「美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション(6・終)

第Ⅱ部 美の選択 ーものは三顧の礼をもって迎えるべし

ものについておおく語らなかった安宅英一氏は、もの自身をして語らしむことを念んじ、それに委ねることを期していたように思われる。-安宅氏は、文章を殆ど残さなかった。

ー安宅コレクションの形成過程は、第1部で4期に分けて展開を試みた。必要な素材はそこに殆んど提示されている。第Ⅱ部では、さらにそれを補うものとして、安宅氏の言行を第三者として見聞したことをよりどころに、安宅氏の追い求めたものを辿っていくこととしたい。安宅氏の発言の中から、記録にとどめたいのは、次のようなものである。「三顧の礼をもって、ものを迎えなばなりません。」「人にお辞儀しているわではなく、その後ろにものが見えるのです。ものに向かっては、いくらお辞儀しても、し過ぎることはありません」、「人でも、ものでも、結局のところは品です。品格が大切です」、「何故、集めるのですか、と質問されたら、月並みですが、そこに山があるから、ということだけでしょうね」、「コレクションとは誰が持っていても同じでしょう」。これらの言葉だけが、針の孔から天をのぞくに似た役割を果たすだろう。ーこれらの言葉だけが、針の孔から天をのぞくに似た役割を果たすだろう。これらの言葉の意味するところは、やきものとは安宅氏にとって、精神的なものと深くかかわりを持ち、安宅氏自身の自己研鑽に直につながるものではなかったか、という推量である。収集する安宅氏の姿は、求道者の趣を帯びざるを得なかった。

重分  三彩貼花  宝相華文  壺  唐時代(7世紀後半)

唐三彩という呼び方で親しまれている三彩は、おもに洛陽や西安の周辺の貴族墓から出土している。この壺は華麗な唐三彩の代表的なもので、陶笵でつくつた円盤状の宝相華文が胴部の周囲に3ケ所貼り付けられている。

重分  青磁  鳳凰耳花活   龍泉窯 南宋時代 12世紀

砧形の本体に鳳凰の頭部をかたどった耳が左右につく瓶である。厚くかかった青磁釉は淡い青緑色に発色し、典型的な南宋時代の龍泉窯青磁の特色を示している。丹波・青山家の伝世とされる。

青磁 長頸瓶   銘「鎹」(かすがい)

南宋時代から元時代にかけて、龍泉窯で制作された青磁が日本に多数伝来している。ヒビの入った部分を補強するために、鎹の形をした金属が嵌め込まれている。この補修技法は明時代のころから中国で盛んにおこなわれた。

重美  青磁陰刻  蓮華文   三耳壺   高麗時代・12世紀前半

蓋の紐や肩の耳は、金属器の装飾を忠実に映している。この部分に紐を通して、蓋と身を固定したと思われる。線刻の文様はそれとは対照的に大変繊細で、少し離れると青磁釉に隠れて見えないほどである。

青磁陽刻  牡丹蓮華文   鶴首   高麗時代・12世紀前半

長い頸にちなんで日本では鶴首瓶と呼ばれているが、こうした器形の起源は中国・唐代の越窯青磁にさかのぼる。もとは金属器をモデルとするが、鋭利な角を落として甲羅青磁らしい柔らかな形となっている。

青磁逆象嵌  牡丹文  梅瓶   高麗時代・12世紀後半

高麗の象嵌青磁でも文様はなくその背景を象嵌した「逆象嵌」は珍しい。剥落しやすい白土を一面に象嵌し、躍動感ある蓮華文を引き立てている。文様の細部には陰刻が用いられている。口部は後補である。

青磁鉄地象嵌  草花文   梅瓶    高麗時代・12世紀

青磁土に鉄絵具を塗りつめ、青磁釉をかけて焼いた青磁の一種である。全面に大胆に文様が施されるとういう珍しい例となっている。

青花  草花文   面取瓶   朝鮮時代・18世紀前半

安宅コレクションの青花を代表する作例の一つ。京畿道広州金沙里窯址では、表面を削って多面体とし(面取)、顔料を惜しんで簡素な草花を描く青花が焼かれた。日本では風情ある趣から秋草手とも呼ばれる。

重分  三彩   壺    奈良時代・8世紀

奈良三彩は中国唐三彩の影響のもとに誕生した。その代表は世界最古の伝製品、正倉院三彩で、これらは仏教儀式用の調度品であった。本作は江戸時代、奈良県生駒郡で出土したと伝えられる火葬蔵骨器である。

 

長い「安宅英一の眼は(6)をもって終わる。大阪の東洋陶磁美術館へ行けば、一部を見ることができる。しかし全作品を見るためには、多分10回ぐらい通う必要があるだろう。すべて住友財閥グループが購入して大阪府に寄付したものである。

 

「本稿は、図録「美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション  2007年」、図録「東洋陶磁の展開  1990年」を参照した)

美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション(5)

第1部  コレクションの形成 第4期 整理期(昭和51年)

ー昭和52年9月30日を以て

創業以来、70年以上に及ぶ歴史を誇った安宅産業株式会社は幕を閉じた。翌10月1日から安宅産業株式会社は伊藤忠商事株式会社と合併し、安宅産業の名は永遠に消滅した。安宅時代の債権者債務や資産は、合併先の伊藤忠が引き継いだが、引継ぎが無かった部分もある。安宅コレクションがその一つである。このコレクションの行方については、部外者の私も大いに気をもんだもので、海外への流出のみは、防ぎたいと思ったものである。これら安宅時代の宙に浮いた資産は一括して、清算整理会社であったエーシー産業がすべて受継ぎ、主だった債権者である住友銀行・協和銀行と共同して管理に当たった。安宅コレクションの収集活動は、事実上、昭和50年3月末で終止した。その後、昭和51年度はコレクションの整理期に当たる。すなわち、昭和50年末までの古美術商に対する未払金の処理、もう一つの、安宅産業の子会社であった安宅興産(株)の美術品資産をすべて本社である安宅産業に(株)の美術資産をすべて本社である安宅産業が引き取った時期である。整理期の美術品をまとめてみた。必ずしも落穂拾いではなかった。

青磁象嵌  葦文 水注   高麗時代・13世紀

金属器の水注を青磁で作ったものである。表面には葦文が象嵌されているが、本来あらわされるべき蜻蛉や鳥などは省略されている。次第に文様の簡素化が進む13世紀の作例と見られる。

青磁象嵌 牡丹文  陶板 高麗時代・12世紀後半

薄手の陶板で、中央には象嵌による牡丹唐草文が菱形の窓絵風に表されている。こうした陶板の用途については王宮や大寺院などの建築装飾との説もある。類品が全羅北道扶安郡川里窯址から出土している。

粉青象嵌  草花文   篇壷

篇壷とは四方を押さえて平らにした酒や水の容器で、朝鮮時代には梅瓶にかわって数多くつくられた。本品は象嵌文や灰色の地を残す点で高麗青磁の面影をとどめており、粉青のなかでも早い時期の作例とされる。

粉青象嵌 連弁文  蓋   朝鮮時代  15世紀

はっきりした用途はわかっていないが、単なる蓋と言うよりも祭祀などに使われたと見られ、韓国・故林博物館にも類例が2点伝わっている。面象嵌による連弁文帯や鱗状の文様などは初期粉青の特色でもある。

粉青掻落   牡丹唐草文  梅瓶   朝鮮時代・15世紀前半

15世紀粉青梅瓶は、中国・明代の陶磁の影響により、高麗の梅瓶よりも腰がしまって、はっきりとしたS字形を描く。白土を塗った後、文様の背景部分の白土を掻き落としたもので、牡丹が浮き上がって見える。

白磁  祭器   朝鮮時代  16世紀

「き」と呼ばれる祭器で、本来あるべき複雑な装飾を省略し、かえって造形の力強さを増している。15世紀後半~16世紀にかけての慶尚道西部地域で焼かれた柔らかい質の白磁である。

青花  双鶴文  壺  朝鮮時代(19世紀前半)

民画風の絵付けの青花は19世紀から増えていく。時代が下がるにつれ様々な動物が加わるが、本作では鶴のみを拡大し、18世紀後半のすっきりした空間が重んじる文様構成の余韻をとどめる。

 

「安宅コレクション」の最期を飾る「整理期」に当たる昭和50年~51年頃にかけて収集された作品が、この第四期(整理期)の作品である。第3期の重文や国宝のオンパレードに比べれば、やや寂しいが、再び朝鮮陶磁に向かい、それなりのコレクションになっている。第二部においては、更に優品を紹介することとするが、一応コレクション取集の最期を飾る朝鮮陶磁であった。

(本稿は、図録「美の求道者 安宅英一の眼ー安宅コレクション  2007年」図録「東洋陶磁の展開   1990年」を参照した)

美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション(4)

第1部 コレクションの形成  第3期 成熟期(昭和41年~昭和50年)

コレクションの形成には、大きな波があり、コレクションの中核ともなるべき作品が集中して入手できる時期と、そうでない時期がある。資金的な裏付けが基盤にあることが言うまでもないことであるが、資金の問題がすべてではなく、時の運というものがあることは否定できない。安宅コレクションにとって、昭和40年代は、まさに上げ潮の時期であった。日本列島改造論に象徴されるように、景気拡大に恵まれた。資本金も、昭和44年には100億円、昭和50年には年商2兆円、従業員数も約4,000名に達し、安宅産業は、日本における十大商社の第九位に列せられた。第3期の特徴は、韓国陶磁についても充実した時期であったが、中国陶器について言えば、千載一遇のチャンスに恵まれ、百花繚乱の勢いを迎えた時期であった。重要文化財、国宝クラスとの出会いが、昭和40年代に訪れた。今回は、安宅コレクションの中でも、特に優れた美術品を10点紹介したい。

重文 緑釉黒花  牡丹文 瓶  慈州窯・北宋~金時代(12世紀)

素地に白化粧をしたうえに鉄絵具を塗り、文様の周囲を掻き落として焼成された白地黒掻落の製品に緑釉を施して再焼成したものである。張り出した胴部の局面を巧みに使って牡丹文がバランス良く配置されている。

重文 白磁銹花  牡丹唐草文   瓶  定窯 北宋時代(11~12世紀)

白磁の胎土に鉄泥を掛け、文様の背景部分を掻き落としている。結果として鉄泥による褐色の牡丹唐草が白磁の中に浮かび上がっている。定窯白磁に磁州窯の技法が応用されたものと言え、定窯でも珍しい作品である。

重文  青磁刻花 牡丹唐草文  耀州窯 北宋時代(11~12世紀)

耀州窯の刻花は彫りの鋭さと鮮やかさの点で中国陶磁の中でも随一のものである。オリーブグリーンの青磁釉が片切彫による垂直に切り込んだ深い部分では色濃く見え、文様がいっそうはっきりとしている。

国宝  油滴天文  茶碗     建窯  南宋時代(12~13世紀)

黒釉の表面に無数の斑点がきらめく様子が、水面に広がる油のようで、油滴の名で呼ばれている。国内に伝世する油滴天目のなかでも、器形、釉調などが特に優れ、関白秀次の所持品として有名である。

国宝  飛青磁  花生   龍泉窯  元時代(13~14世紀)

飛青磁とは素地の上に鉄絵具による斑点を置き、その上に青磁釉を施したものである。元時代には青磁や青白磁に鉄班文を置く装飾が流行した。この花活けの器形は、玉壺春と呼ばれて親しまれた酒瓶である。

重文  木葉天目   茶碗   吉州窯  南宋時代(12世紀)

吉州窯では、黒釉と黄褐釉の重ねがけによってさまざまな文様が表された。本作品もその一つである。葉脈や虫食いの跡まで残り、実物の葉をも言いたとされている。加賀・前田家の伝来である。

重文  青花  蓮池魚藻文  壺  景徳鎮窯 元時代(14世紀)

コバルト顔料で文様を描き、釉をかけて焼く青花の技法は、元時代の景徳鎮窯で完成した。魚藻図は、やはり元時代の江南地方で流行した画題である。本来は蓋があり、酒などの液体を入れた容器であった。

重文  青花  琵琶鳥文  盤  景徳鎮窯 明時代・永楽(1403~1424)

型により焼成され、少しのゆがみもなく焼き上げられている。中央には琵琶の実をついばむ長尾鳥が濃淡をうまく使い、端正かつ流麗に描かれ、あたかも一幅の絵画のようである。周囲には数々の瑞果などが見られる。

重文  瑠璃地白花    盤(「大明宣徳年製」銘)  明時代・宣徳(1426~35)

瑠璃釉を掛け白抜きで文様を表す技法は元時代に先例がある。見込みの牡丹枝折など白抜文様の細部ににはさらに刻印が加えられている。宣徳窯には同じ意匠で異なる技法の作品も知られている。

重文  法花  花鳥文   壺  明時代(15世紀)

法花とは文様を立体的に表し、藍、白、黄などの低火度鉛釉を塗り分けて焼く技法で、三彩と同じ系統に属する。このような大作は稀で、器形や文様構成には、同時代の青花磁器などの共通点が見られる。

 

安宅コレクションの第3期(成熟期)の傑作をまとめて紹介した。日本の陶磁器を代表する名器のオンパレードであり、安宅コレクションの花の時代である。

(本稿は、図録「美の求道者 安宅英一の眼ー安宅コレクション  2007年」、図録「東洋陶磁の展開  1990年」を参照した。)

美の探求者 安宅英一の眼ー安宅コレクション(3)

第1部 コレクションの形成  第2期 発展期(2)昭和29~40年

青磁鉄絵 草葉文  梅瓶  高麗時代(12世紀前半)

鉄絵具で闊達に草花文を描いた後、青磁釉がかけられている。青磁は酸化気味に焼成され、やや褐色となっている。青磁に自由な筆致で文様を表そうとした意欲が見られる。

粉青掻落鉄彩  龍文  梅瓶   朝鮮時代(15世紀前半)

球のように張った上半部と、細くくびれた下半部が対照的な梅瓶である。龍の姿は手早い掻落の技法にあわせて大胆に簡略化され、戯画風でもある。印花の技法との併用も珍しい。

粉青掻落  蓮華文  篇壷   朝鮮時代(15世紀後半~16世紀前半)

ロクロで形成した瓶の側面を叩いて、この辺壺が作られている。そして器面に白土を貼毛で塗り、文様の地の部分を掻落している。このような装飾技法は15世紀後半から見られるものである。

粉青鉄絵  魚文  深鉢   朝鮮時代(15世紀後半~16世紀前半)

形成後、全面に白泥を貼毛塗りし、鉄絵具で文様を描く、鶏龍山と呼ばれるものである。窯跡が鶏龍山のふもとにあることに由来する。特徴のある魚の姿は、鶏龍山で好んで使われたモチーフである。

青花 宝相華唐草文  盤    朝鮮時代(15世紀後半)

鍔状の口縁を持った盤で、低めの高台がついている。このような盤は15~16世紀の白磁に見られる特徴である。見込みの宝相唐草文は酸化コバルトで丁寧に描き込まれている。

青花  松島文  壺    朝鮮時代(16世紀)

松の木に小鳥と、裏面には梅の木に小鳥が描かれているが、特に松葉や小鳥は透明度の高い青色で、樹木部分はやや黒味がかかっていて、コバルトの純度を変えて表現されている。玉縁の口を持つこの壺は16世紀の作例である。

草花 梅竹文  壺   朝鮮時代(16世紀)

16世紀の青花を代表する堂々たる作品である。短く外へ巻き返した口、丸く豊かな胴にこの時期の壺の特徴が見られる。精緻な文様は、専門の画員が窯場に出向いて絵付けしたという記述を立証するかのようである。

白磁  面取壺       朝鮮時代(18世紀後半)

全体を8面に面取りした壺で、口作りの様子から本来は蓋を伴っていたと思われる。かすかに黄みを帯びた釉色が穏やかな印象を与え、胴裾の貫入より生じた染みが景色となっている。

青花  窓絵梅花文   壺    朝鮮半島(18世紀前半)

18世紀前半の青花は、水で薄めた顔料で描かれた淡い発色を特色としている。梅花はデフォルメされているが、枝の表現などには宮中の画壇との関わりがうかがわれる。京畿道広州、金沙里窯址の製品である。

重文  白磁刻花蓮花文   洗  定窯(北宋時代・11世紀)

底部を広く取り、安定した器形で、洗(せん)と呼ばれている。器壁は非常に薄く作られ、その内側と外側に流麗な片切彫で、蓮華文が表されている。伏焼のため、口縁部には銀の覆輪が嵌められている。「三種の神器」が安宅コレクションに昭和39年に加わった時を境に、中国陶器への傾斜は一段と深まっていった。

 

「三種の神器」とは、この定窯の深鉢、続く釣窯盤、続く万歴面盆の3点であり、この鉢は、ロンドンのデイヴィッド財団所蔵のものとともに、定窯深鉢の双璧として名高い。

(本稿は、図録「美の求道者  安宅英一の眼  2007年」、図録「東洋陶磁の展開  1990年」を参照した)

美の探求者 安宅英一の眼ー安宅コレクション(2)

第1部 コレクションの形成 第二期 発展期

第2期は安宅コレクションの土台が固まった時期で、昭和29年から昭和40年までの12年間である。会社の規模も次第に大きくなり、経営も堅実に伸びて行った。コレクションの開始の昭和26年には資本金6千万円であったが、昭和28年には3億円、昭和31年には6億円、昭和32年には30億円になった。因みに、私が大学を卒業し、明治乳業に入社したのは昭和31年で、この発展期の真最中であり、明治もぐんぐん業績を上げ、会社は発展していた時期であり、乳業も上げ潮の時代であった。日本経済全体を見ると、昭和30年に始まる神武景気、昭和32年には一転してななべ底不況、昭和34年には再び岩戸景気を迎え、昭和40年には、戦後最大の証券不況であった。

重美  青磁彫刻  童女形水滴  高麗時代(12世紀前半)

愛らしい童女の姿に作った水滴である。蓮の蕾形の髷が蓋になっており、その部分から水を入れ、抱え持つ瓶が注ぎ口になっている。瞳のかすかな鉄彩や,衣服の繊細な模様が可憐さを際立たせる。

青磁彫刻  童子形水滴  高麗時代(12世紀前半)

大きさ、全体の作り、表現方法など、童女形水滴とほぼ同様の、同時の姿をした水滴である。注入口が器底部にあることと、注ぎ口が胸に抱かれた鴨の口であること等が異なる点である。

重美 青磁印花  龍文  方形香炉  高麗時代(12世紀前半)

中国の古代の青銅器で法鼎の器形を模したものである。また雷文など文様にも古代の青銅器に由来するものもある。これらの文様は印花で表されている。

青磁陰刻  蒲柳水禽文  浄瓶   高麗時代(12世紀前半)

浄瓶には仏前に清らかな水を捧げるための器で、高麗では日常の貯水器としても使われた。前後に春夏のシンボルである柳と葦、水鳥があらわされているが、高麗青磁には春夏を象徴する文様が多く見られる。

青磁象嵌 竹鶴文  梅瓶  高麗時代(12世紀後半9

象嵌とは文様を彫った後に白土や赤土などを埋め込み、白黒の色を加える技法。鶴は時形周りに「涙天」「啄胎」「警露」など中国古来の「六鶴図」に由来するポーズをとっている。

重文  青磁象嵌  海石榴華文  高麗時代(12世紀中葉)

重文に指定された3点の高麗青磁の一つである。文様の背景に白土を埋め込む逆象嵌という珍しい技法により、多産を意味する海石榴華の中央に、蔓をよじのぼる男の子を表し、多産への願いをこめている。

青磁象嵌  折枝文  水注   高麗時代(12世紀後半)

瓜形に作った胴部に、更に象嵌で文様を表した凝った意匠の水注である。肩にはたいへん細かい線刻の蓮華文が巡らされ,丁重な仕事ぶりがうかがえる。蓮華座に作った蓋には鳥形の紐がつく。

青磁象嵌  六鶴文  陶板  高麗時代(12世紀後半)

象嵌とは文様を彫った部分に白土や赤土を塗りこめて白黒に発色する技法。鶴は左から「顧歩」「涙天」「啄苔」「舞風」など中国古来の「六鶴図」に由来するポーズを取っている。

青磁象嵌  牡丹文  壺   甲羅時代(13世紀)

文様の大部分を白象嵌で表したために、連弁と牡丹葉の黒象嵌が効果的なアクセントとなっている。肩に四つ表された房のような文様は、壺の口を覆うための袱紗の房が文様化されたものと思われる。

青磁白堆  雲文  梅瓶   高麗時代(12世紀後半)

青磁白磁の大作は、他に類例を見せない。口縁と銅裾に白泥を塗り、肩と銅には絞り出しで、連弁と雲を描いている。絞り出しの不定形な線が、空にたゆたう雲の様子を見事に表している。

第2期の発展期の1部である。朝鮮陶磁が主力で、いずれも優品であり、これだけ朝鮮陶磁を集めた事例は少ないだろう。

(本稿は、図録「美の伝道師 安宅英一の眼ー安宅コレクション  2007年」、図録「東洋陶磁の展開」大市立東洋陶磁美術館を参照した)