2019年「黒川孝雄の美」10選

今年もまた「黒川孝雄の美」10選を決める季節がきた。今年は、国交150年記念とか没後90年とか大きな展覧会が多数開催された。力作揃いで、見応えのある展覧会が多かった。今年は、興福寺中金堂再建も大きな話題となった。また、新天皇ご即位記念展「正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美」等も大きな話題を集め、大勢の観客で、大行列を作った。中々、10点を選ぶには苦労が多かったが、次の10点を「2019年黒川孝雄の美10選」に選んだ。

第1位 ハプスブルグ展ー600年にわたる帝国コレクションの歴史(1)

「青いドレスの王女マルガリータ・テレサ(1651~1673)ディエゴ・ヴェラスケス作 1659年  油彩・カンヴァス       12月4日掲載

スペイン国王フェルペ4世は、最初の妃イサヴェル・デ・ボルボンが没した2年後の1646年、マリアナ・デ・アウストリア(1634~1696)と再婚した。イサヴェルとの間に生まれた8人の子供は、一番下の王女を除き全員が成人前に死没したため、再婚から5年後にマリアナが生んだマルガリータ・テレサは世継ぎ問題に悩まされていた宮廷に希望の星として輝いた。ヴェラスケスは彼女をおよそ3歳、5歳。そして本作品の8歳(1659)と3度単独で全身像を描いており、それは全て現在美術史美術館に保存されている。中でも最晩年に描かれた本作品は、自由な筆致と色彩の斑点が、もののかたちや質感に見事に伝える、ベラスケスの油彩技法の頂点を示す傑作である。この作品を父親が買っていた世界美術全集の中で、最高傑作と見た中学1年生の審美力は正確なものであったと自負している。

興福寺 再興された中金堂(平成30年ー2018年)2月21日

天平時代の中金堂をそのままの大きさで、再建された中金堂は、確かに信仰の中心となる立派な建物である。この再建法要にあたり、多川管主は、次のように挨拶されている。「本日、中金堂の再建落慶を迎え、自ずから思い出されるのは、かってある識者が公園的形状の当山境内を総覧してー興福寺には、信仰の導線がない。と、言われたことです。このご指摘は、明治このかた雑然とした植栽が行われ、どこが境内の中軸であるかさえ不明瞭な実情を一言で言い当てたものでした。しかし、動線の有る無し以前の、中金堂という中心そのものがそもそも無かったわけで、ここにそれが漸く再現でき、感無量という他有りません。」このご挨拶を記せば、中金堂の再建内容をゴタゴタ記す必要は無いであろう。和辻、亀井、竹井の著名な哲学者が御生存されたならば、必ず興福寺を一項目として、多分東大寺の次に記されたであろうと思う。中金堂の再建は、かっての名著の内容を著しく変更させるほど大きな要因であると思う。これ以上、中金堂を飾る言葉は不要だろう。

フェルメール展(2) 牛乳を注ぐ女 ヨハネス・フェルメール作 1658~60頃                       1月13日掲載

フェルメールの代表作の一つである。会場では最後に飾られていたが、一番人気が多い場所で、なかなか一番前に出る事のできない作品であり、人気は一番であった。しかし、台所で牛乳を注ぐことに没頭する女性、というごくありふれた日常の所作を描いた作品である。20代の頃に描いたものだがフェルメールの特徴的な色使い、青と黄色、赤の三原色対比の鮮やかさに目を奪われた。青は勿論、ラビスラズリのフェルメール・ブルーである。「やわらかな光に照らされた室内に佇む単身の女性」というのもフェルメールが好んで描いた構図である。細かい粒子で構成された光の描写も見られる。透視図法、光の処理、個々の描写、対象の配列、これらはすべて慎重に考え抜かれている。女性像と机の右側の床にある木製足温器は、古典的な三角構図を形成している。

大安寺                       6月16日掲載

重文     十一面観音立像  奈良時代(8世紀)

大安寺は、藤原京で「大管大寺」の寺号が与えられた官寺であり、平城京では「薬師寺」を上回り、四大寺の筆頭に位置した官寺であった。十一面観音菩薩立像は、疾病をまぬがれ、財宝や食物に恵まれるといった、さまざまな功徳があると説かれている。頭部と両腕部が後補で制作されている。体部から像立当初の端正な御姿を知ることが出来る。帯に掛かる衣は波型にひるがえり、裳腰左右はたくし上げられ、流麗な衣文(衣の皺)と相まって、衣に軽やかな動きが感じられる。花や唐草を連ねた胸飾りが極めて華麗で、台座にも華の文様が浮き彫りにされている。奈良時代の秀作である。(秘仏 公開は10月1日より11月30日まで)

御即位記念 正倉院の世界ー皇室がまもり育てた美(2)  11月11日掲載

正倉院宝物 螺鈿紫檀五弦琵琶 木製・螺鈿 中国・唐時代(8世紀) 正倉院

「国家珍宝帳」所載の楽器で、正倉院を代表する優品として知られている。五弦の琵琶が四弦の琵琶と異なるのは、弦が五本であることや、頸(くび)が真っ直ぐで、槽の部分が厚いことなどである。インド起源で、中国の文献や壁画などに見えるが、現存品は世界唯一のものである。

遊びの流儀ー遊楽図の系譜(2)           8月19日掲載

国宝 婦女遊楽図屏風(松浦屏風) 紙本金地着色 六曲一双 江戸時代(17世紀)大和文化館

右双

左双

「松浦屏風」と呼ばれるこの屏風の名称は長崎県・平戸の大名 松浦家所蔵であったことによる。しかし、松浦家の記録では、この屏風はその制作年代と考えられてきた近世初期に平戸にあったのではなく、松浦氏34世の活(号清山、1760~1841)が京都で入手したものであり、当時は岩佐又兵衛作とされていたという。総金地を背景とする大場面に、十八人の婦女を立たせたり座らせたりなど変化をつけて配列している。こうした等身大に近い人物群の描写は、他の日本の風俗画や遊楽図には類例がない。

開館60周年記念 松方コレクション展(2)        7月4日掲載

1921年の9月14日に、松方ら5人がローザンヴェール画廊を訪れた。そこで「アルルの寝室」を発見し、購入した。「アルルの寝室」は3つのバージョンが知られている。明るい静けさに満ちた本作品は、サンレミの療養所で、母親のために描いたものである。この「アルルの寝室」は、戦後日本に返還するにあたり、フランス政府が、フランス国家に留置したもので、今回の展覧会のためにオルセー美術館から借り出した作品である。

コートールド美術展ー魅惑の印象派(2)       11月27日掲載

フォーリー=ベルジュのバー エドゥアール・マネ作 油彩・カンヴァス 1882年

フォリー=ベルジェールのパーは、パリのミュージック・ホールで、歌や踊り、曲芸や珍獣の公開など多彩な演じ物で人気を博した。本作品の舞台は、その1角にあったバーである。バーメイドはアルコール提供だけではなく、娼婦となることもあったという。マネは実際にここを何度も訪れているが、制作の際にはアトリエにバーカウンターの一部を再現し、シュゾンという名のフォリー=ベルジェールを呼び、モデルとした。その表情は、ぼんやりとしているようでも、物憂げな様子でもあり、解釈は鑑賞者に委ねられているようだ。マネ晩年の傑作として知られる本作品は、亡くなる前年の1882年のサロンで発表された。無数の観客と喧騒がすばやく粗い筆致で描かれる一方、手前の大理石のカウンターには酒のボトルやオレンジが丁寧に描写される。本作品は、鏡で作られた複雑で多義的な空間に、人物、群衆、静物を卓越した技術で描いたマネの画業の集大成と言えよう。

没後90年記念 岸田劉生展(2)            10月7日掲載

重文 麗子微笑(果物持てる) 油彩・カンヴァス 1921年 東京国立博物館

いつもの綿入れの着物に、いつもの毛糸の肩掛けを着て微笑する麗子像。モナリザの微笑やエジプトの彫刻を想起させる稚拙で艶麗な微笑。田舎風の肩掛けの鄙びた美しさと青い蜜柑を持つ華奢な手の不気味さ。東西両洋の美術の中にある「深い美」が、いつもの麗子像に宿っている。(この作品が重要文化財に指定されていることは、今回の展示で初めて知った。明治以降の西洋画家で重要文化財2点の指定をうけている画家は、私は知らない)

クリムト展 ウイーンと日本1900          10月7日掲載

ユデイト1 油彩・カンヴァス 1901年 ヴェルデール宮オーストリア絵画館

クリムト代表作の一つとして知られる<ユデイト1>、彼の名を広めた特徴をすべて備えた作品である。装飾的な効果を伴う用式化された構図、ふんだんに使われた様々な文様、高価な装身具を身に纏いながら、裸身をさらす主人公のエロチシズム。そして何より、初めて本物の金箔が使われた絵画という点で、本作品はクリムトの「黄金時代」の時代の幕開けを飾る作品となった。本作品は、旧約聖書外典の一場面を主題とする。(以下略す)

(本稿は、「原色日本の美術全30巻」、「探求日本の古寺 全15巻」、高橋秀爾「近代絵画史(上)(下)」を参照した。)