美を紡ぐ  日本美術の名品(1)

平成から令和にかけて、新たな時代を迎える節目の時に「美を紡ぐ 日本美術の名品「雪舟、永徳から、北斎までー」が、東京国立博物館で開催されている。この展覧会では、わが国で大切に守り伝えられてきた日本美術の精華を、東京国立博物館、文化庁、宮内庁三の丸尚蔵館の所蔵品より、よりすぐりの名品を展覧したものである。特に宮内庁三の丸尚蔵館は、宮内庁の管轄であり、今回のような天皇の代代わり、平成20年など区切りの年にしか展示されない。           そういう意味で、今回、令和への改元に伴い、この「美を紡ぐ」展は、期待を込めて待ち望んだ展覧会であった。宮内庁の所有物を見学できる機会は少ない。この機会を逃がすと二度と見れないとの思いを込めて、雨の降る5月11日に拝観した。なお、本展覧会は5月3日から6月2日までの1ケ月間であり、珠玉の名品が揃っている。日本文化の素晴らしさを堪能できる機会である。

唐獅子図屏風 狩野永徳筆(右隻)  安土桃山時代(16世紀)三の丸尚蔵館

 

 

雌雄二頭の唐獅子が、威風堂々と岩間を歩く。画面の天地だけでも225cmあるという比類のない大きさであるが、これを大胆に描きこなした筆力もまた驚嘆にあたいする。誇張もあり、粗放と見られる向きも無いわけではないが、かかる題材に精緻な雅趣を求めるのはむしろあたらない。探幽による「狩野永徳法印筆」の紙中極めがある。画風の上からも、大画面に腕を揮った永徳の筆と考えられる。伝承では、1582年(天正10年)の豊臣秀吉が毛利軍が秀吉と毛利軍が講和した際に、その記念として贈った陣屋屏風と言われている。いかにも仙谷武将たちの好みにふさわしい画面である。代々毛利家に収蔵され、明治期に献上された御物(ごもつ)となった。もとは一双であったが、現在では狩野常信(江戸期)による保作の一隻の出品であったが、あえて永徳筆の右隻に限定して、お目に掛ける次第である。

国宝 檜図屏風 狩野永徳筆 四曲一双  安土桃山時代(天正18年ー1590)三の丸尚蔵館

群青の水を底深くたたえた幽谷である。天地をつきぬくような一本の巨大な檜が、左右に枝を広げ、大画面いっぱいに支えている。老樹に漲る生命力は枝の先端にまで及ぶ。荒れてすさまじい幹の質感と檜葉のつけたてが対照的である。雑多なものをなるべくはぶいて、中核となる題材を強力にあらわすために、色数もおさえられて、重厚な彩色の対比がねらわれている。桃山障壁画特有の大構図方式による典型的な花木図の一例である。本図は、もとは八条宮智仁(としひと)親王の屋敷内に描かれていたと考えられている。二扇ごとに襖の引手あとが残り、襖四面を八曲屏風一隻に改装したことがわかる。天正18年(1590)に八条宮の御殿が建てられたときのものとすると、同年に没した永徳の絶筆にちかい作品とみる説もある。確かに、この豪快な画風は永徳的なものに通ずる一面もあるが、技法上の諸点、たとえば檜の幹と枝との関係、沓曲する枝ぶり、皺法である。本図は、もと八条宮智仁(よしひと)親王の屋敷内に描かれていたと考えられて(しゅんぽう)などを考え合わせると、即断を許さないものがある。しかし秀吉からの依頼で永徳一門が天正16年(1588)に制作した「天髄寺方丈障壁画」(縮図のみ現存)のなかに、檜図に類似する表現があり、そのため本図は永徳が最晩年に自ら筆を揮った作品として有力視されている。「檜図」には少なくとも2度は襖として利用された痕跡があるが、この時期に屏風風に仕立て直された可能性も考えられる。いずれにせよ安土桃山時代の精神を表す絵画であることは間違いない。

重要文化財 継色紙「よしのかは」 一幅 平安時代(10世紀) 文化庁

継色紙「万葉集」と「古今和歌集」の収蔵歌から、四季、恋、賀の歌を抄写した粘葉装(でつようそう)冊子本の断簡で、小野道風筆と伝えられる起筆切の名品である。和歌一首に対して二枚の料紙を用い、一方の料紙の半分に上句、もう一方に下句を散らし書きにしている。優美な書風に加えて、余白や行間の間隔、傾きなど見事な美的空間を作り出している。明治時代まで石川県大聖寺の前田家に十六首半の零本が伝えられていたことが確認されており、その後解体されて掛幅装や手鏡に張り込まれている。

国宝 寛平御時后宮歌合(十巻本) 伝宗尊親王筆 平安時代(11世紀) 東京国立博物館

歌合は和歌を左右一首ずつ組み合わせてその優劣を競う行事で、平安時代以降、宮廷を中心に盛んに開催された。「寛平御時后宮歌合」は、現存する最も早い歌合の事例の一つで、宇田天皇の代(887~899)に光孝天皇の母・班子女王が主催し、春・夏・秋・冬・恋の各二十番、計二百首からなる歌合であった。紀貫之、紀友則、藤原興風、素性法師など当代の著名な歌人が名を連ねる。この写本はもと近衛家に伝来した「十巻本歌合」の一部で、その巻第四に属することから「十巻本」とも呼ばれる。「十巻本歌合」は平安時代中期に関白藤原頼道(9992~1074)が編纂を企画したが途中で中止となり、四十六の歌合を十巻にまとめる草稿本のまま後世に伝わった。そのため各所に書入れや訂正の跡が見られる。この写本はもと近衛家に伝来した「十巻本歌合」の一部で、その巻第四に属することから「十巻本」とも呼ばれる。「十巻本歌合」は平安時代中期に関白藤原道長(992~1074)が編集を企画したが途中で中止となり、四十六の歌合を十巻にまとめた草稿のままで後世に伝わった。そのため各所に書入れや訂正の跡が見られる。

伊勢集断簡(石切山)「秋月のひとへに」 一幅 平安時代(12世紀) 文化庁

本幅は,西本願寺本「三十六人歌集」のうちの粘場冊子「伊勢集」の断簡で、昭和4年(1929)に「貫之集下」と共に分割されて巷間に流出したものの一つである。これらの断簡は、「三十六人歌集」が天文18年(1549)に後奈良天皇から證如(しょうによ)へ贈られた当時に本願寺にあった石山の地名にちななんで「石切山」と名付けられた。本稿はもと「伊勢集」の代六十五庁裏に収められていたもので、金銀泥にて飛鳥、蝶、蜻蛉、折枝や秋草を描いた具引き唐紙を主にして、朽葉唐紙等を破り重ねて作成した美麗な料紙を用いている。本文は落ち着いた力強い筆で、半紙に「秋月ひとへに」「はるかすみ」の二首と、「おもひかは」の詞書と上の句までの十行を収めている。平安時代後期を代表する装飾料紙として著名な「石切山」の遺品として、また、増田鈍翁(ますだどんおう)自筆の箱書きを合わせ伝えるものとしては価値が高い。

更科日記 藤原定家筆 一帖紙本墨書 鎌倉時代(13世紀)宮内庁三の丸尚蔵館

後鳥羽天皇の近臣であり、和歌、古典書写の校訂における功績でもよく知られる藤原定家(1162~1241)が、平安朝の日記文学「更科日記」を書写したものである。王朝貴族の一女性・菅原孝標(ふじはらたかすえ)の女(むすめ)の回想記である。日本古文の古典で高校時代に読んだ記憶がある。この名作「更科日記」(さらしなにっき)は、本作の伝存により、現代に伝えられている。多く現存するbすべての写本は、この定家筆写本を底本としている。表紙は、金銀泥により波の上を群れ飛ぶ千鳥を装飾し、定家自らの筆により題名が記されており、元装を伝えている。また本書には定家の奥書があり、それによって、もともと定家が所持していた「更科日記」があり、それを他者へ貸したことで失われたため、別の人物が定家所持本から書写したものを借りて、改めて書写したものが本書であることがわかる。

重文 古今和歌集 一帖 紙本着色 後伏見天皇筆 鎌倉時代・元亨2年(1322)東京国立博物館

後伏見天皇(1288~1336)宸筆の「古今和歌集・後伏見天皇」は、能書帝・伏見天皇の第一皇子。伏見天皇は、上代様の書を学びながら独自の書風を編み出し、その書風は「伏見院流」と呼ばれて流行した。後伏見天皇は、父の書風を引き継いでいる。本書は、「古今和歌集」の仮名序と巻一から巻二十まで書写されており、真名序がないものの、藤原定家書写の「貞応本」系統」である。その本文のあとに追加された奥書には、元亨2年(1322)4月7日の日付と御製三首が記される。さらにそのあとに、江戸時代の能書・烏丸光弘(1579~1638)が極書を付している。奥書は後伏見天皇の宸翰と鑑定していると述べ保証した。平安時代の書を基礎としながら、のびやかな筆力のある仮名である。

国宝 秋冬山水図 雪舟藤楊作 2幅 紙本墨画 室町時代(15世紀末~16世紀初) 東京国立博物館

この秋冬図は四季山水図中の二図であり、雪舟が入明を試みた四季山水図屏風図制作において習得したものを一歩進めて、雪舟自身の自然観にもとづいて構成表現したものである。冬景図中(下)、画面中央の空間に忽然と垂直に下された強力墨線は印象的で、雪舟山水画の到達した一つの頂点を示す空間構成である。この垂直線によって外郭された岸壁の内部には多数の短小な沓曲した直線の集まりがあり、点苔(てんたい)がつけられている。上方の余白には無限の空間が暗示されている。 一方、秋景図(上)は、冬景図の峻厳さに比べるとのどかな情景描写であり、人間の営みが温和な自然に溶け込んでいる。このように自然と人間の調和は雪舟の人間味を示すもので、文人的な人柄を感じさせる。

 

本稿で取り上げた作品は、概ね第一会場に展示さqれた名品である。中でも、狩野永徳作「唐獅子図屏風」、国宝「檜図屏風、雪舟作「秋冬山水図」を一度に拝観出来る機会は、初めてであった。すべて、日本美術の秀作揃いであるが、さすがに「日本美術の名品」展であり、天皇の代替わりを記念する展覧会に相応しい内容であった。日本美術の粋を集めた展覧会を拝し、日本美術の美しさに、ただただ頭が下がる思いである。素晴らしい展覧会を見て、久しぶりに高揚感を得た1日であった。

 

(本稿は、図録「美を紡ぐ 日本美術の名品」、別冊、原色日本の美術第11巻「水墨画」、第13巻「障壁画」、新潮日本美術文庫1「雪舟」、日経大人のOFF 2019年1月号を参照した。)