素心伝心 クローン文化財 失われた刻(とき)の再生

シルクロード特別記念展として、東京芸術大学で、クローン技術を利用した文化財の展示会が開催されている。現代社会において文化財保護は厳重に保管される一方で、強く公開が求められている。この保管と公開の両立という課題を解決するため、東京芸術大学では芸術と科学技術の融合による高精度な文化財の複製「クローン文化財」の技術開発に着手した。「クローン文化財」とは、最先端のデジタル技術と伝統的なアナログ技術を融合し、人の手技や感性を取り入れることによって、単なる複製ではなく新たな芸術を生み出すことを目指している。文化財のクローンをつくることで、劣化を避けるためにオリジナルの公開を制限しながら、常時オリジナルと同価値、あるいはそれ以上のものを公開できるという発想である。コピーやレプリカと訳されるような単なる複製品ではなく、オリジナルと同素材、文化的背景など芸術のDNAに至るまでを再現する、まさしく文化財のクローンなのである。今回、芸大が総力を挙げて、「シルクロードの文化財」のクローン文化財を造り上げ、それを公開展示したものである。(なお「クローン文化財」を理解するためには、今回の図録を購入し、熟読されることをお勧めする、)本展覧会では古代シルクロードの各地で花開いた文化を代表する遺産をクローン文化財として甦らせる企画である。絹の道シルクロードは仏教の道である。インドで生まれた仏教は、シルクロードを通ってギリシャ、ローマ、イラン等の文化と融合し、グローバルな文化様式が生まれ、さらに中国において大きな変容を遂げ、東アジア仏教美術の様式が形成された。現在、シルクロードの文化財は様々な危機に直面している。実物を鑑賞することが難しい作品が多数ある。このクローン文化財の一部は、展覧会終了後、故国に「帰還」する予定である。シルクロード美術の伝統は残念ながら多くの地域で途絶えてしまったが、その終着点である日本では幸運にも今日まで継承してくることができた。「クローン文化財」の展示は「浮世絵のクローン文化財」展として「ハイカラー覚醒するジャポニズムーボストン美術館スポルデイング・コレクション」展(2015年4月)、「G7伊勢志摩サミット」(2016年5月)で、「バーミヤン東大仏天井壁画のクローン技術による復元」展示を行って好評を博している。

法隆寺金堂壁画         2014年開催「別品の祈りー金堂壁画ー」

法隆寺金堂壁画は文句なく、わが国の壁画の最高傑作である。その制作年代については、各種の意見があるが、芸大の意見としては、法隆寺の焼失後、金堂が再建されたのが、和銅4年(711)までには完成し、それと共に壁画も、それまでに完成していたとの見解であり、以後この説に従う。しかし、金堂壁画は、昭和24年(1949)1月26日に、壁画の模写中に火事を起し、焼失した。損傷した壁画は建築資材と共に、収蔵庫に収められている。今回展示された「法隆寺金堂壁画」は、損傷前に撮影されたガラス乾板やコロタイプ印刷、鈴木空如(秋田県仙北市)らの模写等、あらゆる美術資料を参考にされた。集めた資料をもとにすべての壁画資料をデジタル化し画像を統合していった。画像の編集と印刷のみデジタル技術に頼り、それ以外の質感再現や彩色仕上げは、伝統的な方法を用いることで模写技術は承継された。昭和の再現模写において発生した作業者の技術差や感覚差による完成模写の恣意的差異を限りなく小さくすることが可能となった。かくして完成した「法隆寺金堂壁画」は、2014年春に「別品の祈り」と題して公開された。この写真は、この2014年の「別品の祈りー法隆寺金堂壁画ー」の写真である。

法隆寺金堂の釈迦三尊像                 クローン像

法隆寺金堂の釈迦三尊像のクローン像である。但し、脇侍仏が左右入れ替わっている。図録の説明は「美術史における先行研究を踏まえて脇侍(わきじ)の左右を入れ替えて配置した」と説明するのみで、如何なる研究に基づくかは、語っていない。なお、釈迦三尊像は、無条件に飛鳥仏と説明しているが、異論があることは述べておきたい。なお、クローン像の作成については、図録44ページに詳しく説明されているが、詳細な技術論であるので、再現は控えたい。

釈迦三尊像の光背銘                   クローン製

釈迦三尊像の光背には、有名な光背銘が彫られている。文章の一番最後(左側下部)には、次の銘文が刻まれている。「司馬鞍止利仏師造」は「司馬造りの首(おびと)とり仏師造る」と読むのであろう。この光背銘も後世の作とする有力な異説がある。この光背銘もクローン製品である。

敦煌幕高窟(ばっこうくつ)                 山河満理 写す

中国甘粛省の西端部に位置し、1987年に世界遺産に登録された幕高窟(ばっこうくつ)石窟、鳴沙山の断崖に千年に渉ってつくられた多数の洞窟内には仏塑像が安置され、美しい壁画が描かれている。敦煌の文化遺産を守り伝える敦煌研究院では、飛躍的に増加した観光客により、文化遺産の劣化が加速度的に進むという懸念から一部の石窟では、拝観者を制限している。

第57窟 主室西壁の写真             敦煌研究所より写真提供

敦煌窟内での写真撮影は厳禁されている。これは、敦煌研究所より提供されたものである。本来、この展覧会は「クローン 展覧会」であり、この57窟もクロー壁画・像が展示されていた。しかし、図録には、肝心のクローン壁画・像を採用しないで、この写真しかないため、止むを得ず、写真を提示した次第である。クローン像は、この写真とは相当異なっている。塑像は、真中の釈迦仏と、向って右手の脇侍仏の2体のみで、他は作っていない。解説によれば、後世の補正が多く、原像を維持しているのは二尊のみなので、二尊を再現し、他の仏像は、再現しないままで57窟を再現している。第57窟は典型的な唐代のものである。この57窟は現在公開されていない。それは飛躍的に増加する観光客の吐く息が、文化財を劣化させるためである。将来、クローン文化財による57窟が出現するかも知れない。それでも見学したい人は多いだろう。

敦煌莫高窟57窟  主室南壁          敦煌研究院より画像提供

この石窟は「美人窟」よ呼ばれる。それは、この窟の観音菩薩像(向って一番左側の尊像)の絵像は、端正にして秀麗、なまめかしく鮮やかで、人呼んで「美人菩薩」といい、これに因んで石窟も「美人窟」と呼ばれる所以である。この壁画は緻密かつ華やかで、「細部精緻にして甚だ華麗」(歴代名画記)な唐代の画風が随所に現れている。井上靖氏は「敦煌 砂漠の大画廊」の中で「第57窟の美しい胸飾りを付けた観音菩薩像」と名指しで「眼につく仏像」を挙げている。私は、敦煌の土産物として、この美人観音像の掛軸を買ってきて、時々懸けて楽しんでいる。肝心のクローン像の写真は無い。ここで注意して頂きたいのは、壁画を取り巻く千仏像である。色彩は黒くなっているが、作者の信仰心の高さが窺える。第57窟は白眉の出来栄えである。

バーミヤン石窟の写真                 安井浩美氏撮影

かって玄奘三蔵が訪れ、仏教文化の繁栄を表すように光り輝いていたアフガニスタン・バーミヤンの東西大仏は、2001年にタリバーン・イスラム原理主義勢力によって破壊された。この写真は、大仏破壊後の石窟を示す写真である。

バーミヤン東大仏破壊の跡            共同通信・ニューズコム

タリバンによって破壊されたバーミヤン東大仏立像の跡である。天井壁画も失われた。この展覧会では、破壊された前の1970年代に撮影されたポジチブフィルムと、後に計測された仏龕の3Dデータをもとに合成し、ラピスラズリを始めとする絵具で彩色し、東大仏天井壁画「天翔る太陽神」を復元しようとする試みである。

バーミヤン東大仏天井絵復元図                 クローン絵

2016年東京芸術大学で行われた天井絵の想定復元図である。彩色はしてあるが、中央に大きな欠損が残ることに、注意して頂きたい。

天井絵の復元と、その天井絵の完成を見上げる人達

2016年の天井絵のクローン復元が完成し、アフガニスタンからの留学生たちも含んで撮影した写真である。今回の展覧会も、この写真と同じ条件で展示された。この展覧会終了後、クローン文化財の一部は、故国へ「帰還」する予定である。

 

文化財は唯一無二の物であり、その真正性は本来、複製は不可能である。東京芸術大学では、劣化が進行しつつある或いは永遠に失われてしまった文化財の本来の姿を現代に甦らせ、未来に継承していくための試みとして、文化財のクローンとして復元する特許技術を開発し、今回展示を試みたのである。この展覧会では古代シルクロードの各地で花開いた文化を代表する遺産がクローン文化財として甦ったことを示すものである。失われたり、劣化したりした文化財をクローン技術で、再生、復元する今回の試みは、文化財の「保護」と、「公開」という難問題に対する一つの問題提起であろう。

 

(本稿は、図録「素心伝心ークローン文化財 失われた刻(とき)の再生 2017年」、シルクロード「全12巻」、図録「敦煌石窟の珍品 1999年」を参照した)