畠山記念館  茶の湯のことはじめ

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畠山記念館は、お茶道具の優れた所蔵品を有する個人博物館である。何時もの常客は、お茶を嗜むご婦人方が多い。今回も、常連客が多いが、その中に混じって中学生、高校生がいたのが目立った。チラシには「これからお茶の湯に触れたい方 茶の湯は少し敷居が高そうと感じていらっしゃる方におすすめ」と書いている。そういう意味では、あまり行く気がしない展覧会であったが、思いがけない名品の数々が展示されており、満足感の高い展覧会であった。中学生や高校生は、夏休みの自由研究のテーマに「お茶の湯研究」を取り上げたのであろう。熱心にメモを執る風景が何時もの展覧会とは異なっていた。(7月30日より9月11日まで)

赤楽茶碗 銘 早船  楽長次郎作         桃山時代(16世紀)

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初代長次郎の赤楽茶碗である。長次郎七種に数えられる赤楽茶碗では、これが現存する唯一である。この茶碗は薄造りで、口縁はやや内に抱え込み、胴はまっすぐで、腰のあたりは丸みを帯び、小さな高台が付いている。口縁から腰回りまで長い貫入があり、黒漆の繕いを施している。赤土の素地に黄身を帯びた赭釉が掛り、潤いのある艶を見せる一方、高台際は直接火を受けたかのように見える。胴から高台に向かって、山形に青鼠色の釉が流れて独特の景色をなしている。「早船」の銘は添状に見えるように、利休が茶会で細川三斎らに質問を受けた際、高麗から早船で取り寄せた、と答えたとされることに因む。内箱蓋表貼紙「者やふ年」(はやふね)利休、内箱蓋裏貼紙「此書付利休自筆」、中箱蓋表貼紙「早舟」(竹倉竹翁)付属文書として、利休書状が有る。利休が、最も愛した茶碗として名高い。赤楽茶碗として、一度見てみたい作品であり、感激した。

禾目天目茶碗(のぎめてんもくちゃわん)    南宋時代(12~13世紀)

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禾目天目は、窯変によって黒釉地に銀色が発色し細長い線が走っているのを、稲の禾に見立てたことから言う。この茶碗は、「ゆてきてんもく」と箱書きにあるように、油滴天目として伝来する茶碗であるが、油滴班は流下して禾目状の斑文が現れており、むしろ禾目と分類するのが妥当であろう。おそらく禾目より格の高いものとされた油滴に見立てられたものと考えられる。口縁下をわずかに締め、口縁を端反りにした天目形であるが、胴から腰にかけてやや丸みがある。口にかけられた覆輪は金である。これも優品であり、一度是非拝見したい作品であった。

雨漏手堅手茶碗(あまもりかたでちゃわん)       李朝時代(16世紀)

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雨漏は、使用する間に釉肌に生じた雨漏りに似た滲みのある景色を特色とするが、雨漏堅手は特に磁胎のものを指している。たっぷりとした碗型の茶碗で、竹節状に削り込まれた高台は褐土の土味を見せ、高台内にくっきりと兜巾が目立つ。見込みは深く、目跡が四つ見られる。全体に失透性の卵殻色の釉が厚くかかり、粗い貫入を生じている。請来された高麗茶碗が雨漏の特徴を持つに至る年月と伝来の現れであり、これを尊んだ茶人たちの審美眼が想起される。鴻池家に伝来したものである。

黒楽茶碗  馬(ば)たらい  楽一入作    江戸時代(17世紀)

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楽焼の天形的な型の一つである平茶碗で、その形を馬の餌桶にたとえて「馬たらい」と呼ばれるものである。胴部を少し絞り、口縁は僅かに内側に寄せている。見込は鏡をつけ、高台と高台脇は一部黒釉が掛るが土見で、削り出した箆目がはっきりと残る。高台内にはよく削り込まれ、渦巻状の兜巾を付けている。一入の特徴とされる朱釉が内にも外にも見られる。全体に釉腐に巣穴が生じており、光沢の少ない侘びた趣をもつ茶碗となった。楽一入は、楽家四代一入(1640~1696)で、父の道入(ノンコウ)が光悦の影響を受けて作為の強い個性的な茶碗を造ったのに対し、初代長次郎の作風に似た、端正な形の茶碗を多く制作している。黒楽茶碗の銘曙がある。

呉須山水沓形茶碗(ごすさんすいくつがたちゃわん)   明時代(17世紀)

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口部が端反り、楕円に歪み、大振りな高台を持つ茶碗である。不透明性の白釉が器全体と高台内まで厚く掛り、高台内に数か所火割れが生じている。畳付は箆削りにより白い素地を見せている。胴と高台周囲には渋い色調の染付による絵付けが施され、胴には山水、楼閣、樹木と人物、高台には流水、橋や土坡の文様が簡略化され、軽快な線描で描かれている。こうした山水楼閣の略画は、禅林で尊ばれた山水軸と同じ構成であること、また古染付が鮮やかな発色と異なる趣きを持つことなどから、日本より中国に注文されたものの一つと考えられる。松平不昧公に伝来したものである。

瀬戸茶入  銘滝浪(たきなみ)        室町時代(15世紀)

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瀬戸金華山窯、滝浪手本歌の茶入である。口は丸みを帯び、甑は撫肩で、胴は少しくびれて全体に轆轤目が巡っている。渋い茶褐色の肌に、黒釉が上方から肩を覆うように掛けられ、そこから一条のなだれが裾のあたりまで至っている。この景色に因んで小堀遠州が「滝浪」と命銘した。寛政の頃、相模屋儀兵衛の取次にて千両で不昧公のもとに収まった。不昧公は「雲州蔵帳」の中で、この茶入を「中興名物之部」に入れている。不昧は、所持する茶道具を「宝物之部」、「大名物之部」、「中興名物之部」、「名物並之部」、「上之部」の五段階に分けて、道具を格付けしていた。その後、更に「中之部」、「下之部」、まで七段階に分けている。

芙蓉に鶉(うずら)図  酒井抱一作  12幅の内(8月) 江戸時代

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抱一の作品の中に、十二ケ月花鳥図と呼ばれる十二図一組の作品群がある。現在、十二福揃いのものが、宮内庁三の丸尚蔵館本、米国プライス氏蔵本、米国ファインバーグ氏所蔵本、畠山記念館の四組と、十二図を六曲一双の押絵屏風に仕立てたものが二例知られている。各月にちなんだ花と鳥とを十二図に描く十二カ月花鳥図のテーマは「定家詠十二か月花鳥歌絵」として伝統的な画題であり、狩野派や土佐派を中心に、光琳、乾山らも手掛けている。しかし抱一は、その伝統を基本としながらも、自由な十二ケ月花鳥の取り合わせを行い、自身の画風を生かした情緒豊かな作品を作り上げている。本作は8月を表す軸である。

真夏の本館  畠山記念館の四季(夏)

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畠山記念館は3階館ての建物であり、展示室は2階、1階は受付、事務所で、地下1階は講堂、保管収蔵庫等である。それほど広い庭では無いが、春は桜、秋は紅葉の美しい庭であり、茶室も多い。この写真は、夏の本館を庭から写したものである。

 

「これまで茶の湯に触れたことがない方はもちろん、日々嗜んでおられ方にも、茶の湯の魅力を発見する機会になれば幸いです。”茶の湯の世界は堅苦しくて難しい”と敬遠することはありません。たくさんの驚きと感動にあふれることうけあいです。」これが、今回の「茶の湯ことはじめ」の紹介文であった。あまり肩もこらず、気分も軽やかに出かけたが、思いがけない名器に巡り合い、長年是非身近に見たいと念願していた茶椀や茶入や茶杓が並んでおり、長年の思いを達することが出来た。興味の順番で言えば、黒楽茶碗 銘早船 楽長次郎作、禾目天目茶碗 南宋時代、黒楽茶碗 馬たらい 楽一入作等であるし、総じて名器が多かった。中学生や高校生が「床の間」「伝来」「名物」など茶の湯に関するキーワードを、丁寧に筆写している様を見て、良い「自由学習になっただろう。少し難しいかな」等と思った。一人一人の感動であろう。

 

(本稿は、図録「與衆愛玩  壱」、図録「與衆愛玩 畠山即翁の美の世界」、図録「與衆愛玩  琳派」、図録「大名茶人 松平不昧の数寄 雲集蔵帳の名茶器」、千宗屋「茶 利休と今をつなぐ」、を参照した)