琴  平安時代(12世紀) 春日大社

甲面を研出(とぎだし)蒔絵で装飾した13弦の箏で、金、銀に加え銅粉を蒔くのが珍しく、内蒔や蒔暈(まきぼかし)などの技法も用いた平安蒔絵の再興傑作として知られる。周囲に飾られた宝相華文の螺鈿は多くが剥落しているが、花芯に琥珀を飾り、優美で力強く毛彫を加えた高度なもので、当初の華麗な姿を偲ばせる。

 

(1)では、神鹿及び古神宝類をまとめた。神宝とは祭神の御料、つまり神々の使用される物として奉納された宝物をいう。式年造替の場合、神宝類はその都度新調され、その際に役目を終えた旧神宝を社家などに下す「撤下」(てっか)という習わしがあり、この撤下された神宝を「古神宝」と呼んでいる。春日大社に伝わる古神宝は、本社に奉納された「本宮御料古神宝」と若宮(わかみや)に奉納された「若宮御料古神宝」の二つに大別される。古神宝は、平安時代における工芸技術の水準の高さを示している。「平安の正倉院」とも呼ばれる所以である。

 

(本稿は、図録「春日大社  千年の至宝  2017」、図録「春日大社の神々の秘宝 2012年」、原色日本の美術全30巻のうち「第16巻 神社と霊廟」を参照した)