御即位記念特別展 正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美(3) 

正倉院展の後期展示が始まったので、国立博物館へ出かけた所、70分待ちで入館できた。奈良の正倉院展も混むが、東京は2度と来る見込みがないためか、大変な人の山であった、1時間以上外で待って、やっと入館できた。今回は、後期展示物の中から名品を選んで解説したい。いずれも奈良時代、唐時代、西域の宝物類であり、多分、私は2度と見ることが出来ない宝物なので、十分楽しんだ。天皇陛下の御即位記念は、「御即位20年記念特別展」として2009年(平成20年)「皇室の名宝」が公開された。2冊の(前期、後期)の図録が残っており、皇室(三の丸美術館等)の保有する美術品が多数掲載されている。前巻は、「近世絵画の名品」、「近代の宮殿装飾と帝室技芸員」、「大和絵屏風の伝統」の3章から成っている。第2部(後期)は「古の美ー考古遺物、法隆寺献納物・正倉院宝物、古筆と絵巻の世界、中世から近世の宮廷美」「皇室に伝わる名刀」の4章に分かれていた・要するに、「正倉院宝物」は代が変わっても、皇室の名宝の大切な一部であったのである。しかし、私は、この平成20年御即位記念展で、一番記憶に残っているのは第2部の「近世の名画」の筆頭に掲載された伊藤若冲の「動植採絵」全30枚である。かねがね、伊藤若冲は辻信雄著「奇想の系譜」で読み、是非「動植採絵」全30枚を見たいと思っていたが、思いがけない機会に、一番見たかったものを見学することが出来、終生忘れえない記憶となった。今回は、「正倉院の世界」を中心に、奈良に行かず、東京で116点の名品を拝観する機会に恵まれ、この上もない感激であった。名品揃いで、法隆寺からも、聖武天皇の皇女・孝謙天皇が、その遺品を天平勝宝8年の7月8日に、法隆寺へ献納され、その宝物も、今回の展覧会に出品され、聖武天皇の遺品がほぼ全部揃ったような、奈良博物館では実行できなかった、前例のない「正倉院の世界」展が、拝観できる機会に恵まれた。この第3回では、「正倉院の世界」展の後期に展示されたものを、取り上げてみたい。

正倉院宝物 平螺鈿背八角鏡 青銅製鋳造 螺鈿 琥珀 トルコ石 中国・唐時代(8世紀) 正倉院

「国家珍宝帳」に記載のある八角形の平螺鈿背鏡。鏡背に夜光貝や琥珀の薄板を貼り付けて、四方に対称に七弁花文を配し、その花文を中心に花葉文および双鳥文を表す。花芯や花弁に配した琥珀の下には淡緑色の彩色が伏されている。また、間地を黒色の樹脂状物質で埋め、トルコ石の細粒を散りばめている。唐鏡と考えられる。

正倉院宝物 銀平脱合子 木製漆塗 中国・唐または奈良時代(8世紀)正倉院

碁石を納めた円形の容器。「国家珍宝帳」に記載された聖武天皇遺愛の品で、紅芽、黒、白の四種類の碁石とともに、同形の容器四合が伝わる。四合いずれも黒漆地に銀平脱の技法で文様を表す。平脱、巻胎とも後世に伝わらなかったが、本品によって当時の優れた技法の粋が知られる。

正倉院宝物 鳥毛、篆書屏風 紙本着色羽毛貼 6扇のうち2扇 正倉院

   

「国家珍宝帳」に記載された六扇一畳の屏風。各扇ともに君主の座右の銘を表す。文字は、二行各八字で篆書体と楷書体を交互に配し、篆書には鳥毛を貼り重ねる。鳥毛には、日本産の雉や山鳥の羽毛が用いられており、本品が日本で製作されたことがわかる。

正倉院宝物 白銅火舎 青銅製鋳造  中国・唐または奈良時代(8世紀)

仏前に据えて香を焚くために用いられたと考えられる火炉。たらい形の炉を五本の脚で支える。炉は現在は黒褐色を呈しているが、青銅(白銅)製と考えられる。小型で、口縁を外反りに作り、側面には二条の突帯を巡らせ、全体を轆轤挽きで研磨して仕上げる。底面の中央には鋳造する際にできた湯口の痕が残る。獅子形をした脚はいずれも明治時代に付けられた後補で、金銅火舎の脚を参考にして作られた。なお、炉の底には東大寺の墨書が残る。

正倉院宝物 胴薫炉 銅製鍛造 中国・唐または奈良時代(8世紀)正倉院

銅製鍛造で全面に透かし彫りを施した球形の香炉。衣服や寝具に香を炊き込めるために用いられた。球形の本体は上下に分かれ、下半部は内部に火皿があり、そこで香を焚く。火皿を支える構造は銀香炉と同様で、三重の鉄輪が火皿と下半部を繋ぎ、球の上下がどのような位置に来ても火皿が常に水平を保ち、香や灰がこぼれない仕組みになっている。

正倉院宝物 紫檀木画槽琵琶 木製、木画、革に彩色中国・唐または奈良時代(8世紀) 正倉院

正倉院に五面伝わる四弦琵琶の一つで、背面の木画など豪華な装飾が施される。四弦の琵琶は、ペルシア起源と考えられており、弦間(上部の弦を納めるところ)より先が曲がることが特徴で、後世の琵琶も同じ形状である。本品の主体部は象牙、緑角、錫など木材以外の材料を用いている。背面の木画は、蓮華、唐花や、花枝を咥えた鴛鴦など左右対称に表現する。

正倉院宝物 伎楽面迦楼羅 桐製彩色 奈良時代(8世紀)正倉院

伎楽で着用する仮面で、迦楼羅(かるら)と呼ばれる役柄のもの。インドの古代神話に登場するガルダに由来する。鳥の頭部に人間の胴体をもつ。のちに佛教の守護神として天竜八部衆の一つとなり、伎楽にも取り入れられた。本品は桐材製で、鶏冠や嘴をもった鳥の形に彫刻されており、嘴の先には法珠を銜える。顔と頭を緑色、鶏冠や頬の肉垂れ、頸、耳の内側を赤色に塗る。正倉院には迦楼羅の伎楽面が五面伝わっているが、髪の毛や人間の耳を持つものなど、面相はさまざまである。

正倉院宝物 漆胡瓶 木製漆塗 銀平脱 中国・唐、あたは奈良時代(8世紀)正倉院

「国家珍宝帳」所載のペルシア風の水瓶。丸く張った胴部に鳥の頭部を象った蓋と注ぎ口が付き、湾曲した把手とラッパ状に裾が広がった台脚を備える。素地はX線透過写真により、テープ状に加工した木の薄板を巻いて成形する巻胎の技法によって作られたことがわかる。内外ともに黒漆塗りで、表面は、銀平脱の技法によって装飾する。本品はササン朝ペルシアで流行していた器形を、東アジアの工芸技法である漆や巻胎を用いて作り、中国・唐時代に盛行した平脱の技法で飾っており、当時の国際交流を示すものと考えられる。なお「漆胡」という名前から、井上靖の「疾呼樽」を推測したが、ペルシャが共通しものかも知れない。(尚、井上靖氏は西域という言葉を使っている)

正倉院宝物 赤胴柄香炉 銅製鋳造 把手に錦・組紐 中国・唐または奈良時代(8世紀) 正倉院

僧侶が手に持って仏前で香を焚き、供養を行う時に用いる仏具。黄銅香炉とほぼ同様の形状と作りだが、本品の方がやや大振りである。朝顔形にした炉は轆轤加工と手加工で精巧に仕上げられており、炉に接合された座は菊花形で、花弁を模した線刻が刻まれる。炉や柄の色味から赤胴と名付けられているが、実際には純胴に近い成分であり、表面を亜酸化銅が覆うことによって赤色を呈していると考えられる。前掲の赤胴合子とセットで使用された可能性が高い。

正倉院宝物 黄銅合子 銅製鋳造 中国・唐または奈良時代(8世紀)正倉院

仏前で香合として使用されたと考えられる塔椀型の金属製容器である。胴部の中央で蓋と身に分かれ、蓋には七重相輪を象った塔形紐が付き、身には台脚が付く。胴部、紐、台脚は別々に鋳造し、轆轤挽きで仕上げる。塔形紐の造作や台脚の接合方法など、基本的には黄銅合子(前掲)とほぼ同じ作りである。法隆寺の玉虫厨子や勸修寺伝来の刺繍釈迦如来説法図などには、僧侶が塔形合子と柄香炉を両手に持つ姿が描かれており、両者はセットで使用されていたようである。

正倉院宝物 白瑠璃碗 ガラス製 ササン朝ペルシャ(6世紀頃)正倉院

表面全体に円形切子を施した透明なガラスの帵。円形切子は合計80個刻まれており、それぞれが相接しているため、亀甲繋のような文様となっている。当初の透明感は保っているため、一つの切子に反対側にあるいくつもの切子が映り、美しい輝きを生み出している。材質はアルカリ石灰ガラスで、器には厚みがあり、内部には気泡が見られる。溶けたガラスを吹き竿に付け、息を吹き込みつつ成型し、回転する砥石で切子を施したと考えられる。

思分 白瑠璃碗 ササン朝ペルシア 6世紀頃 東京国立博物館

ササン朝ペルシア領域で製作された、アルカリ石灰ガラス製のカットグラス。本品は正倉院の白瑠璃碗(前掲)とよく似ており、やや飴色がかった色調と大きさはほぼ同じあるほか、切子の段構成と数が一致するなど共通点が多い。一方、本品では切子が円文になるが、正倉院の白瑠璃碗では切子が重複して亀甲繋文となる。また重さは正倉院の白瑠璃碗の485グラムに対し、本品は409.2グラムと継ぎ目があるにせよ軽い。本品には江戸時代半ばに、現在の大阪府羽曳野市に所在する安閑天皇陵古墳から出土したととされ、のち近傍の正琳寺に納められことが外箱の箱書きから照明される。安閑天皇は6世紀前半に在位し、正倉院宝物が成立した8世紀半ばとは開きがある。よく似た二つの帵は異なる来歴をたどったが、昭和25年10月26日、正倉院での対象調査で巡り合いを果たした。

 

後期出展の品物は、圧倒的に正倉院宝物が多かった。井上靖氏は昭和25年に「猟銃」という小説で、文学界に登場した。私は高校2年生という多感な時期であったが、この「猟銃」には大きく引き付けられた。以来、井上靖氏の小説は、ほぼ発表される都度、愛読してきた。現在は「井上靖全集」で、全作を読むことがしばしばある。さて、本展覧会では「漆胡瓶」で、氏の「漆胡樽」を思い浮かべ、かつ白瑠璃碗で、「玉腕器」を思い出した。多分、西域だとかペルシアとかに興味を持たれたのだと思う。そういう意味でも、思い出深い展覧会となった。

 

(本稿は、図録「御即位記念特別展 正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美」  2019年」、図録「平成5年  正倉院展 1992年」、図録「平成6年 正倉院展 1993年」、現色日本の美術全集全30巻のうち「第4巻 正倉院」を参照した)

ご即位記念特別展 正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美(2)

毎年奈良で行われる「正倉院展」は、通常70点程度の展示であり、中には素晴らしい宝物が含まれるが必ずしも一級品ばかりではない、中には「会計文書」「作物帳」「如来興顕経」など、仏教専門家でないと、満足に理解できない文書も多数出品されることがある。一般見学者には円鏡とか碁盤とか、いかにも宝物らしいものが見たい。奈良の正倉院展は、内容もさることながら、狭い館内(新館も含めて)に、大勢の観客が集まり、行列を作り、満員の会場の中で、なかなか希望の宝物に近づけないことが多かった。それに比べると、東京国立博物館の平成館は広く、そんなに混雑しえいる訳ではない。むしろ、ゆっくりと宝物を拝観することが出来、生涯で、正倉院宝物をこれだけ多数、一気に拝観することは、多分生涯で2度と無いだろうと思う。選ばれた宝物も一流品揃いで、いかにもご即位展に相応しい美術展であった。図録も色彩美しく印刷され、申し分ない展覧会であった。さて、今回は、前回に触れることの出来なかった分野(具体的には「正倉院の琵琶」「工芸品の共演」「宝物をまもる」の各章で、かつ前期出展物を紹介したい。

正倉院宝物 白石火舎 大理石製 脚及び鐶は銅製鍍金 中国唐 または奈良時代(8世紀)正倉院

仏前に据えて香を焚くために用いられたと考えられる火炉。大理石製の炉を五本の脚が支える。炉は浅いたらい形で、口縁は外反りに作り、側面に三条の突帯を巡らす。使用される大理石は大陸でよく産する質のものに似る。炉の中には当時の灰が塊となって残っている。宝庫には同形大の白石火舎がもう一口伝わっており、一対で用いたものと考えられる。

正倉院宝物 銀薫炉 銀製鍛造 中国・唐または奈良時代(8世紀) 正倉院

全面に透かし彫りを施した球形の香炉。「国家珍宝帳」に続く「屏風花氈等帳」に記載され品である。中国で隋唐時代の類品が出土しているが、5センチほどの小型で佩飾具と考えられるのに対し、本品は系が18センチほどもあり、室内に置いて衣などを被せて香を炊き込んだと考えられる。

正倉院宝物 螺鈿紫檀五弦琵琶 木製・玳瑁・螺鈿 中国・唐時代8世紀 正倉院

「国家珍宝帳」所載の楽器で、正倉院宝物を代表する優品として知られている。五弦の琵琶が4弦の琵琶と異なるのは、弦が五本であることや、頸(くび)が真っ直ぐで、槽の部分が厚いことなどである。インド起源で、中国の文献や壁画などに見えるが、現在品は世界に唯一のものである。

正倉院宝物 紅芽撥鏤 象牙製撥鏤  中国または奈良時代(8世紀) 正倉院

琵琶の弾奏に用いる象牙製の撥。撥鏤技法により赤地に花弁や含綬鳥、鴛鴦、山岳などの意匠とともに、麒麟、馬頭怪鳥といった空想上動物が表現される。成形した象牙を赤色に染め、文様のところどころに黄色や、緑色の点彩を施す。赤色に染める前に彫った細いアタリ線が文様の各所に確認できる。科学分析により赤色にラックが用いられていることが分かっている。

正倉院宝物 伎楽面 酔胡王(すいこおう) 桐製、彩色、貼毛 奈良時代(8世紀) 正倉院

伎楽で着用する仮面で、酔胡王と呼ばれる役柄のものである。伎楽とは中国の仮面劇に由来し、「日本書記」によれば、推古20年(612)に、百済人味摩之が日本伝えたとされる。奈良時代には寺院の法会の際に盛んに演じられた。酔虎王とは、酔った胡人の王、つまり西域の王を指し、劇中では従者と共に登場し、酒宴を繰り広げたとされる。

重分 伎楽面 酔胡王 桐製、彩色、貼毛 飛鳥・奈良時代(7~8世紀) 東京国立博物館

酔胡王とは酔っ払った胡人の王のことで、胡人は西方、ペルシャ系の異民族(ソグト人)で高い鼻が特徴である。王はやはり酒に酔った従者八人を従えて登場するため、酔虎王という面が多く残っている。制作は飛鳥時代末期から奈良時代初期と考えられる。

重分 浄瓶  青銅製鋳造  飛鳥・奈良時代(7~8世紀) 東京国立博物館

楕円形の胴に長い首を着け、頸部に細長く尖った口を設けて、胴部の肩に蓋のある口を設けた水瓶である。本器のような形式の水瓶を、浄瓶あるいは選盞形水瓶などと称している。インドや東南アジアあたりの僧侶が修行生活の中で用いていた水瓶に由来している。

正倉院宝物 黄銅柄香炉 真鍮製鍛造 把手に錦・組紐・ 中国・唐または奈良時代(8世紀)正倉院

長い柄の付いた香炉。僧侶が柄を手に持ち、火炉で香を焚き、仏前を清めるために用いた。炉は浅い朝顔形で、菊花型の台座の下から鋲で接合している。柄の一端に獅子形鎮子が付く形式は、中国と日本で8世紀に流行した。柄の一端に獅子形鎮子が付く形式は、中国と日本で8世紀に流行した。

正倉院宝物 黄銅合子 真鍮製鍛造 ガラス象嵌 一合 中国・唐または奈良時代(8世紀) 正倉院

仏前で香合として使用されたと考えられる金属製容器。塔型の紐と球形の胴部を持った形式から塔鞠とも呼ばれる。胴部の中央で蓋と亜鉛の合金である黄銅すなわち真鍮製で、胴部、紐、台脚を別々に鋳造し、轆轤挽きで仕上げ、組み立てる。本品は、刻まれた精緻な文様や、顔料の充填、ガラス球など、装飾性が豊かであり、現在確認されている塔椀のなかでもひときわ美麗である。

国宝 赤銅柄香炉 銅製鋳造 把手に錦・組紐 中国・唐または奈良時代(8世紀) 正倉院

僧侶が手に持って仏前で香を焚き、供養を行う時に用いる仏具。黄銅柄香炉とほぼ同様の形状と作りだが、本品に方がやや大振りである。朝顔形をした炉は轆轤加工と手加工で精巧に仕上げられており、炉に接合された座は菊花形で、花弁を模した線刻が刻まれる。炉や柄の色味から赤銅と名付けられているが、実際には純胴に近い成分であり、表面を亜酸化銅が覆うことによって赤色を呈していると考えられる。

正倉院宝物 甘竹笙 竹・木製 奈良時代(8世紀)    正倉院

「国家珍宝帳」に「甘竹簫一口」とある聖武天皇遺愛の品の一つ。十八本の竹簡を並列に並べた吹奏楽器で、上段の吹き口を前後から斜めに切って山形とし、下端は節で終わる。竹簡内には節を穿って貫通しており、管の中に調律用の丸めた紙が詰められている。紙には墨書があることから、反故紙が用いられていると推定される。

正倉院宝物 東大寺屏風裂 七片のうち 緑地霰菱文錦 奈良時代(8世紀) 正倉院

天保4~7年(1833~36)に、正倉院宝庫の点検、修理が行われた。その際に、正倉院伝来の古裂を貼り交ぜた六曲一双の屏風を制作した。これが後世に、東大寺屏風と呼ばれたものである。今回七片が展示されたが、その一部を記載した。

 

流石に、ご即位記念であるだけに、宝物類が充実している。その(2)章では、前期展示のうち、特に目立ったものをピックアップした。(3)章では、後期展示されるものの中から選んで、お目に掛ける。後期は11月6日から24日までであるので、その間に連載したい。

 

(本稿は、図録「御即位記念特別展 正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美  2019年」、図録「平成5年  正倉院展   1993年」図録「平成6年  正倉院展   1934年」を参照した)

ご即位特別記念 正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美(1)

この度、天皇陛下のご即位に祝意を込めて、ご即位記念展覧会「正倉院の世界ー皇室が、まもり伝えた美」が開催された。本展覧会は、天皇の勅封によって厳重に守られてきた正倉院宝物を中心に、東京国立博物館が所蔵する法隆寺献納宝物なども合わせて展示し、古代日本の国際色豊かな文化を紹介することが目的である。正倉院宝物は、光明皇后が聖武天皇の御遺愛品をはじめとする品々を東大寺の廬舎那仏に捧げられたことに由来する。その内容は、まさに「シルクロードの終着点」とも言われるほど当時のアジア大陸の面影を留めており、世界でも比類のない文化財である。正倉院宝物の一般開放は、昭和24年な奈良国立博物館に始まり、これまで71回を迎えた。井上靖の小説「漆胡樽」(しっこそん)に、第1回の正倉院宝物展の様子が詳しく述べられているが、あれから71回目を迎えることになったのかという思いが強い。私自身も、京都に住んでいた頃には、しばしば「正倉院宝物展」を見学したものである。法隆寺献納宝物は、明治時代に法隆寺から皇室に献納され、その内容は飛鳥・奈良時代の美術を代表するものとして、正倉院宝物と双璧をなす。正倉院宝物は、大部分が東京国立博物館に常時展示されているが、(小仏像及びその群像類)今回展示されるものは、「秘宝」として博物館に奥深く内蔵された宝物である。この展覧会は前期、後期に分けて展示されるため、この原稿も2,3回に分割して執筆することとなる予定である。

正倉院宝物 国家珍宝帳(東大寺献物帳)紙本墨書 一巻 奈良時代

天平勝寶八歳六月二十一日、聖武天皇の四十九日にあたり、光明皇后は天皇遺愛品を中心とする六百数十点を東大寺の廬舎那仏に捧げた。本品はその際の献物帳である。目録は名称や数量のほか、寸法、材質、技法、ときに由来に及んでいる。末尾に当時権勢を誇った藤原仲麻呂以下の署名がある。

国宝  法隆寺献納物帳  一巻 奈良時代  天平勝宝8歳(756)東京国立博物館

天平勝寶8年5月2日に崩御した聖武天皇の供養のため、その遺品を、皇女・孝謙天皇が7月8日に法隆寺へ献納したことを記す。聖武天皇が生前大切にし、身近に置いたもので金光明寺(東大寺)をはじめとする十八寺に分けて納めると述べる。「東大寺宝物帳」と同じく庶務天皇の遺愛品を、后・光明皇后が、法隆寺に献納したことを示す。

正倉院宝物 平螺鈿背円鏡 中国・唐時代 8世紀  正倉院

「国家珍宝帳」に記載のある円形の平螺背円鏡。背後に夜光貝や琥珀の薄板を張り付け文様を表す。文様は宝相華文様を表す。琥珀の下には、緑や赤の彩色を伏せ、文様に変化を与える。鏡胎は青銅鋳造製である。

国宝  海磯鏡 青銅製鋳造 中国・唐または奈良時代 東京国立博物館

青銅製の大型鏡であり、鏡全体に山水文様を表す。天平8年2月22日に光明皇后が法隆寺に六面の白銅鏡を献納したことが記されている。法隆寺献納宝物帳には、この海磯鏡が二面とも伝わっている。

正倉院宝物 銀平脱合子 中国・唐または奈良時代 8世紀 正倉院

碁石を収めた円形の容器。「国家珍宝帳」に記載された聖武天皇遺愛の品である。紅芽、紺芽、黒、白の四種類の碁石とともに、同形の容器四合が伝わる。

正倉院宝物 鳥毛帖成分書屏風 六扇のうち二扇 奈良時代(8世紀)正倉院

      

「国家珍宝帳」に記載された六扇一畳の屏風。緑青地あるいは園地に鳥毛を用いて意匠化された楷書を表す。各扇ともに二行八字で君主の座右の銘を表しており、天皇の身辺に置かれた屏障具としてふさわしい。文字は日本産の雉の羽毛を貼り重ねている。

正倉院宝物  墨画仏像  麻製 墨絵 奈良時代(8世紀) 正倉院

「麻布菩薩」と呼ばれる、文字通り麻布に乗雲の菩薩を墨で描いたもの。菩薩は大きな宝髮を結い、左肩から斜めに丈伯をかけ、下半身には裙を着け、一群の霊芝雲に座する。天衣は風にたなびき大きく弧を描き、天空から下降してくる姿を描いている。中国盛唐の仏像やその影響を受けたものに作例がみられる。

正倉院宝物 花氈(かせん) 中国・唐時代・8世紀  正倉院

花氈とはフェルト製の敷物で、文様のあるものを差す。本品は、唐代に流行した打球(ポロ)に興じる唐子を中央に置き、二種の花卉紋の列を交互に並べ、四周は淡青色の帯で縁取る。唐子の細やかな表情までもが、描線ではなく羊毛材を用いて巧みに表現されている。

正倉院宝物 黄熟香(おうじゅくこう) 沈香材 東南アジア 正倉院

香木の沈香(じんこう)で、東南アジアに産し、舶載されたものである。樹脂や精油が沈着している。外面は黒褐色色を呈し、内部は殆ど空洞であるにも関わらず、11.6キログラムもの重さがある。有名な「蘭者待」(らんじゃたい)で、室町時代に名付けられた雅名である。足利義正や織田信長などが切り取った記録記録として残る。また明治天皇が截香(せつこう)した小片を火中に投じた際、「勲咽芳芬として行宮に満つ」と記すほど芳香を放ったという。

香木の沈水香(じんすいこう)東南アジア  東京国立博物館

インドから東南アジアにかけての熱帯や亜熱帯地域に生える樹木には、芳香を放つ樹脂を出すものがあり、これを香木という。日本では香木は産しないので、舶来品が用いられた。仏教の礼拝において香を焚くことが欠かせないので、香木は仏教伝来とともに伝わったものであろう。古くから寺院に香木が収蔵されており、法隆寺においても沈水香や白檀香などが伝えられた。

 

前期に陳列された正倉院宝物、法隆寺宝物から有名な宝物を選んで記事にしてみた。選択は私の意志で選んだ。8世紀から16世紀頃までの名品を選んだ。奈良国立博物館で開催される「正倉院展」は今年で71回目を迎えたが、未だ陳列されなかった寺宝も、今回は展覧されている。素晴らしい展覧会でああった。後1~2回に分けて報告する。

 

(本稿は、図録「ご即位特別記念展 正倉院の世界ー皇室がまもり伝えた美 2019年」、図録「平成5年 正倉院展図録  1993年」、図録「平成6年  正倉院展図録  1994年」を参照した)