鈴木其一(きいつ)  江戸琳派の旗手(掛軸)

いわゆる琳派の装飾的な絵画は、日本美術の持つ本来の特色をいちばん純粋に、鮮明に発揮したものとして、高い評価を受けている。このような形の美術が出てくるには、その美術を生み出す適切な母胎が必要であった。その母胎となったものは、日本の近世を生み出した根本の勢力と言っても良い京都を中心とする新興の商業ブルジョアジーであった。これらの富商階層は、当時は町衆と呼ばれたが、町衆は応仁、文明の乱以降、急速に富力を増し、実力を失った足利幕府に代わって自治能力をもそなえてきた自由な階層であり、彼らは没落した宮廷貴族を保護することによって、富力という現実の地盤の上にさらに日本の古典文化の教養を移し入れ、独自の町衆文化を作り出したていった。時代の主勢力が桃山から江戸にうつり、徳川政権がしだいに堅固な藩制をしいて封建的支配体制をつようめるようになると、これら上方の町衆は、江戸幕府に対抗するに至った。琳派は江戸時代中頃から、酒井抱一、その弟子の鈴木其一などいわゆる江戸琳派に移行することになった。ここでは、江戸琳派の旗手としての鈴木其一の作品(掛軸)を解説する。

蔬菜群虫図  鈴木其一筆  一幅  江戸時代後期   出光美術館

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茄子と胡瓜が実り、添木とされた竹に雀が止まり、蜻蛉や蛾や蜂が群がる。不思議な秋の菜園を描くこの作品は、植物の下方に穴のあいた病巣が描かれるなど、伊藤若冲の作品との関連が指摘されている。人工的なモチーフの形と色彩は、まるで造り物の植物や昆虫が生き物のようにみえるという倒錯した感覚を与える。独特の造形感覚を色濃く示して、同時代絵画のなかで異彩を放つ。

群禽図  鈴木其一筆  二幅  江戸時代後期   個人蔵

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左右幅にそれぞれ13種・13羽、合計26羽の鳥が描かれる。興味深いのは、ほとんどの鳥が、博物学的正確さこそところどころ欠けるものの、ほぼ種が同定できるほどリアルに描かれていることである。左幅はミミズクを中心に猛禽類などを描いている。そのような光景を実際に見て興味をひかれたのか、あるいはそのような鳥の行動を知っていて何らかの意味を込めたのか。ただし、鳥そのものは前に厳密に写生したものとはいいがたく、屋久島以南の南方の鳥も含んでいることから、先行する何等かの写生図譜、粉本のようなものを参考にしたものと考えられる。其一がのびのびと画風を展開していく40歳代後半の作品と見られる。

白椿に楽茶碗図  鈴木其一筆  一幅  江戸時代後期  個人蔵

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黒楽茶碗に白椿の折枝を取り合わせた小品で、江戸時代後期に活躍した日本各地の漢詩人、書家、画家らの作品83筆を貼り込んだ画帳の一葉である。本作は黒楽茶碗の表現が秀逸で、光を含んだ胴のぬらりとした肌合いを、墨の滲みを利かせたうるおいある筆で表されている。黒楽茶碗の右脇に、隠し落款のように「噲々其一」と金泥で記すところなど心憎い仕掛けである。

紫陽花四季草花図  鈴木其一筆  一幅  江戸時代後期  細見美術館

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紫陽花、撫子、薄、朝顔、水仙などを一図に描く四季花草図である。中でも江戸琳派が好んで描いた紫陽花はことさら大きく、中央に堂々と描かれ、水色の花弁もさまざまに彩色して色代わりする紫陽花の美しさを表している。

藤花図(とうかづ) 鈴木其一筆  一幅  江戸時代後期 細見美術館

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青い花房をひたすら連ねた藤図である。本図では其一は真直ぐに下がる三本の花房に、細い蔓でS字を描いて画面に動きを与えている。さらに花弁の一枚一枚を付立による微妙な色使いで繊細に描き、清新で優美な印象をもたらしている。

向日葵(ひまわり)図  鈴木其一筆 一幅  江戸時代後期  畠山記念館

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本作は抱一の作と比べると、其一の独自性がよくあらわれている。太陽に向かって真直ぐに伸びた茎と、その頂に陽光を浴びた黄金色の花が咲く。花は真正面を向いて開花したものを中央に、横向きに咲きかけのものを蕾に合わせ、葉もバランス良く配置する。画面いっぱいに大きく描くこの大胆な画面構成と明快な描写からは、装飾的な印象を受け、近代絵画に通じる要素が窺われる。

雪中竹梅小禽図(ちくばいしょうきん)鈴木其一筆双幅江戸時代後期 細見美術館

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紅梅と竹が雪化粧するなかで、雀が戯れている。花鳥図に小禽が飛ぶ作品を抱一は十二ケ月花鳥図としてしばしば描いたが、其一はそこに雨や風を取り入れる。さらに対幅とした作品で、各々に時候の花鳥を取り込んで、雨風といった気象は共通させながら、季節を対比させるように描く。ここでは雪に注目した季節感を一層先鋭に表現している。

白椿に鶯図  鈴木其一筆  一幅 江戸時代後期  細見美術館

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白椿に留まる鶯は、花の蜜を吸おうと身を乗り出している。椿の葉の濃い緑の陰影による艶々とした質感、黄色い芯も鮮やかな白い花が対照的である。

四季歌意 在原業平(部分) 鈴木其一筆 江戸時代後期  細見美術館

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在原業平、柿本人麻呂、西行、藤原定家の4人がそれぞれ詠んだ和歌の風景の中に描くものである。縦横比例が一対十四にもなる異例の横長画面に収めた機知と工夫に富んだ作品である。本作は、在原業平の歌をモチーフにしたものである。その歌は下記の歌である。(春・在原業平 世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし)

 

「蔬菜群虫図」で、伊藤若冲作品との関連を述べたが、果たして19世紀の江戸画壇に伊藤若冲の作品は知られていたのであろうか?詳細は不詳であるが、図録で其一の経歴を調べて見ると、「天保4年(1833)の2月から11月まで、表向きは京都の土佐家へ修行という名目で酒井家に暇を願い出て、京都・奈良・滋賀はもとより国元の姫路、さらには讃岐や厳島、太宰府や九州各所をめぐっての大旅行を行っている。その道中を記した記録(西遊日記)によれば、各地で写生や古画の鑑賞を行い、其一の生涯のなかでも最も心涌きたつ日々であったと思われる」と記されている。京都で古画の鑑賞を行ったということは、「平安人物志」の中で、京都で2番目の人気画家であった伊藤若冲の作品を鑑賞したことは当然考えらる。鈴木其一は、伊藤若冲の作品に学び、「蔬菜群虫図」を描いたというのは、必ずしも空想では無い気がするが如何であろうか。

 

(本稿は、図録「鈴木其一 2016年」、図録「大琳派展 2008年」、図録「美の祝典  2016年」、図録「琳派コレクション 2013年」、図録「與衆愛玩 琳派 2007年」、原色日本の美術「第14巻 宗達と光琳」、河北綸明「日本美術史入門」、田中英道「日本美術全史」、安村敏信「江戸絵画の非常識」を参照した)