鳥獣戯画  京都高山寺の至宝  乙、丙、丁巻

乙巻は甲巻から一転して、動物図鑑のような様相を呈する。16種の動物が描かれているが、擬人化された動物は一切登場しない。巻頭の馬にはじまり、前半は牛、鷹、犬、鶏、鷲、隼といった日本にも生息している動物が描かれている。後半は犀、麒麟、豹、山羊といった日本には生息しない、あるいは空想上の霊獣を描いている。単なる動物図鑑とは異なり、背景が描き込まれている。親子連れの動物たちが多く描かれており、「鑑賞画」の様相を示している。丙巻は前半に「人物戯画」、後半には「動物戯画」という、まったく異なる論理の画面が配されている。「平成の修理」により、この謎を解くヒントが見えてきた。「人物戯画」と「動物戯画」は、もともと料紙の表裏に描かれており、「相剥ぎ(あいへぎ)」という技術により一枚の紙の表裏を二枚に分け、つなぎ合わせたというのである。つまり建長の頃には十四紙あったものが、伝来の過程で四紙が抜け落ち十紙となり、「相剥ぎ」により最終的に現状の二十紙となったということである。丁巻は、人物主体の巻である。侏儒、験競べ、法会、流鏑馬などが描かれている。甲巻及び乙巻に描かれているさまざまなモチーフを踏まえて描いており、動物たちが演じていた儀礼や遊戯を、人間が演じるというその逆説性がこの巻の真骨頂ということができる。

国宝  鳥獣戯画 乙巻  紙本墨画   平安時代(12世紀) 高山寺

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霊獣の麒麟である。徳の高い君主の治世に現れるという。中国の「礼記」という書物に説かれる瑞獣(ずいじゅう)である。

国宝  鳥獣戯画  乙巻  紙本墨画   平安時代(12世紀) 高山寺

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二つの図で、愛らしにあふれる虎の親子を表す。こちらも日本には生息しておらず、白描図像などをもとに描かれたとみられる。

国宝  鳥獣戯画 乙巻  紙本墨画   平安時代(12世紀) 高山寺

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今度は空想上の動物である獅子が登場。蝶を威嚇したり、伸びをしたり、その姿は犬のようである。

国宝  鳥獣戯画 丙巻  紙本墨画  鎌倉時代(13世紀)  高山寺

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猿の乗る鹿の蹄をのぞきこむ蛙。甲巻同様に丙巻でも、鹿は擬人化されないままである。

国宝  鳥獣戯画  丁巻  紙本墨画    鎌倉時代(13世紀)  高山寺

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山車に見立てた荷車を引く行列、祭りの熱気が伝わってくるかのようである。牛もまた擬人化されていない。

国宝  鳥獣戯画   丁巻  紙本墨画   鎌倉時代(13世紀) 高山寺

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甲巻に描かれている猿の法会のさらなるパロディー。こちらの本尊は蛙とも、何等かの虫にもみえる。

国宝 鳥獣戯画  丁巻  紙本墨画   鎌倉時代(13世紀) 高山寺

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甲巻でも蛙が編木(びんぎさら)を手にしている田楽の場面である。太鼓、鼓、笛などを手にした楽人が拍子を合せて演奏している。

 

鳥獣戯画の制作された意図や目的は何であったのであろうか。この時代(平安時代から鎌倉時代初期)の最高レベルの技術を持った絵師が、この「鳥獣戯画」を手がけている。絵仏師あるいは、宮廷繪所の絵師という高い階層に属したものが、高い地位にある人物から注文を受けて「鳥獣戯画」を描いたのであって、絵師のただの筆遊び(すさび)ではなく、何等かの目的をもって制作されたと考えるのが妥当だろう。描かれた背景は謎が多い。平安時代末期に仏教が乱れるなか、僧や公家を風刺したとの説もあるが、誰がどんな目的で描いたのかは、はっきりしない。ただ、「墨だけでこれほどの躍動感いっぱいに描くことは、相当な力量の持ち主が、楽しんで描いたのでしょう。」(東京大学・坂倉聖哲教授)一方、図録の中に「鳥獣戯画がマンガを生んだのか?」を執筆された松島雅人氏(東京国立博物館教育講座室長)の「源平の戦乱の中で非業の死を遂げた高貴な人物として、幼くして死んだ安徳天皇の慰霊」という説は捨てがたい魅力がある。今日のアニメの原型と考えれば、安徳帝の慰霊こそ、安心できる仮設である。今後の研究をまちたい。

 

(本稿は図録「鳥獣戯画 京都 高山寺の至宝 2015年」、田中英道「日本美術全史」、原色日本の美術「第8巻 絵巻物」、日経「おとなのOFF2014年10月号」を参照した)