春日大社  千年の至宝(2)

本殿が創建されてしばらくののち、長岡京、平安京と都が遷り、大和の地は古都(南都)として認識されるようになった。しかし、春日大社は藤原氏の氏神としてこの一門の崇敬を受け、ますます発展を遂げた。当時は数日かけてのお参りで、こうした春日への社参は「春日詣」(かすがもうで)と呼ばれ、他の社寺への参詣と一線を画す特別な機会とされてきた。春日を氏神として祀る藤原氏の春日詣は数知れず、有名な事例としては、藤原道長の「御堂関白記」(みどうかんぱくき)に見られるように、藤原氏の氏の長者たる摂関家の当主は生涯において何度も春日詣をしたが、これは自らの地位を内外に知らしめる重要な機会であった。春日詣は藤原氏のみならず天皇や上皇によっても行われた。春日大社は藤原氏の氏神から、国を守護する神として改めて認知されていくのである。

春日宮曼荼羅 二条師忠作(一説)鎌倉時代(13世紀)奈良・南市町自治会

春日曼荼羅のなかには、神と仏が一体であるとする本地垂迹思想に基づき、本社、若宮の本地仏を描く作例が多く見られる。その対応関係は第一殿・釈迦如来、第二殿・薬師如来、第三殿・地蔵菩薩、第四殿・十一面観音、若宮・文殊菩薩である。本図は大幅の一枚絹に描かれた、春日曼荼羅中最大規模をほこる作例である。一の鳥居を起点として金色の参道が通り、左手に東西両塔を見て、参詣の道筋が良く描かれている。画面上部には三蓋山、春日山、若草山が配列さえれている。この山並みに本地仏が、五体配列されているが、これは珍しい特徴である。慶長19年(1614)には、南市の春日講本尊であったことが確認されるが、制作者は二条師忠との説がある。

春日浄土曼荼羅  鎌倉時代(13世紀)  奈良・能満院

画面下部に二乃鳥居以東の春日社殿を、上部に本地仏とその浄土を截金(きりかね)を使用して壮麗に描き出した優品である。春日の神域が仏国土であることを直接的に視覚化したもので、中央に第一殿本地釈迦如来の霊山浄土等を表したものである。

重要文化財 四方殿舎利厨子  室町時代(15世紀) 奈良・能満院

木製、基壇・軸部・屋蓋から成る宮殿(くでん)形厨子である。総体を黒漆塗りし要所に朱漆と彩色を施す。軸部四方の扉奥には、春日神鹿御正体・三面火焔宝珠・大般若経宝幢・五輪塔形の金堂金具を装着し、仏舎利や木彫仏を納めた板をはめている。各種の舎利信仰の意匠を凝らし、精緻な技術を用いた、集大成ともいうべき作品である。この厨子に関して、興福寺大乗院第27代門主である尋尊(じんそん)の記録「大乗院侍者雑事記」に見える。各部分の作者も明らかである。

鹿座仏舎利  慶安5年(1652) 江戸時代(17世紀) 春日大社

白雲に坐した鹿の鞍の上には榊が立ち、その葉叢には円相の舎利容器を安置している。鹿が見にまとっているのは通常は馬につける鞍の皆具(かいぐ)であり、これを装具した鹿に榊という組み合わせは、一連の鹿曼荼羅と共通するものである。他にも鹿の足元の白雲、榊にからむ藤、その枝先に垂れる御幣(ごへい)、榊の根元に巻き付けられた布、外容器に描かれた日輪のさし昇る春日山など、通常鹿曼荼羅図に描き込まれる要素のほとんどが、集められている。外函の添状により、慶安5年(1652)に興福寺の僧侶から、金剛経とともに若宮へ奉納されたことがわかる。

春日権現記絵(春日一巻本) 伝冷泉為恭筆 絹本着色 江戸時代(19世紀)春日大社

春日信仰の一つの集大成が、鎌倉時代後期に成立した「春日権現記」(かすがごんげんき)である。春日の神々への信仰は、多くの美術を生み出してきたのである。この絵は、春日権現記の一部であり、二乃鳥居を経て南門に至る社頭の風景である。小浜藩主酒井忠義(さかいただあき)が冷泉為恭(れいぜいためちか)に春日権現記の一部を写させ、「寄贈」されたものだという。

競馬衝立(部分) 文久3年(1683) 江戸時代(17世紀)春日大社

春日社の式年造替に際して新調される衝立で、文久3年(1683)の式年造替時に調進され、若宮社に置かれたものと考えられる。神事としての競馬が、表裏両面に描かれる。故実にならい、騎手の衣装の色を赤と青に分けて戦う。片面には視線を交わし出走の間合いをはかる騎手たちの図である。相撲で言えば立ち合いの場面である。古くより宮中行事として行われていた競馬を描く衝立である。

獅子・狛犬(第一殿) 木造・彩色  鎌倉時代(13世紀) 春日大社

   

神社や寺院の入口の左右に置かれ、普通には狛犬と呼ばれるが、頭頂に角があるのが狛犬、無いのが獅子である。奈良時代までは獅子一対であったが、平安時代以降は獅子と狛犬の一対であることが多い。春日大社の第一殿の前に置かれていた。外気に触れる環境に長年置かれていたため破損も多く、第60回次造替時に本殿を離れて保存されるようになった。この2躯が、最も優れ、制作時期が古いと考えられる。ずんぐりとして、筋肉の起伏をみせる体つきは鎌倉時代の特徴である。

春日大社にまつわる宝物は多々あるが、ここで選んだ宝物は、特に私が好んだ物である。なお、武具、鎧など是非紹介したい物も多いが、2016年11月に、私は春日大社に参詣し、併せて「新宝物館」も拝観しているので、後日、そこで拝観した武具、鎧等を招介したい。

(本稿は、図録「春日大社 千年の至宝」、図録「平安の正倉院 春日大社の神々の秘宝 2012年」、現色日本の美術「第16巻 神社と霊廟」を参照した)