美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション(5)

第1部  コレクションの形成 第4期 整理期(昭和51年)

ー昭和52年9月30日を以て

創業以来、70年以上に及ぶ歴史を誇った安宅産業株式会社は幕を閉じた。翌10月1日から安宅産業株式会社は伊藤忠商事株式会社と合併し、安宅産業の名は永遠に消滅した。安宅時代の債権者債務や資産は、合併先の伊藤忠が引き継いだが、引継ぎが無かった部分もある。安宅コレクションがその一つである。このコレクションの行方については、部外者の私も大いに気をもんだもので、海外への流出のみは、防ぎたいと思ったものである。これら安宅時代の宙に浮いた資産は一括して、清算整理会社であったエーシー産業がすべて受継ぎ、主だった債権者である住友銀行・協和銀行と共同して管理に当たった。安宅コレクションの収集活動は、事実上、昭和50年3月末で終止した。その後、昭和51年度はコレクションの整理期に当たる。すなわち、昭和50年末までの古美術商に対する未払金の処理、もう一つの、安宅産業の子会社であった安宅興産(株)の美術品資産をすべて本社である安宅産業に(株)の美術資産をすべて本社である安宅産業が引き取った時期である。整理期の美術品をまとめてみた。必ずしも落穂拾いではなかった。

青磁象嵌  葦文 水注   高麗時代・13世紀

金属器の水注を青磁で作ったものである。表面には葦文が象嵌されているが、本来あらわされるべき蜻蛉や鳥などは省略されている。次第に文様の簡素化が進む13世紀の作例と見られる。

青磁象嵌 牡丹文  陶板 高麗時代・12世紀後半

薄手の陶板で、中央には象嵌による牡丹唐草文が菱形の窓絵風に表されている。こうした陶板の用途については王宮や大寺院などの建築装飾との説もある。類品が全羅北道扶安郡川里窯址から出土している。

粉青象嵌  草花文   篇壷

篇壷とは四方を押さえて平らにした酒や水の容器で、朝鮮時代には梅瓶にかわって数多くつくられた。本品は象嵌文や灰色の地を残す点で高麗青磁の面影をとどめており、粉青のなかでも早い時期の作例とされる。

粉青象嵌 連弁文  蓋   朝鮮時代  15世紀

はっきりした用途はわかっていないが、単なる蓋と言うよりも祭祀などに使われたと見られ、韓国・故林博物館にも類例が2点伝わっている。面象嵌による連弁文帯や鱗状の文様などは初期粉青の特色でもある。

粉青掻落   牡丹唐草文  梅瓶   朝鮮時代・15世紀前半

15世紀粉青梅瓶は、中国・明代の陶磁の影響により、高麗の梅瓶よりも腰がしまって、はっきりとしたS字形を描く。白土を塗った後、文様の背景部分の白土を掻き落としたもので、牡丹が浮き上がって見える。

白磁  祭器   朝鮮時代  16世紀

「き」と呼ばれる祭器で、本来あるべき複雑な装飾を省略し、かえって造形の力強さを増している。15世紀後半~16世紀にかけての慶尚道西部地域で焼かれた柔らかい質の白磁である。

青花  双鶴文  壺  朝鮮時代(19世紀前半)

民画風の絵付けの青花は19世紀から増えていく。時代が下がるにつれ様々な動物が加わるが、本作では鶴のみを拡大し、18世紀後半のすっきりした空間が重んじる文様構成の余韻をとどめる。

 

「安宅コレクション」の最期を飾る「整理期」に当たる昭和50年~51年頃にかけて収集された作品が、この第四期(整理期)の作品である。第3期の重文や国宝のオンパレードに比べれば、やや寂しいが、再び朝鮮陶磁に向かい、それなりのコレクションになっている。第二部においては、更に優品を紹介することとするが、一応コレクション取集の最期を飾る朝鮮陶磁であった。

(本稿は、図録「美の求道者 安宅英一の眼ー安宅コレクション  2007年」図録「東洋陶磁の展開   1990年」を参照した)