2016年「黒川孝雄の美」10選

 

「黒川孝雄の美」を書きはじめて丸4年が経過する。その出発点は望洋会の「幾山河」への寄稿で「おほてら の まろき はしら」と題する原稿である。「幾山河」に寄稿するということは、名古屋大学の4年間で、私は何を一番学び、何が記憶に残ったかを書いたのである。実際、執筆に当たって大学4年間の記憶は、殆ど消え失せており、大して役に立つものは無かったという印象である。唯一、有るとすれば大和の古寺への散策であった。それを書いてから、この美術体験を何か記録に残せないかと考え、ブログ「黒川孝雄の美」となったのである。書き始めて4年間が過ぎた。この4年間のうち3年間は会社経営、1年間はある会社の社外監査役以外は一切仕事の無い身となった。従って4年間のうち、3年間は開業した会社の社長、1年間はほぼ無職に近い状態であった。この4年間を総括すれば、非常に充実した日々であった。それは「美」を書くために多大なエネルギーを費やし、それがまるで私の人生の目的であるように動き回ったからである。そこで、今回は、2016年の記事を振り返り、その中で特に思い出の深い記事を10篇上げて、振り返ってみたい。因みに、この1年間で書いた記事は60編となり、6日に1回の割で書き上げたことになる。これは、前3年と比較すると約2倍のスピードになっている。どの程度の時間を費やしたかは、正確な記憶は無いが、取材(美術館の場合は、自宅を出てから)に要する時間は一般的に5時間を要する。1日に2つの美術館へ行くこともあるが、出来るだけ避けている。印象が希薄化するからである。購入した図録や関連図書を読み込む時間数は5時間程度である。粗筋を頭の中で整理し、選択する写真を選び、パソコンに入力するのに1時間は掛かる。原稿を書く時が、一番頭を使う。図録、参考図書、新聞記事、雑誌記事などを確認しながら、およそ5時間を要する。その原稿を、ブログに写すのに4時間程度の時間が掛る。取材から、ブログの入力まで、トータルで実に20時間を要する。私の空いている時間は1日5時間である。従って、1つのブログを完成するのに、合計4日間を要することになる。60編を書くためには、実に240日を要した計算になる。年間トータルすれば、必要金額はかなりの金額に成るかも知れないが、それで得た楽しみと、費用を比較すれば、効用の方が遥かに高いと思っている。さて、満足した順位の番について、簡単にまとめたい。なお、この記事を1点と計算すれば、今年は61点を執筆したことになる。

第1位 大徳寺の塔頭 聚光院 狩野永徳筆 四季花鳥図 2016年9月13日

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聚光院は千国武将の三好義嗣が、養父長慶の菩提を弔うために創建した塔頭(たっちゅう)であり、ここには狩野永徳(子)と狩野頌栄(父 16世紀)による障壁画46面が納められている。すべて国宝であり、通常は京都国立博物館に寄託されているが、創建450年を記念して、今年の3月から、来年の3月26日まで一般公開されたものである。特に方丈室中の花鳥図が素晴らしい障壁画であった。また庭園は「百積庭」と言われる名園であり、私が訪れた6月には沙羅双樹の花が、開花、落花していた。この聚光院は、今年の京都観光の目玉となり,JR東海の宣伝や、各種美術番組、京都特集では何度も取り上げられた。是非、他の寺院でも聚光院に見習い、長期(できれば1年間)開館をして、毎年の観光の目玉になってほしいと思う。なお、この寺院には千利休の墓もあり、三千家の菩提寺でもあるので、茶道関係者も大勢参観された。

第2位生誕300年記念若冲展 棕櫚雄鶏図2016年5月4、7、11、17日

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1716年に生まれた伊藤若冲は、今年生誕300年となり、それを記念して開催された展覧会であり、1ケ月間に40万人以上が訪れるという記録づくめの展覧会であった。宮内庁に残る「動稙彩絵」や相国寺の「釈迦」三尊像」をはじめ、鹿苑寺大書院障壁画、西福寺の金碧障壁画、プライス・コレクション等、現存する若冲の名作を揃えた展覧会であり、多分今後50年間は開催されないだろうと思われる豪華な記念展であった。

第3位 ルノワール展            2016年8月9日、16日

ルーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会   1876年

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日本で最も人気の高い外国人絵画と言えば、無条件にルノワールの名前が上がるだろう。印象派時代から古典主義への回帰、成熟期と大きな転換を遂げながら、78歳の生涯を絵画に捧げた画家であり、東京には「ルノワール」と名付けた喫茶店が100店以上あり、日本人に親しまれている。初来日という作品もあり、大変な人気であった。

第4位 黒田清輝展            2016年4月10日、16日

重要文化財 智・感・情      明治32年(1989)

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同時代の画家、久米桂一郎は「黒田清輝を思うとき、ぼくは幸福な環境、幸福な才能、幸福な時代と言う言葉が浮かんでくる」とまで言わせた、黒田清輝の全時代に渡る作品類を展示したもので、「外光派」と呼ばれる作風で、一世を風靡した。東京美術学校の洋画科の最高峰に上り詰め、唯一の官展であった白馬会を支配し、貴族議員になり、第二代帝国美術院長まで登りつめた。珍しく、デッサンも多数展示された。

第5位 鈴木帰一展   江戸琳派の旗手    2016年10月3日、9日

夏秋渓流図  6曲1双   江戸時代後期

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本阿弥光悦、俵谷宗達らが生み出した琳派は、江戸時代に酒井抱一、鈴木其一に引き継がれ、発展した。鈴木其一は江戸琳派の旗手として活躍した。恐らく、其一の作品をこれだけ集めた展覧会は、初めてであろう。其一の色の鮮やかさは、素晴らしい。いずれ若冲を上回る人気が出るだろう。

第6位  藤田嗣治展  府中市美術館   2016年11月2日、7日

5人の裸婦  布・油彩  1923年   東京国立近代美術館

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藤田の戦前の作品(特に戦争絵画まで)と、戦後の「フランス国籍取得と祈りの世界」と二分しないと、その本質は理解できないと思う。1920年代のフランスにおける大成功(絵画の値段はピカソ、マチスと並んだと言われている)と1940年代の戦争画の成功、戦後の戦犯扱いと、フランスへの脱出、フランス国籍の取得、祈りの世界への到達は、一人の画家としては理解できない程複雑な世界である。府中市美術館の今年一番の話題展覧会であった。

第7位  原安三郎コレクション 広重ビビッド  2016年6月2日、7日

六十余州名所図会 尾張 津嶋 天王祭り   嘉永6年(1853)

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原安三郎氏の浮世絵コレクションは世界的なコレクションであり、あまり公開されないもので、今回、サントリー美術館にて広重「六十余州図絵」、「江戸名所百景」、北斎「富嶽百景」、「千絵の海」、国芳「東都」、「東都名所」、「近江の国の勇婦お兼」が出展された。日本にこんな素晴らしい浮世絵コレクションがあったのかと感じいった展覧会であった。

第8位 すみだ北斎美術館 北斎の帰還       2016年12月8日

隅田川両岸景色図巻(最終場面)      江戸時代後期

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すみだ北斎美術館が11月22日に開館した。その場所は、北斎が約90年の生涯の大半を過ごした墨田区の一画、北斎通りに面した場所である。この隅田川両岸景色図巻は約100年余り行方不明であった北斎の肉筆浮世絵であり、その全部が開館に合わせて披露された。北斎専門の美術館として、墨田区が集めたコレクションや、各美術館が保有する北斎の名画が、逐次披露される予定であり、楽しみにしている。

第9位  東寺       2016年2月15日、20日、28日、3月3日

国宝 不動明王  木造  承和6年(839) 平安時代(9世紀)img444

平安時代に空海によって真言密教の寺院として生まれ変わった。東寺は、新幹線が京都駅を出て、大阪に向かう時に一番最初に目に入る五重塔で有名である。特に講堂に並べられた立体曼荼羅は、空海が日本にもたらした真言密教を立体的に表現した密教の世界である。長い間、秘仏として守られてきたため、平安時代の色を今に伝えている。

第10位  丸山応挙 「写生を超えて」     2016年12月16日

国宝  雪松図屏風 6曲1双  天明6年(1786) 江戸時代(18世紀)

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円山応挙は、狩野派の粉本主義を打破し、対称を徹底的に観察し、その形を完璧に写すことができれば、対称の生命感を生き生きとして表現できるとと考えた。応挙の「写生図巻」2巻は、重要文化財に指定されている。

 

(本稿は、2016年の間に書いた「黒川孝雄の美」60点から、私の主観で好きな10点を選んだものである。甲乙付けがたい作品が多いが、敢えて10選として見た。時間のある方は是非読んで戴きたい)