美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション(4)

第1部 コレクションの形成  第3期 成熟期(昭和41年~昭和50年)

コレクションの形成には、大きな波があり、コレクションの中核ともなるべき作品が集中して入手できる時期と、そうでない時期がある。資金的な裏付けが基盤にあることが言うまでもないことであるが、資金の問題がすべてではなく、時の運というものがあることは否定できない。安宅コレクションにとって、昭和40年代は、まさに上げ潮の時期であった。日本列島改造論に象徴されるように、景気拡大に恵まれた。資本金も、昭和44年には100億円、昭和50年には年商2兆円、従業員数も約4,000名に達し、安宅産業は、日本における十大商社の第九位に列せられた。第3期の特徴は、韓国陶磁についても充実した時期であったが、中国陶器について言えば、千載一遇のチャンスに恵まれ、百花繚乱の勢いを迎えた時期であった。重要文化財、国宝クラスとの出会いが、昭和40年代に訪れた。今回は、安宅コレクションの中でも、特に優れた美術品を10点紹介したい。

重文 緑釉黒花  牡丹文 瓶  慈州窯・北宋~金時代(12世紀)

素地に白化粧をしたうえに鉄絵具を塗り、文様の周囲を掻き落として焼成された白地黒掻落の製品に緑釉を施して再焼成したものである。張り出した胴部の局面を巧みに使って牡丹文がバランス良く配置されている。

重文 白磁銹花  牡丹唐草文   瓶  定窯 北宋時代(11~12世紀)

白磁の胎土に鉄泥を掛け、文様の背景部分を掻き落としている。結果として鉄泥による褐色の牡丹唐草が白磁の中に浮かび上がっている。定窯白磁に磁州窯の技法が応用されたものと言え、定窯でも珍しい作品である。

重文  青磁刻花 牡丹唐草文  耀州窯 北宋時代(11~12世紀)

耀州窯の刻花は彫りの鋭さと鮮やかさの点で中国陶磁の中でも随一のものである。オリーブグリーンの青磁釉が片切彫による垂直に切り込んだ深い部分では色濃く見え、文様がいっそうはっきりとしている。

国宝  油滴天文  茶碗     建窯  南宋時代(12~13世紀)

黒釉の表面に無数の斑点がきらめく様子が、水面に広がる油のようで、油滴の名で呼ばれている。国内に伝世する油滴天目のなかでも、器形、釉調などが特に優れ、関白秀次の所持品として有名である。

国宝  飛青磁  花生   龍泉窯  元時代(13~14世紀)

飛青磁とは素地の上に鉄絵具による斑点を置き、その上に青磁釉を施したものである。元時代には青磁や青白磁に鉄班文を置く装飾が流行した。この花活けの器形は、玉壺春と呼ばれて親しまれた酒瓶である。

重文  木葉天目   茶碗   吉州窯  南宋時代(12世紀)

吉州窯では、黒釉と黄褐釉の重ねがけによってさまざまな文様が表された。本作品もその一つである。葉脈や虫食いの跡まで残り、実物の葉をも言いたとされている。加賀・前田家の伝来である。

重文  青花  蓮池魚藻文  壺  景徳鎮窯 元時代(14世紀)

コバルト顔料で文様を描き、釉をかけて焼く青花の技法は、元時代の景徳鎮窯で完成した。魚藻図は、やはり元時代の江南地方で流行した画題である。本来は蓋があり、酒などの液体を入れた容器であった。

重文  青花  琵琶鳥文  盤  景徳鎮窯 明時代・永楽(1403~1424)

型により焼成され、少しのゆがみもなく焼き上げられている。中央には琵琶の実をついばむ長尾鳥が濃淡をうまく使い、端正かつ流麗に描かれ、あたかも一幅の絵画のようである。周囲には数々の瑞果などが見られる。

重文  瑠璃地白花    盤(「大明宣徳年製」銘)  明時代・宣徳(1426~35)

瑠璃釉を掛け白抜きで文様を表す技法は元時代に先例がある。見込みの牡丹枝折など白抜文様の細部ににはさらに刻印が加えられている。宣徳窯には同じ意匠で異なる技法の作品も知られている。

重文  法花  花鳥文   壺  明時代(15世紀)

法花とは文様を立体的に表し、藍、白、黄などの低火度鉛釉を塗り分けて焼く技法で、三彩と同じ系統に属する。このような大作は稀で、器形や文様構成には、同時代の青花磁器などの共通点が見られる。

 

安宅コレクションの第3期(成熟期)の傑作をまとめて紹介した。日本の陶磁器を代表する名器のオンパレードであり、安宅コレクションの花の時代である。

(本稿は、図録「美の求道者 安宅英一の眼ー安宅コレクション  2007年」、図録「東洋陶磁の展開  1990年」を参照した。)