興 福 寺  北 円 堂

興福寺には、講堂が3つ、塔が2塔、その他に南円堂、北円堂、がある。北円堂は養老4年(720)に亡くなった藤原不比等の菩提のために、元妙大政大臣と元正天皇が建立を発願し、長屋王に命じてその一周忌に当たる翌年の8月3日に完成させた八角円堂である。安置の仏像は弥勒如来、脇侍菩薩二体、羅漢一体、四天王であった。本尊を弥勒如来にしたのは、不比等が生前弥勒信仰を持っていたからである。興福寺伽藍では和銅3年(710)の平安遷都と同時に始まる中金堂の造営に次いで古い。その後、永承4年(1049)の火災で焼失した。弥勒如来は首のみが残り再興された体躯部に据えられたが、治承4年(1110)の兵火ですべての像が失われた。治承火災後の復興は、奈良時代の草創期と異なり後回しとなる。菩提山の専心上人が中心となり復興勧進を募っている。しかし、専心上人の勧進による資金調達は限界があったらしく、承元2年(1208)には氏の長者が事業の主体に変更された。その後の工事は比較的順調に進み、承元4年(1210)に北円堂の屋根の露盤と寶珠が取り付けられて、間もなく完成したらしい。仏像の製作には時間がかかり、建暦2年(1212)頃出来上がったとみられる。

国宝  北円堂  本瓦葺  鎌倉時代(建暦2年ー1212)

北円堂は鎌倉再建期の建造物を今に伝える貴重な堂宇である。興福寺内では鎌倉期のものが残るのは他に三重塔だけであろう。奈良時代に創建されたときと同じ位置に、同じ八角形で建っている。貴重な遺構である。国宝に指定されている。

国宝  弥勒如来坐像  木造  運慶作  鎌倉時代(建暦2年ー1212)頃

南円堂の本尊であり、脇侍は法宛輪(ほうおんりん)菩薩、大妙相菩薩である。この南円堂は、運慶が統率する工房の総力を上げての仕事である。弥勒如来菩薩像は、運慶の指導のもと源慶、静慶(じょうけい)の作である。弥勒如来台座の銘文から、各像の作者名が分る。充実した体と意志的な強さを持つが、全体のバランスがとてもよく、円熟した作風を示す。運慶が強く指導したと考えらている。

国宝 無著立像  木造  運慶作  鎌倉時代(建暦2年ー1212)

無著と世親は北インドに4~5世紀頃に実在した僧侶の兄弟で、弥勒の後を継いだ法相宗(ほっそうしゅう)の祖師である。運慶はこの無著、世親の体格の良い堂々とした姿で表現した。もはやインド人の風貌ではなく、身近な日本の僧侶の姿であるが、人種や時代を超えた理想的な求道者を構想したものとみられる。2体で一組の像として作られた。無著は、老人の姿である。胸に裂(きれ)で包んだ箱(舎利容器)を、左の手のひらにそっと持ち、右手を添え、やや下方を向きながら、優しい表情で人々を見つめている。よく見ると袈裟を吊るす胸の留め具も円形をしている。円満でやさしい姿である。それは慈悲心をもって人々を救済しようとする理想的な僧侶の姿であろう。私は、無著・世親像は、奈良時代の鑑真和上像に次ぐ人間像であると、ひそかに思っている。まさに、人類の見本となる人物像であろう。

国宝  世親菩薩立像 木造 運慶作 鎌倉時代(建暦2年ー1212)頃

弟の世親は壮年の姿で表され、胸を張り、顔を上げ、眉をひそめて遠方を見つめている。意志の強い逞しく堂々としたお姿である。唐草状の胸の留め具も動的である。そこにあるのは確個とした意志を持ち真理を追究する真摯な僧侶の姿である。ここでは人生を積み重ねた、ゆるぎない永遠の相が追及されている。無著と比べて、やや年下の年齢により男性的な性格が反映されているようだ。遠方を見つめる確固とした視線が玉眼によって生き生きと表現されている。無著像と一組で表され、運慶の僧侶に対する理想的なイメージが具現化されている。

国宝  四天王立像  木心乾漆像  4躯  平安時代(縁暦10年ー791)

北円堂の八角須弥壇の四方の隅に立つ四天王像である。四天王のうち増長天と多聞天の台座の框裏(かまちうら)に墨書があり、四天王像がもと奈良大安寺に伝来し、延暦10年(791)に制作されたこと、興福寺の経玄得業が鎌倉時代の弘安8年(1285)に修復したことがわかる。奈良時代の終わりから平安時代の初めの時期の仏像は、制作時期の不明なものが多いが、その中で時期がわかる貴重な作例である。

国宝  四天王立像のうち  持国天立像

国宝 四天王立像のうち  増長天立像

国宝 四天王立像のうち  広目天立像

国宝  四天王立像のうち  多門天立像

この四天王像が伝来した「奈良大安寺」については、構を改めて紹介したい。北円堂の仏像を多数示したが、私は無著菩薩、世親菩薩の2躯が一番記憶に残り、日本で造られた人間像の中で、鑑真和上像に次ぐ作品であると信じている。興福寺展には、しばしば展示されるので、是非一度拝観して頂きたい。

 

(本稿は、図録「興福寺国宝展  1997」、図録「国宝  阿修羅展 2003」、古寺巡礼5巻「興福寺」、古寺をゆく第1巻「興福寺」、金子啓明「興福寺の仏たち」を参照した)