東京国立近代美術館 館蔵名品展(2017年春・夏)

東京国立近代美術館は、地下鉄竹橋駅近くにあり、交通の便も良いので、毎年2回は訪れる。展覧会の開催に合わせて、館蔵品名品展(略称MOMAT展)を行っている。展覧会よりも館蔵名品展を見る機会が多い。明治から昭和にかけての日本の名作を見るのが楽しみである。明治・大正・昭和の名品が多数(3,000点以上)保管されているが、興味を持つ作品は多分同じである。今回7作品を取り上げたが、過去に取り上げていることもある。「私の好きな作品」ということで、ご理解頂きたい。

重文 騎龍観音 原田直次郎作  1890年(明治23年) 護国寺蔵

明治になり、日本の画家達は、西洋絵画に倣って遠近法や陰影描写を取り入れ始めた。この作品は、受容の初期を代表する作例である。観音の前面は月に照らされて白く輝き、背面は龍の炎で照り返してほんのり赤く染まっている。雲の下にのぞく島影は日本列島だろうか。当時は「サーカスの綱渡りのようだ」と酷評もあったが、これを擁護したのが親友の森鴎外であった。ちなみに本作品は原田自身によって東京の護国寺に奉納され、1979年に東京近代美術館に寄託されたものである。長く護国寺の本堂に掲げられていたそうである。作者は江戸小石川(現東京都文京区)の生まれ、東京外語学校(現東京外語大学)を卒業後、高橋由一などについて油彩画を学び、ドイツに留学した経歴がある。2007年度に重要文化財に指定された。

重用文化財 行く春 屏風 六曲一双 川合玉堂作 1916年(大正5年)        右隻                      左隻

画家は前年の秋とこの年の春浅き頃に秩父へ旅行、長瀞から4里の川下りを楽しんでいる。そのおりの自然の大景観が制作のモチーフになっていると言われる。ここに描きだされているのは、対岸の巌にあわい光が映え、その照り返しに水のぬるみも感じられる桜花散る爛漫の春の景である。3艘の水車舟は川下りの観光船ではない。いずれも岸につなぎとめられ船の中では、水車を利用して穀物がひかれたのであろう。

バラと少女 村山槐多作 油彩・キャンパス 1917年(大正6年)

大きなバラが咲き乱れ、背の高い草の葉が風に揺れている。そんなうっそうとした場所に、頬を真っ赤に染め、口を半開きにした少女が立っている。凹凸をなるべく少なくし、丸太のように単純化された少女の胴は、まるで大木の幹にように描かれている。思春期を迎え、恋や性に目覚めつつある年頃の少女が、ここでは自然に同化したかのように描かれている。いわば、少女は、自分の中の自然の呼び声に気付きつつあるのである。私の好きな絵画である。

重文 湯女(ゆな)土田麦僊作絹本着色・屏風二曲一双 1918年(大正7年)

画面を覆い尽くす松の樹冠と藤の花の隙間からさまざまなものが見える。まず目に入るのは、真っ赤な襦袢をまとい縁側に横たわる湯女である。三味線を持つ別の湯女もいる。山並みや岩場を流れる渓流も見える。渓流や三味線は音の描写でもある。麦僊によれば「人間の生の力が湯女で表現されるように、自然の力は初夏で表現される」という。手前には雉の番(つがい)も見えるが、奥側の湯女に較べるとあまりにも小さい。つまり本作では、さまざまな視点から見られた空間がつぎはぎで構成されているわけである。しかもそのつなぎ目自体は、松や藤が色と形のバランスを調整しながら(つまり装飾的に)配されているのである。装飾性と空間表現との融合を目指した本作は、個性表現を主張して結成された国衙創作協会の第1回展で最も注目された作品であった。

重文エロシェンコ氏の像 中村彜作 油彩・キャンパス 1920年(大正9年)

モデルのヴァシリー・エロシェンコは、現在のロシア連邦に生まれ、鍼灸治療を学ぶために来日した。日本では文筆家として活動し、一時は新宿中村屋に身を寄せていた。本作を彜(つね)は、友人の画家・鶴田吾郎とイーゼルを並べて描いた。明暗のコントラストが強い鶴田の「盲目のエロシェンコ」(中村屋蔵)と比べると、本作が、薄く溶いた茶の絵具でやわらかくまとめているのは、彜がルノワールに心酔していたかわだろう。独自の表現として、額にかかる髪は比較的くっきりとしているのに対し、側頭部の巻き毛は背景に溶け込んでいる。いわば写真のピントの要領で、彫りの深い顔や頭部の量感を描き出しているのである。

舞妓林泉図 土田麦僊作 絹本着色・額  1924年(大正13年)

国画創作協会第4回展に出品された土田麦僊37歳の時の作品である。京都南禅寺の天珠庵の庭を背景に舞妓を描いているが、風景も人物も、画家の求める厳格な構成秩序のうちに平面的に様式化されている。麦僊自身はこの絵の制作意図について次のように語っている。「只純絵画的の眼」の仕事だと語り、さらに「若し私の遥かに求めている憧憬や、緊密な構成、自然の持つ美しい線、色、或いは日本民族に流れている優美等が幾分でも表現できていれば満足です。」ヨーロッパ遊学の重要な成果と考えられている。

春秋波濤 加山又造作  紙本彩色 六曲半双 1966年(昭和41年)

屏風は絵画的な装飾美を発揮するのにふさわしい形式であり、京都の西陣織の衣装図案を業とする家に生まれた加山又造のなかにある装飾的様式美の展開が、堰を切ったようにくりひろげられたに違いない。私は、一見して、現代の琳派であると感じた。春と秋を一つの空間におさめるというのは、一つの宇宙観の表現である。日本人の中にある東洋仏教の教えは、肉化されて、ここでは抹香臭く無く、むしろ一つの美意識に昇化されていると言って良いだろう。図録でも「琳派的にみやびであろう」と、賛美している。

 

日本近代の日本画・洋画を7点見たが、いずれも優れており、優越つけがたいが、私の好みで言えば、最後の加山又造氏の「春秋波濤」を第一に挙げたい。琳派の現代版であり、400年に亘って流れてきた美の伝統が、この作品に見事に表現されている。

 

(本稿は、図録「名品選 国立近代美術館のコレクションより」、図録「近代日本の美術」を参照した)