燕子花図と夏秋渓流図

根津美術館の至宝ともいうべき国宝・燕子花図と夏秋渓流図が、今年は同時公開された。期間は4月12日より、5月14日までの約1ケ月間であるが、根津美術館が一番華やぐ1ケ月間である。尾形光琳と言い、鈴木其一と言い、日本琳派を代表する画家である。琳派と呼ばれる画家群の著しい特徴は、古来からあった日本独特の装飾性と調和感覚を、率直大胆に純粋の立場でみずみずしく発揮したところにあり、その点では宗教性や物語性を否定して、純粋な美術として伸びてきたのである。しかし、このような形の美術を生み出す適切な母胎が必要であった。その母胎となったのは、日本の近世の幕を切って落とした根本の勢力と言ってもよい京都を中心とする新興ブルジョジーである。これらの富商階級は、当時は町衆という名で呼ばれていたが、町衆は応仁、文明の乱以後、急速に富力を増し、実力を失った足利幕府にかわった自治能力をも備えてきた自由な階層であり、彼らは没落した宮廷貴族を保護することによって、富力という現実の地盤の上にさらに日本の古典文化の教養を移し入れ、独自の町衆文化を作り出していったのである。桃山文化全体が、こうした町衆文化の背景に根ざし、いきいきとした自由さに支えられたものだったが、時代の主勢力が桃山から江戸にうつり、徳川政権が次第に堅固な藩政をしいて封建的な支配体制をつよめるようになると、これらの町衆は、江戸幕府に対抗する京都宮廷と密接につながって、文化の上で一つの強力なサークルを形成するにいたった。この結びつきは、江戸幕府の政治勢力に対して、文化的実力で対抗しようとした点で、いっそ強いものとなり、事実、近世初頭において、貧弱な江戸文化とは比較にならなぬ高度の文化的成果を続々とあげていったのである。この宮廷と町衆の結合体が生み出したと言って良い名高い修学院離宮や、桂離宮の造営をはじめ、華道や香道の確立、文学や芸能の高い洗練など、その実情をみていただければただちに納得できる事柄である。今回は、根津美術館が保有する琳派の名品を通して、見てゆきたい。

四季草花図屏風  伊年印  六曲一双 紙本金地着色 江戸時代(17世紀)

「伊年」の記の捺された草花図屏風は数多くの作例が現存しているが、本図はその代表となる作品である。「伊年」の印は、作風を異にする多くの作品に捺されている。つまり一人の画家の印ではなく、俵谷宗達(生没年不詳・17世紀の江戸で活躍)の工房内で商標のように用いられた印と推則される。六曲一双の画面いっぱいに金地が透けるように濃淡を微妙に変えた絵具で、約70種の四季の草花が左右に傾きながら植物ごとに株をまとめて右から春夏秋冬の季節の流れに沿って描かれている。手前には背の低い花を配し、上部には空間をあけることで野の広がりが生み出されている。本図は完全に無背景で、土埕も描かれず、草花はほぼ均等に併置されている。「伊年印草花図」の初期の様相を良く示している。

重美 桜下蹴鞠図屏風 紙本金地着色 六曲一双  江戸時代(17世紀)

向かって右隻には、四本の桜の樹に囲まれた懸りあるいは鞠壺(まりつぼ)と呼ばれる場所で、公郷や僧侶、稚児ら8人が蹴鞠に興じる姿を、左隻には、垣根の外の周辺の水辺に近い場所で主人を待つ従者たちを描いている。静かに鞠を追う高貴な人々の優雅さに満ち、一方、待ちくたびれてあくびをする者までいるお供たちはユーモラスである。幾何学的な構図と、飄逸にしておおらか、しかし優美な人物の表現と併せ、寛永年間に宗達周辺で、制作されたと考えられる。宗達は、もともと、富裕な階級の出身であったと考えられている。上層部が抱く公家文化への憧憬が、こうした公家風俗画のベースにあるようにも考えられる。同じ図様の作品が少なからず知られており、その愛好がうかがえる。

国宝 燕子花図屏風 尾形光琳筆 紙本金地着色 六曲一双江戸時代(18世紀)

咲き乱れる燕子花(かきつばた)だけを群青と緑の鮮烈な色彩で描いた。ひとまとまりの花群がいくつかの箇所で同じ形態であることが指摘されており、反復して繰り返し花が絵がかれている。これは染職における花模様の反復を応用したものと言われる。尾形光琳が京都の高級呉服店の生まれであることと関係があるのであろう。燕子花だけを描く花鳥画であるが、「伊勢物語八橋図」に描かれた八橋の段をより純粋に絵画化したと思われる。さらに「かきつばた」の五文字を折り込んだ業平の詠歌そのものを絵画化したとも考えられている。八橋における旅僧の前で杜若(かきつばた)の精が、業平の詠歌の力で成仏したことを語り舞う「杜若」を主題としているとの意見もある。

夏秋渓流図屏風 鈴木其一筆 紙本金地着色 六曲一双 江戸時代(19世紀)

檜の太幹に蝉がとまり、紅葉した桜の葉がまさに水面におちつつある夏秋の光景である。大画面のなかで鮮烈な色彩の対比と水流などに見られる形態感覚に、其一の個性が余すところなく発揮されている。京都画壇の重鎮、丸山応挙の絶筆「保津川図屏風」に見られる水が湧出してくるかのような表現を喜一は知っていたのではないだろうか。檜と山百合、熊笹の大きさの比例関係は無視されて、白昼夢を見る光景となっているとも言われる。樹幹やギザギザした岩にアメーバーのように張り付いた苔の緑が無限に増殖していくという神経を逆なでするような形態感覚がくどうほどに描き込まれている。この屏風を目にすれば、せせらぎと蝉の声が一瞬消えた後に、無音となって凍りついた時空間が現れる。其一渾身の力作である。

夏草図屏風 尾形光琳筆 紙本金地彩色 二曲一双  江戸時代(18世紀)

画面の右上から左下にかけて、晩春から夏にいたる三十種類近い草花が、濃厚な彩色と豊富な金泥によって華麗に描き出されている。本作品の魅力は何と言っても、二曲一双を通じての大胆な対角線構図であり、それにさまざまな視覚効果が生まれている。たとえば屏風下辺でトリミングされた左下の水生植物は自ずとやや俯瞰する視点、本作品の主役ともいうべき紅白の立葵は正面視、右上の春の草は仰ぎ見る視点が感じられ、それは「燕子花図屏風」の左右隻における視点の変化と似ている。金屏風における光琳の草花図のひとつの到達点と言えるかもしれない。

白楽天図屏風 尾形光琳筆 紙本着色  六曲一双  江戸時代(18世紀)

神物の能「白楽天」に取材した作品である。唐の太子の宣旨を受けた白楽天が日本の知恵を計ろうと海を渡ってきた。漁翁の姿の住吉明神が適当にあしらい、日本には和歌や唐に劣らぬ文明があることを示し、白楽天を神風で吹き戻すというストーリー。本図の場面は、白楽天が即興で「青苔衣を帯びて巌の肩にかかり、白雲帯に似て山の腰をめぐる」と、筑紫の海の情景を見事に漢詩で表すと、即座に住吉明神が、「苔衣着たつ巌はさみなくて、衣着ぬ山の帯をするかな」と返歌を返したところを絵画化したものである。横長の画面に漁翁と白楽天が対峙し、船の異様な傾きによって円環的な動きを生じさせる劇的な光景を強調している。

銹絵梅図角皿 尾形乾山作 尾形光琳画 一枚  江戸時代(18世紀)

白化粧した四角い皿の見込みに、銹絵で光琳が梅を描き、林和靖(りんなせい)の詩を乾山が書している。幹のフレームアウトと、垂直や対角線を強く意識した枝の構成、画面中央の枝の真下にほどこされた署名、そして味わい深い書風による漢詩。銹絵具による陶器への絵付とはいいながら、賛のある色紙形の優れた水墨画を見る感覚である。光琳が乾山に本格的に参画するようになったのは宝永6年(1709)江戸滞在を終えて京都に戻ってからであると考えられる。

重文 銹絵染付金彩替土器皿  尾形乾山作  五枚 江戸時代(18世紀)

鉄分の多い土を用い、轆轤を使わず手で形成した五枚の皿。それぞれの意匠に合せて一部を櫓化粧して下地の文様を作り、その上に銹絵具と呉須で絵付けをしてから透明釉を掛けて焼き、更に金彩をほどこしている。下地の梅文様のなかに繰り返される梅、陽光にきらめく海を行くいくつもの帆掛舟、流れる秋の雲を背景に風に揺れる雄刈萱(おがるがや)満月に照らし出される薄、冷たい流水に舞い落ちる雪。日本的な季節感や情緒がすぐれたデザインに昇化され、巧みな筆致であらわされている。

目連棕櫚芭蕉図屏風 伝立林何帠(たてばやしかげい)筆 紙本墨彩画 江戸時代(18世紀)

中淡色を主体にわずかに淡彩を加え、白目連と黄色い花をつけた棕櫚、大きな葉を広げる芭蕉を描く。棕櫚の細い葉にいたるまで、ほとんどのモチーフに「たらし込み」と呼ばれる水墨の滲みをいかした手法が用いられる。光琳の名である「正祝」(まさとき)の印が押されているが、光琳画とは考えにくく、江戸で尾形乾山に学び、光琳三世を継いだとされる立林何帠の筆と見られている。

七夕図 酒井抱一筆 絹本墨画淡彩  江戸時代(18~19世紀)

酒井抱一(1761~1829)は、姫路藩主酒井家の二男に生まれるも、37歳の時に剃髪得度し、以降若い頃からたしなんでいた俳諧と書画に邁進して、ついに江戸文化のリーダーの一人になった人物である。出家後、絵画では尾形光琳の作品に大きな影響を受け、やがて江戸琳派とも呼ばれる。麻のひもに五色の糸が掛り、その下の角盥(つのだらい)には梶の葉が浮かぶ様子を描く。陰暦7月7日の夜に牽牛、織女の二星を祭り、手芸や芸能の上達を祈願した七夕祭りの飾りである。

根津美術館のカキツバタの生える池

根津美術館の庭園の一番下にカキツバタの池がある。5月6日はカキツバタの花の一番美しい季節であった。大勢の観客が、この池の廻りに集まり、写真を撮っていた。これほど綺麗に咲いたカキツバタは珍しい。

 

根津美術館が保有する琳派のほぼすての絵画や、一部の陶器が出品され、今年の燕子花図展は賑やかであった。毎年、五月には根津美術館が大勢のお客さんで賑う。昨年は出品作が少なく、私はあきらめて見学しなかったが、今年は見学者が多く、毎年の五月らしい賑わいを見せた。尾形光琳の「カキツバタ図屏風」と、鈴木其一の「夏秋渓流図屏風」を並べて展示する見せ方は素晴らしかった。鈴木其一は、酒井抱一の弟子で江戸琳派を飾る名画家である。昨年、「鈴木其一展」を開催され、私は「今に鈴木其一が若冲より人気を凌ぐ画家になるだろう」と予言した。中々、「鈴木其一展」の展覧会は難しいが、五月に是非根津美術館で「カキツバタ図屏風」と「夏秋渓流図屏風」を展示して頂ければ、必ず「鈴木其一」ブームはやって来ると思う。

 

(本稿は、図録「琳派コレクション 2013年」図録「KORIN展 2012年」、図録「大琳派展  2008年」、河北綸明「日本美術入門」を参照した)